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第17話 社会人の流儀

「――そういえば、ワインと言えばだ!」

安ワインの方もボトルの残量がだんだんと怪しくなり、飲むペースが少しだけ落ちてきた頃。鍋の底に張り付いたお焦げのチーズを鉄串の先で必死にこそげ落としながら、コーデリアの「仕事の愚痴」がトツトツと始まった。


「聞いてくれ、聞いてくれよ、ユーリ。我が第74小隊は先日、集落奪還任務の完了を祝して、打ち上げのため、王都のちょっと良い感じの酒場に全員で繰り出したのだ」

脳筋の軍人どもは、本当にこういうお祭り騒ぎのイベントが大好きである。とは言え、死線を共にしたばかりの部下たちの結束を平時に高めるためには、極めて有効な作戦なのだろう。わざわざちょっと小綺麗な店をチョイスしたのは、比較的女性比率の高い第七十四小隊長ならではの、彼女なりの部下への優しい気遣いだったのだろうか。

……まぁ、その気遣いを、少しは毎度こいつのメシを用意してやっている俺にも回して欲しいものだが。

___そういえば、俺も参謀として作戦に参加した立派な当事者なのに、打ち上げに一人だけ誘われてないな。いや、別にひがんでいるわけではない!絶対にない!___


「それでな、出発前に本部からは『ある程度までの予算内なら、全額経費で落としてもよい』と確かに聞いていたのだ! なのに、昨日領収書を意気揚々と持っていったら……財務部の陰険な財務官に個室へ呼び出されてな。参加人数から全体の金額を割り返すと『一人あたりの単価が不当に高すぎる』と延々とお説教をされ、挙げ句の果てに始末書まで提出させられたのだ!」

調子に乗って公費でやらかすアホの公務員には、実によくあるテンプレ展開である。


「それだけではないぞ! 提出した始末書を『反省の色が見えない』と三回も目の前で突き返されて、未だに経費の決裁をしてくれないのだ……! おのれ、あの現場の血と汗の苦労を一切知らぬ、机の上の青びょうたんめ! 作戦が成功して盛り上がった勢いで、店で一番高いヴィンテージのワインを何本か追加で頼むくらい、一体何が悪いと言うのだ!」

その財務官は、現場を知らないんじゃなくて、お前ら「公金を使ったお調子者の悪ノリ」に対して、組織の財布を預かるプロとして至極真っ当にブチ切れているだけだと思うぞ。


「いや、俺の客観的な感想としては、その予算オーバーした領収書をお前の自腹にせず、始末書一枚で国費で補填してくれようとしているだけ、その財務官はめちゃくちゃ優しい聖人だと思うぞ。向こうだって、あらかじめ決められた国家の予算枠の中に支出を収めなきゃならない絶対的な任務があるんだから、お前らの小隊だけを特別扱いして見逃せるわけないだろ」

「くっ……! ユーリ、お前はあのお堅い役所の奴らの肩を持つというのか! 現場の騎士の味方ではないのか!」

「敵とか味方とかの精神論の話じゃないんだって。そもそもお前、経理の窓口へ行った時、最初は予算内の『定額飲み放題コース』を頼んでいたけれど、終盤に調子に乗って高いワインを個別にガブガブ頼んじゃいました! とか、書類の支出理由欄に馬鹿正直にワインの銘柄とか書いて出したわけ?」

「当然だ! 騎士たる者、後ろめたいことなど何もしていないのに、なぜ嘘偽りの報告書を書いて事実を偽る必要がある!?」

こいつは『国民の血税』を一体何だと思っているのだろうか。俺は自分自身の公金便乗スキームのことはとりあえず棚に上げて、社会的な正義感に燃えて、この無知な女騎士に説教をくれてやることにした。


「いいかコーデリア。お前らの毎月の給金も、今回の打ち上げの経費も、すべて民が血汗を流して納めた『税金』から出ている。我が王国では、中央の王家が徴税権と税の使い道を決める絶対的な権限を持っているわけだが……もし国が集めた税金よりも、お前らみたいな役人が好き勝手に使う『支出』の方が大きくなったら、国はどうやってその赤字を補填すると思う?」

「ええと……商人から借金をするか、あるいは民に増税をお願いして、穴埋め、する……?」

「そうだろ。そりゃ、十年前の魔族の侵攻みたいに国家の存亡に関わる一大事で、民の命や財産が物理的な危機にさらされていれば、民だって『生活を守るためなら仕方がない』と諦めがつくし、商人も安全に商売するために一肌脱いで金を貸すだろう。……しかしだぞ? 『公務員が部署内の打ち上げで、民間人も見ている店の中で、調子に乗って一番高いワインをガブ飲みして予算オーバーしたから増税します』とか言ったら、世間はどうなると思う?」

コーデリアは一瞬フリーズし、次いで憤然としてリビングのテーブルを叩いて叫んだ。

「――許せん!! そんな税金の無駄遣いをする腐った公務員どもは、今すぐ全員捕縛して騎士団の屋根から逆さ吊りにし、市民から生卵と石を交互に投げつけられるべきだ!!!」

「お前がまさにその『腐った公務員』だろうが!!」

なんでこいつらは、主語が大きくなると自分を棚に上げて、納税者の一員であるのをいいことにマウンティングしてきて、共和国の過激派市民団体並みに攻撃的になれるのだ。脳の構造が本当に理解できない。


「まあ、いくら王国の強固な統治機構といえど、そんなアホな理由で民に不当な負担を強いるわけにはいかないからな。全体の枠で調整するにしても、ある程度のバランス…あるいは名目が絶対に必要なんだよ。今回は魔人将討伐の任務大成功っていう特大のボーナスがあったから、財務官も相当甘く見て始末書で済ませようとしてくれたんだろうが……。物事には限度ってものがあるんだよ」

「……しかし、命を賭して民を害する凶悪なモンスターを駆逐した、我らのあの命がけの働きに、それくらいのワインの価値すら認められないというのか……?」

急に自分のやらかしを振り返ったのか、しゅんとして可哀想な公務員モードに戻るコーデリア。


何でも、かつて遥か東方の歴史ある島国では、国家の最高クラスの頭脳エリートを軍部が完全に独占してしまった結果、それ以外の文官たちが予算折衝で太刀打ちできずに武断的な政策へと傾倒し、彼我の戦力差も国際的な外交関係も軽視して、遥かに強大な大国である共和国に喧嘩を売ったことで亡国の危機にさらされたという記述を読んだことがある。

我が国のように、個人の戦闘力はチート級の軍人が、お堅い文官に書類一枚で泣かされているくらいが、国家のシステムバランスとしては丁度いいのかも知れない。


俺は言葉を続ける。

「お前たちの功績がどうのという価値の話じゃないんだよ。軍人の功績に報いるのは、正規の『昇給』や『昇格』という人事システムによるべきであって、一晩の『打ち上げの飲み代』を際限なく公費で落とすのは、それとは完全に別問題だろ」

「ぐ、っ……、ぬぬぬ……っ」

さすがに根が生真面目なコーデリアは、俺の冷徹な正論の前に己の劣勢を悟り、悔しそうに顔を歪めるしかなかった。


――よし、ここまで凹ませれば十分だな。

そこで、俺はフッとこれまでの真面目な表情を緩め、少しだけ悪い大人のゲスい顔を作ってみせた。

彼女ももうとっくに二十歳を超えている。そろそろ、大人の社会の現実的な仕組みを知ってもいいお年頃だろう。


「……まぁ、財務官から『始末書を提出しろ』と要求されたってことはさ。逆に言えば、書類上の【正当な大義名分】さえキチッと通っていれば、向こうだって融通を聞かせて決裁を通してやる用意がある、っていう裏のメッセージでもあるんだよ」

コーデリアはピクリと金髪の眉を上げ、俺の話をまるで秘伝の魔導書の一節でも聞くかのように、神妙な顔つきで身を乗り出してきた。


「例えばの話だ。店のおやじに頼んで、領収書を最初から2枚に分けてもらうんだよ。予算の枠内に収まるコース料理の分は、普通に『第七十四小隊作戦完了に伴う慰労会費用』としてストレートに上げる。で、問題のその高いワインの追加料金の領収書はな……。支出理由に『作戦遂行地域における、今後の魔族の動向に関する情報収集の一環として、現地の民間協力者と臨時の会食を行った費用』として、お堅い別名目で上げるんだよ」

「し、しかしユーリ! ありもしない嘘の理由を書類にでっち上げて、国庫に経費を請求するなど、あまりにも騎士の信義に反するのではないか……っ!?」

つい先日、公金を使って店で一番高いワインをコース外でガブ飲みしやがった現役の税金泥棒が、今さら何を聖人ぶって抜かすか。

「ものは言いよう、表現のしようだって。お前、さっき『盛り上がった勢いで』って言ったけどさ。その騎士団の打ち上げの終盤、周りに居合わせた一般の客たちに対して、何かサービスしたりはしなかったか?」

あの小隊の、隊長を崇める狂信的なドルオタを彷彿とさせるノリだ。その隊長が率先して羽目を外したなら、絶対に対外的なやらかしをやっているだろうなという確信があった。

「あ……。そう言えば、宴会の終盤になって、隣のテーブルで閉店近くまで飲んでいた地元の猟師や木こりのおっちゃん達に『騎士団の皆さん、よく頑張って魔人将を倒してくれた!』と大層褒められて嬉しくなってな。私がつい『今夜は我が軍の奢りだ! 遠慮なく飲め!』とか言って、彼らと肩を組んでその高いワインで何度も乾杯したような記憶が……」

「それだろ!!」

俺はパチンと指を鳴らした。

「つまりお前は嘘なんか一言も書いてない! 嘘偽りなく、今回の作戦成功について、市井(しせい)の生の反応をリアルタイムでヒアリングし、情報提供者との今後の強固な信頼関係醸成のために、少し良い食事(=ヴィンテージワイン)を共にしたんだよ! なぁに、もし上席の監査官から『具体的にどういう情報を得たんだ?』とチクチク突っ込まれたら、伝家の宝刀である『軍事上の最高機密につき、これ以上の開示は不可能である』という殺し文句で突っぱねれば、向こうはそれ以上何も言えなくなる!」

これぞ、セクト主義(縦割り行政)の盲点を突いた、完璧なる経費精算テクニックである。

「す、すごい……! ユーリ、お前は……天才か――っ!!!」

いえ、世界を救った野生の大賢者です。


コーデリアは、俺の作戦で先日の魔人将とのリベンジ決戦に成功した時ですら決して見せなかったような、純粋で、底知れない圧倒的な畏敬(いけい)の眼差しを俺に向けていた。

よせやい、そんなに純粋な目で見つめられると、こっちがちょっと照れるだろ。


――後日、コーデリアから聞いたところによると。

俺の授けたゲスな『経費精算テクニック』に忠実に従い、王都の酒場で領収書を『情報収集費』として綺麗に切り直してきたコーデリアが、新しくお堅い支出理由でデコレートした書類を再提出したところ、くだんの財務官殿は、名目を見た瞬間にすべてを察したように「ハァ……」と盛大に深い深いため息をつき、前回の三回突き返した始末書を目の前でゴミ箱へと放り込んだそうだ。

そして、こめかみに手を当てて呆れ果てたような顔をしながら、一発で決裁のサインをしてくれたと、俺に嬉々として報告してきた。

(※当然、財務官殿も内実は先刻ご承知のはずで、脳筋のこいつにろくでもない入れ知恵をした奴がいることに気づいただろうが……。まぁ、なんのかんので、めげない女の子の体裁を守ってやるために大人として目をつぶってくれたのだろう。優しい。)


コーデリアにとっては、百を超える凶悪な魔獣を従え、人間なんて爪先一つで簡単にミンチにできるあの魔人将などよりも、四角四面な書類で支出をチクチクと削ってくる王国の厳格な金庫番である財務官殿の方が、よほど戦術的に手強い天敵だったようである。


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