第11話 第七十四小隊
「みんな、集まってくれ。我が第七十四小隊の窮地を救うべく、王都から(※大嘘)高名な大賢者様の愛弟子であられる、ユーリ殿を臨時の参謀としてお招きした!」
コーデリアのその紹介とともに、俺は彼女に代わって、駐屯地の片隅に置かれたマヌケなリンゴ箱の上に立たされた。
さすがにパジャマ姿のままというわけにもいかず、王国軍の軍服である魔導士のローブと、一応幕僚の一員ということで、すこし装飾の入ったマントを羽織って、参謀っぽい身なりをしている。
目の前に並ぶ隊員たちはみな、つい先日の敗戦に打ちひしがれているのか、弱々しい負け犬のような目つきをしている。
当然だろう。いくら小隊長の判断とは言え、どこの馬の骨とも知れない同年代の若造をいきなり参謀として信用できるわけもない。案の定、不信感と胡散臭いものを見るような視線が一斉に俺へと向けられた。
(さぁてと。……いささか荒療治になるが、まずはこの死にかけた士気と結束力を高めないことには何も始まらないな)
バラバラになりそうな集団の結束を、短時間で手っ取り早く強めるにはどうすれば良いか?
答えは簡単。『共通の敵』を作ることだ。
俺はあえて、ふんぞり返るように胸を張り、これ以上ないほど尊大な態度とヤクザめいた口調で言い放ってやった。
「今、そこにいる小隊長の小娘に紹介されたユーリだ! 先の戦いでは見事なまでに一敗地にまみれたようだが、この俺が来たからには今度のリベンジ戦は心配ない!」
俺のあまりにも傲慢で乱暴な口調に、下を向いていた隊員たちが、ぎょっとしたように弾かれた目線を上げた。よし、掴みはオッケーだ。俺はさらに畳み掛ける。
「そもそも前回の戦いだって、我が軍が負けるような戦術的要素は何もなかったのだ! 諸君らの戦力を適切に運用し、敵軍を着実に消耗させれば、勝利は最初から我が方にあったはず。――だが! そこにいる小隊長の小娘が、指揮官としての責務を完全に放り出して無謀にも一人で突撃したせいで、諸君らの武勇を活かすこともできずに戦線は瓦解した。もはや敗北ではなく、ただの自滅と言っても過言ではない!」
ほぼ100%事実だが、あまりにも容赦のない言い様に、隊員たちは困惑し、やがて怒りに燃える鋭い視線を俺へと向け始めた。よしよし、実によい反応だ。憎しみの矛先をすべて俺に集めるんだ。
「そこで自分の無能さを少しは反省したのか、そこの小娘は、俺に参謀として作戦の立案と運用を涙ながらに懇願してきたわけだ! 既に勝利の方程式はこの俺の頭の中にある。諸君らは安心して、ただの機械のように俺の指示に従うが良い!」
短時間で三回も「小娘」呼ばわりされ、衆目の前で前回の失策をぼろくそに罵倒されたコーデリアは、俺の隣で完全に涙目になって肩を震わせている。
いくら何でも、ボロボロになってたところを温泉と飯で慰めたばかりの女の子に対して酷すぎないかって?
いや、これが俺の計算した最初の作戦、心理コントロール術なのだ。
普通、隊員たちは前回の敗戦で、小隊長であるコーデリアに対する評価や忠誠がガタ落ちしているはず。一度失った指揮官への信用は、そう簡単に取り戻せるものではない。
そこで、部外者たる俺が完璧な悪役として登場するってわけ。
いくら負けたとはいえ、彼らだって長年小隊を率いてきたコーデリアに、全く身内意識がないわけではないだろう。
内情も知らんムカつく部外者が、自分たちの隊長をボロクソに罵倒すれば、兵士たちの心理は逆心理でこう動く。
『いや、そこまで言わなくても……隊長かわいそう』
『あいつ何様だ? ムカつく。あんな奴に頼るくらいなら、俺たちみんなで隊長を支えようぜ!』
――完璧だ。我ながら最高にクレバーなチームワーク再構築術である。
しかし___
隊員たちのリアクションは、俺の想定していた生ぬるい心理学の計算を、遥かに超越するものだった。
「てめぇぇ! いきなりしゃしゃり出てきて何様のつもりだ!!」
「俺たちの隊長をそこまで侮辱するとは……絶対に許せねえ!!」
「そうよ、そうよ! 私たちの大切なお姉さま(※コーデリアのことらしい)を、よそ者のクソガキにとやかく言ってもらいたくないわ!」
「そもそも、俺たちが不甲斐ないばかりに、隊長がこんないけ好かない若造に頭を下げることになるなんて……っ!」
「次の戦いでは、俺は絶対に一歩も退かない! 隊長のために、いつでも死ねるところを証明してやる!!」
「……み、みんな……っ」
コーデリアは、さっきとは180度違う意味で、感動のあまりポロポロと涙ぐみ始めた。
……え? 何これ。
いや、ちょっと待って。
敗軍の将って、普通はもっと部下たちから白い目で見られたり、陰口叩かれたりするもんじゃないの?
なんでお前ら、この敗戦の張本人に対してここまで狂信的に心酔してんのよ!?
怖いよ! なんだよこの集団! 過激なドルオタの群れかよ!!
「てめえの指図なんて要らねえ! さっさと王都へ帰れ!」
「そうだ、そうだ! ここから失せろ、このニート顔が!」
「か・え・れ! か・え・れ! か・え・れ!」
しまいには、駐屯地全体に響き渡る『帰れコール』の大合唱が始まった。
声だけではない。激昂した誰かが、足元から拾った小石を俺に向かって投げつけてきた。カツンと額に当たった。痛い。
そしてそれを皮切りに、完全に暴徒化した隊員たちは、リンゴ箱の上の俺に向けて次々と投石を始めたのだ。
痛い! やめて! 痛いって! 悪かったから! 謝るからマジでやめて!!
俺が頭を抱えてリンゴ箱の上で丸くなり、今すぐ温泉村へ逃げ出しそうになった、その時――。
俺を護るように、両手を大きく広げて投石の前に立ち塞がったのは、他でもない、たった今俺にボロクソに罵倒されていたコーデリアだった。
「みんな! やめてくれ! ユーリを責めないでほしい!」
コーデリアの凛とした声が響き、投石がピタリと止まる。
「ここまで言われるのは、完全に私の責任だ! 私が不甲斐ないばかりに、みんなを危険な目に遭わせ、不安にさせることになって本当に申し訳ない! だが……ユーリの用兵術のたしかさは、この私が命に代えて保証する! どうか、王国の騎士として……彼の作戦を、みんなで力を合わせて実行してほしいんだ!」
コーデリアはそう言うと、泥を被った部下たちに向かって、誇り高きエリートのプライドをすべて捨てて、深々と、直角に頭を下げたのだ。
「隊長……なんてお優しい御方なんだ……。こんな性格の悪いクズ(※俺のこと)すら、隊の一員として庇うなんて……」
「そうだよ……隊長は、俺たちを決して見捨てない! 前回の戦いで負傷して動けない俺を、自ら背負って敵陣を無双しながら駆け抜けてくださったご恩を、俺は一生忘れません!!」
「お姉さま…深夜の監視任務に就くわたくしが寒さに凍えているところに、熱いコーヒーを持ってきてくださいましたね…あの優しい笑顔が忘れられません。わたくしはお姉さまに一生ついていきます!」
「俺は隊長のためならいつでも死ねる! 隊長、どうか俺に死ねと命令してください!!」
(……あ、なるほど。死者ゼロのレコードって、この馬鹿力の女騎士が力技で部下を物理的に回収してたからなのか……)
すべてが繋がったが、もう遅い。
余計な小細工(心理誘導)なんて、最初からするんじゃなかったな、と俺は心の中で深く後悔した。
ともあれ。
我が第七十四小隊は、新参の生意気な参謀(俺)への凄まじい殺意とヘイトを、隊長への歪んだ忠誠心と爆発的な結束力へと見事に変換し――。
万全すぎる(むしろ殺気立ちすぎている)体制で、次なる集落奪還作戦へと向かうことができるようになったのである。
俺への投石によってつけられた痣は、温泉に入っても数日は消えそうになかった。




