第12話 雪辱戦(1)
かくして、因縁の再戦の時が幕を開けた。
開戦を目前にした最後のブリーフィングの後、俺は貝のイヤリングのような形状をした魔道具をコーデリアに渡した。
「これは?」
「俺は後方から戦場を俯瞰してお前に助言する。それを聞いて前線で指示を出してくれ。」
この魔道具「コーリングシェル」は装着者間同士で耳元で遠隔通話ができる代物だ。通信用の水晶球を超小型化して耳元に装着可能にしたものだ。
元はと言えば、俺がリンゴ箱の上で小隊の結束を高めるヒールを演じすぎてしまったのが悪いのだが、俺が直接指示を飛ばしたところで兵士たちから反感を買いかねない。特に熱狂的なドルオタ、もとい彼女を「お姉さま」とまで慕う狂信的な女兵士たちからの刺すような視線が痛すぎて、コーデリアの傍にいるのは居心地が悪いことこの上なかったのだ。
だからこそ、俺はこのコーリングシェルを渡して、俺はすかさず後衛の引きこもり部隊へと避難した。魔術師連中は基本、俺と同類のインドア派(魔術オタク)なので、まだこちらのほうが居心地が良い。
何より、前線で視野が狭くなりがちなコーデリアと、後方から戦場全体を俯瞰できる俺の間で、リアルタイムの意思疎通ができるアドバンテージは、乱戦において凶悪なまでに機能するはずだ。
「夜が明けるぞ! さあ、リベンジだ!」
コーデリアの鋭い号令とともに、小隊が一斉に動き出す。
まずは小手調べだ。
前回と同じ轍は踏まない。まずは弓兵と魔術師が射程限界から、先制の遠隔攻撃を開始する。
俺もただ後ろでサボっていると思われるのも癪なので、周囲の魔術師たちのテンポに合わせて、集落に向けて初等……いや、安全を期して中級魔法の『ファイアーボルト』を気楽に一発、撃ち込んでおいた。
――ドムゥゥゥンッ!!!
「「「なっ……!?」」」
集落のド真ん中で、まるで戦術級の爆撃でも食らったかのような、ひときわ巨大な紅蓮の火柱がド派手にぶち上がった。
あ、やべ。忘れてた。俺の素のステータス(大賢者)のまま中級魔法なんて使ったら、出力レベルが跳ね上がりすぎて大惨事になるんだった。
案の定、周りの魔術師たちが「いまの、本当に中級魔法か……?」と、完全にドン引きした目で俺を見つめている。目立ちすぎないように出力を極限までセーブしねえと。
「し、集落の中を狙え! 奴らが固まっているポイントに攻撃を集中するんだ!」
俺のやらかした大火柱を「合図」だと都合よく解釈したコーデリアが、コーリングシェル越しに伝えた俺の指示通り、見事なタイミングで大音声を上げた。
弓兵が矢の雨を降らし、魔術師たちが一斉に攻撃魔術を追撃で叩き込む。
たまったものではないのは集落のモンスターどもだ。このまま建物に引きこもっていては一方的に狙い撃ちされて消し炭になると気づき、わらわらと集落の外へと這い出してきた。
よし、狙い通り。
混乱し、散開したモンスターたちは、お互いの連携も取れぬまま、てんでバラバラに我が小隊に向かって突撃してくる。
「よし! 集落から出てきた敵を各個撃破するぞ!」
前線で大剣を構えたコーデリアが、騎士たちを引き連れて静かに前進を開始する。
だが、前回のように一人で猪突猛進はしない。コーデリアを中心に、騎士たちがガッチリと円形陣を組む。
ただし、この陣形は完全に周囲を締め切るのではなく、あえて敵の正面方向だけをぽっかりと不自然に空けてある。
こうするとどうなるか。
ほどなくして、コーデリア率いる前衛部隊が敵軍の先頭と接触した。
敵のオークどもは、外側をガッチリと盾で固められた円形陣に攻めあぐねる。だが、知能の低い獣の悲しさか、前方に用意された「不自然な隙間」をまんまと見つけ出してしまった。
戦線を崩してやろうと、一匹の巨大なオークがそこからずるっと陣の内側へ潜り込む。
――しかし。その陣の中心には、最凶の『鬼』が手ぐすね引いて待っていた。
「ふんっ!」
短い呼気とともに大剣が一閃。
陣の中に飛び込んできたオークは、自分が何をされたかも気づかぬまま、脳天から股下まで綺麗に一刀両断された。
さらに敵の攻撃が陣形のどこか一箇所に集中しそうになると、すかさず中心のコーデリアがサポートに入り、強烈な一撃で敵を牽制……させるつもりだったんだが。
「オラァッ! 次だ! かかってこい!」
……牽制どころか、彼女が一人で隊列の隙間から顔を出し、次から次へと豆腐みたいに敵を切り捨ててやがるな。
なるほど。この小隊がこれ今まで雑な戦術でも無敗のレコードを重ねてこられたのは、このコーデリアという女騎士の傑出した、個人の戦闘力が寄与していた部分が大きかったわけだ。
この陣形こそ、彼女の高い戦闘力をフル活用しつつ、彼女自身が陣の中心から戦況全体を安全に見渡して指示を出せるよう、俺が考案した戦術。
名付けて、迎撃特化型陣形『モンスターホイホイ』である。
とはいえ、中には円形陣を迂回して、後衛の俺たちに近づこうとする賢いモンスターも少なくない。
「右前方、オーク二匹が迂回してくる! 弓兵、右に一斉射撃! 魔道士、その後に追撃だ!」
俺はコーリングシェルでコーデリアに状況を伝えつつ、後衛の連中へ素早く的確な迎撃指示を飛ばす。俺自身も、目立たないように初級魔法で確実に敵の足を止めていく。
モンスターたちは必死に前線を突破しようとするが、こちらの完璧な連携の前に、次第にその数を確実に減らしていった。
戦いの中で、時に敵の爪牙に触れて負傷する兵士も出た。だが、俺の指示で即座に後衛へと下がらせ、待機していた治癒士たちが治療を施して、数分で再び万全の状態で前線へと復帰させる。
「おい、そこ、治癒術のラインが重複して無駄になってるぞ。そっちの騎士は俺が診るから、お前は次の負傷者に魔力を温存しろ」
「えっ? あ、はい……って、ユーリさん!?」
さっきまで大火柱(※中級魔法)をぶち込んでいたはずの俺が、当たり前のように高効率の治癒術まで並列で使い始めたのを見て、周囲の治癒士たちが脳の処理を追いつかせかねた困惑の表情を浮かべた。
まあ、初級治癒術くらいなら、教会関係者でなくても使える人は皆無というほどではない。魔術と治癒術を完璧に併用できる奴は世界に数人しかいないが、俺は『伝説の大賢者の弟子』っていう触れ込みで来ているから、神話級レベルの広範囲完全回復魔法とか使わない限り、なんとなく脳内で納得してくれるだろう。
ともあれ戦闘は続く。
第七十四小隊は、前衛をじりじりと前進させつつ迎撃に出てきた敵を各個撃破。打ち漏らしを後衛が掃討。
一見すると、非常に地味で泥臭い戦術だ。
だが、それだけに、広範囲を破壊するような特殊な魔法攻撃手段を持たない『魔人将』という脳筋の個体にとっては、この鉄壁のローテーションシステムを内側から崩すことは極めて難しい。
派手な罠や奇襲、奇策など必要ない。(逆に高度な心理戦など仕掛けても知能の低いモンスターが思ったとおりに動くとは限らない)敵の補給が尽きるまで圧倒的に上回るキルレートで損害を与え続け、こちらの補給は発生する損耗を常にカバーできるだけのキャパシティを確保する。
前線に立つ騎士たちの体力と、弓兵の矢、そして魔術師や治癒士の魔力が尽きない限り、敵はただひたすら、すり鉢の底で磨り潰されるように数を減らしていくしかないのだ。
――そして、ついにその残酷な『勝利の方程式』に気づき、焦ったのだろう。
集落の入り口の影から、凄まじい魔力のプレッシャーを放ちながら、巨体を震わせた魔人将がその姿を現した!自らの怪力で前衛の陣形を突き崩すつもりか!?
俺はコーリングシェルを指先で強く押し込み、前線のコーデリアへと即座に通信を入れた。
「――きたぞ! 親玉だ! 魔人将がお出ましだ!」




