第15話 騎士団長の苦悩
「――で、真面目な話。あいつの昇進問題を、これからどうするつもりなんだ?」
俺は少しマジな顔になって、レオンハルトに問いかけてみた。
ここ数日の共同生活と拉致監禁+強制労働を経て、俺はコーデリアという女騎士の人となりや傑出した戦闘力を身を以て知った。だからこそ、レオンが彼女の扱いにどれほど頭を悩ませているのかも、今ならよく理解できたからだ。
「そこなんだよなぁ……」
レオンは机の上の書類の山を見つめ、心底うんざりした様子で大きなため息をついた。
「結局、お前さんが知恵を貸して手を回しちまったおかげで、第七十四小隊の『作戦中の死者ゼロ』という異常なレコードがまた更新されちまった。緒戦の失敗こそあったにせよ、結果を見れば小隊単独で、後から死体を数えたら合計百五十匹ものモンスターの軍勢を完封。おまけに高位魔族の魔人将まで討滅だ。……まあ、半分以上はコーデリア本人の常識外れな武功なんだがな。さらに二戦目に至っては、戦闘中に負傷した兵士を、どこの誰かさんが後方から神速の治癒術でその場で全快させちまったもんだから、重傷者すら一人も出ていない。現行の王国軍の人事査定ルールに照らし合わせれば、あいつを『中隊長』へと推挙するのには十分すぎるどころか、お釣りが来るレベルの功績だ」
レオンはさらに額を押さえ、愚痴を続ける。
「あの通り、部下どもからの信望も無駄に厚い。軍の人事部からは、『これほどの武勲を上げている優秀な小隊長をこれ以上据え置くのは、下の世代の昇進サイクルに差し支える。早くコーデリア小隊長を上の役職に昇進させろ』と毎日ガンガンせっつかれている始末だ。果てには、『これだけの戦果を上げている女性騎士を昇進させないのは、一種のパワーハラスメント(不当な嫌がらせ)ではないか。近いうちに騎士団長室への立ち入り調査を検討している』なんて不穏な噂まで耳に入ってきた。こっちの現場の気苦労も知らずに、本部の役人どもは好き放題言いやがって……」
「まあ、一般論としては人事部の言い分が100%正しいだろうな」
俺は同情を込めて鼻で笑った。
「あんな個人の戦闘能力のパラメーターだけが一点突破で、将としての統率力と知能が完全に死んでるアンバランスな脳筋騎士が存在するなんて、人事の書類上のマニュアルで想定できるわけがないだろ」
「何か、あいつのあの異常な『戦闘力』と綺麗に噛み合う平時の役職でもあればいいんだがな……」
難しい問題だ。
国が平和な平時においては、軍人の出世ルートといえば、より多くの部下や組織を束ねる『管理職』としての昇進が王道である。もし彼女をそのルートから外して別の役職に就ければ、コーデリア本人としては「私はついに前線から閑職に回された。団長に見捨てられたのだ…」などと勘違いして失望し、またあの夜の涙のメンヘラモードへ突入しかねない。
「まあ、いっぺん中隊長に上げてみて、実務が完全にダメだったらその時に降格なり、適当な辺境へ左遷するしかないんじゃないのか? その代わり、配下の小隊長や副官には、頭が回る官僚タイプの優秀な奴をガチガチに張り付けてさ、そいつらにあいつの書類仕事や戦術指揮をできるだけフォローさせるんだよ」
「それが一番常識的な大人の対応なんだがな……。一方であいつの『武才』を知る身としては、そんな組織の書類仕事なんかであいつの剣を腐らせちまうのは、ひどく惜しいって気持ちもあるんだよなぁ」
それは、王国軍の最高レベルの責任者である騎士団長というよりも、かつて世界を救った『剣聖』としての視点だった。
自分の愛弟子であるコーデリアが、「一人の剣士」としてどこまで高い領域に登り詰められるのか、側で見守ってやりたいという不器用な親心なのだろう。上司としての客観的な立場と、師匠としての私的な期待の間で、レオンも激しく葛藤しているようだった。
「――まぁ、かつての俺たちの『魔王討伐』の時みたいにさ。組織の統率なんて一切関係ない、全員がチート級の能力を持った【少数精鋭の固定パーティー】の一員としてなら、あいつも余計な頭を使わずに存分にその暴力を振りかざして大活躍できると思うんだがな。……まあ、二度とあんな世界滅亡の危機なんて時代になってもらいたくはないけどさ」
俺はコーヒーをすすりながら、ふと思いついた配置を口に出してしまったが――すぐさま、「縁起でもない」と頭を振って言葉を呑み込んだ。
万が一にも二度目の魔王軍襲来なんて事態になり、再び世界救済のために辺境の引きこもりマイホームから引っ張り出されて、俺の完璧なるFIREライフを邪魔されるなんて展開は、死んでも真っ平御免である。
結局、レオンの組織人としての懊悩には明確な結論が出せないまま、俺は役所の裏から回してもらった金貨二十枚の報酬をしっかりと懐に収め、お役所仕事の巣窟である王都をさっさと後にしたのだった。




