第14話 騎士団長の娯楽
それから、数日後のこと
「――久しぶりだな! ユーリ!」
ここは王宮の最奥、王国軍騎士団長の執務室。
伝説の『剣聖』レオンハルト改めて、王国軍第七騎士団長殿(※コーデリアの直属上司)は、豪快に両手を広げて鷹揚な態度で俺に語りかけた。
「なんだ? お前、魔王を倒してからあまり背が伸びてないな? 辺境でちゃんと飯を食ってるか?」
などと言いながら、執務机からわざわざ立ち上がって、俺の頭をガジガジと大きな手で乱暴に撫で回してくる。
「いつまでもガキ扱いすんなってーの! 二十歳を過ぎたら人間の身長なんてほとんど伸びねーよ!」
俺は不機嫌極まりない顔で、レオンの手をパシッと力任せに払い除けた。
「ははは、そうだったな。あのクソ生意気だったガキが、もう二十三か?」
「二十四だよ! 一つサバ読むな!」
プンプンと怒ってみせる俺だったが、十年前の旅の途中から何一つ変わらないこのマヌケなやり取りに、心のどこかで少しばかりの懐かしさを感じていたりもした。
「まあ、そこに座れよ。……コーデリアが、だいぶお前に世話になったようだな」
「全くだよ。いくら脳筋揃いの第七騎士団だからって、アンタより話が通じない脳筋の小娘が部下にいるとは思わなかったよ」
魔人将を撃破して辺境の集落を解放した後、俺はさっさとあの温泉村のマイホームに帰って引きこもろうとしたのだ――本来ならば。
なんでも俺は今回、第七十四小隊の臨時参謀の任務を果たしたことで正式な『民間協力者』として、国からいくばくかの交付金(報酬)が支払われるらしい。
王国側から気を利かせて自宅まで届けてくれればいいのだが、そこは四角四面なお役所仕事。めちゃくちゃに面倒な書類手続きを経て、王都のしかるべき窓口で直接申請しないと、一銭も貰えない制度になっているらしい。
だったらそんな金いらん! と見栄を張りたいところだが、俺の完璧なるFIRE(早期リタイア)システムは、公的インフラにただ乗りして「住宅費」や「水道光熱費」をタダ同然にすることで成り立っている。つまり、手元の現金収入が極めて乏しいのだ。
これからの長い老後の生活設計を考えると、まとまった現金を粗末に扱うことなど、絶対にできるわけがない。
そんな世知辛い理由で、俺は渋々ながら王都へとやってきた。
だが、役所の一般窓口で「伝説の大賢者・ユリウス」本人が実名で交付金の申請手続きなんかやっていたら、それこそ監査官やマスコミが大騒ぎして俺のFIRE生活が破綻しかねない。だから、役所の裏ルートから書類を内密に回してもらうため、王宮で一番顔の利く旧知の上級公務員に、職権濫用気味の口利きを頼みに来たってわけだ。
たかだか金貨二十枚(二十万円くらい)程度のために、わざわざ国の要職にある騎士団長と秘密面会するなど大げさかもしれないが、コディの件でこいつに一発文句を言ってやりたい気持ちもあった。
ちなみに当のコーデリアは、今も現地に居残って、避難先から戻ってきた集落の住民たちの生活再建支援――つまり、瓦礫の除去や、炊き出しなどのボランティアにせっせと従事している。
(※なお、決戦の最中に俺がステータス調整ミスで盛大に吹き飛ばしたいくつかの民家や建物も、すべて『魔王軍の残党による凶悪な破壊工作の痕跡』として書類上は綺麗に処理されている。嘘ではない。魔王軍が来なければ俺も魔法を撃たなかったのだから、100%奴らのせいだ)
「結局、あんたの紹介状はコディにひったくられて読まずじまいだけどさ。要するに、あいつを『指揮官として精神的に成長させてやってくれ』的な裏の依頼だったんだろ?」
ソファーに深く腰掛け、俺はレオンをジト目で睨みつける。
対するレオンは、面白くて仕方がないといった様子で口の端を吊り上げた。
「まあな。色々とお前にしか頼めない面白いことも書いておいたんだが……。それにしても、あいつから王都に届いた臨時の戦況報告書を読むと、ずいぶんと『愉快な話』になっているようじゃないか?」
「全く……。俺が温泉村に隠遁生活するために、国家の個人情報データベースから最低限のプロフィールしか残さなかったせいで、あいつの中で俺の年齢が勝手に『おっさんか老人』に固定されてるんだよ」
「とは言え、どこをどう誤解すれば、大賢者の弟子とか、あんな面白い話になるんだ? ほら、隠さずに詳しく聞かせろよ」
せっつかれた俺は、コーデリアという金髪騎士が突然我が家のドアを蹴り破って乱入してきた一週間前から、雨の日の『うちで待つか?』、そして先日の『モンスターホイホイ』によるリベンジ戦に至るまでの経緯を、すべて俺視点の愚痴を交えて説明してやった。
レオンは途中で吹き出さないよう必死に手で口元を覆っていたが、終始ニヤニヤと肩を震わせっぱなしだった。
「――笑い事じゃないっての。もういいだろ? アンタから、あの脳筋のお嬢様に、いい加減きちんと『ユーリ=大賢者本人』だって説明してくれよ……。俺、名前呼ばれるたびにヒヤヒヤしてんだから」
レオンはしばらく顎に手を当てて考え込んでいたが、やがて、最高に意地の悪い大人の顔で言った。
「……なぁ、ユーリ。よく考えたら、それ、わざわざ今更バラす必要なくないか?」
「……なっ、何言ってんだよアンタ!?」
「だってそうだろ? 話を聞く限り、コーデリアは『大賢者の弟子こと、同年代の若者ユーリ』と、すっかり仲良くなったわけだ。自分の騎士としての致命的な悩みや、臆病な本音を涙ながらに打ち明けるくらいにな。せっかく二人の間に芽生えたその純粋な美しい『友情』を、わざわざ『伝説の英雄ユリウス様』というお堅い肩書きで上書きして、リセットする意味が分からんよ」
「――『友情』とか!ガイみたいな熱苦しいことを言うな!!」
俺は思わず叫んだ。
そう、伝説の勇者ことガイウス(ガイ)は、脳の回路がバグっているレベルで『友情』という言葉が大好きな男だった。俺やレオンは言うまでもなく、世界中に友達が四桁、彼から一方的に「親友」に認定された犠牲者(相手)だけでも三桁に届いており、世の中のすべての国際紛争や魔王の脅威すら『みんなで肩を組めば友情パワーで一発解決!』みたいな激しいノリで生きていた男だ。思い出すだけで暑苦しくて知恵熱が出そうになる。
「まあ、真面目な話だ」
レオはニヤニヤ顔を引っ込め、少しだけ真面目なトーンになって言葉を続けた。
「お前も、世界を救った『大賢者』っていうクソ重い肩書なしに、ただの男として対等に付き合える同世代の友達、特に異性の親しい友人は、一人くらい居たほうが今後の人生楽しいぞ。――そのほうが、傍で見ている俺も面白いしな」
「結局、自分が面白がってんじゃねえか!!」
「ははは! バレたか。いやぁ、コーデリアは本当に真っ直ぐで良い子だぞ? 今後も、辺境の温泉宿で仲良くやってくれや」l
「魔人将の血だらけの生首を笑顔で振り回すような野蛮人とは、これ以上プライベートでお近づきになりたくないなぁ……」
俺は盛大に毒づいて見せた。
けれど、レオンはすべてをお見通しと言わんばかりに肩をすくめ、
「やれやれ、相変わらず素直じゃないガキだぜ」
とでも言いたげに、マヌケに首を振るだけだった。




