第四話 交錯する気持ち〜なぜ、好きになるの?
ヒマリは、斗真と広報活動のため学校を巡っていた。
「さぁ、まずは生徒会室のすぐ下の四階から。ヒマリちゃんがいる一年生の階だね。」
新入生のヒマリへの学校紹介も兼ねて、斗真は丁寧に説明をしていく。
放課後ということもあり、大半の生徒は寮に戻るか、部活動に参加しているので、フロアにいる生徒はまばらだ。
斗真は、残っている生徒とにこやかに挨拶を交わす。
すると、廊下のあちこちから黄色い声が上がった。
「キャー、生徒会の水川先輩としゃべっちゃった!」
「はぁ~、あの優しい笑みとお声……浄化される〜。」
「ヒマリちゃん、いいなー。私も生徒会に入ろうかなぁ。」
その言葉を受けて、ファンサービスとばかりに斗真は笑顔で廊下の生徒たちに手を振った。
「水川先輩、アイドルみたいですね。」
横からくすくすとヒマリが笑う。
「これも、広報活動の一環だからね。ちゃんと、生徒会の良さをアピールしておかないと。」
「なるほど!」
二人は廊下の端に置いてある、一つの箱の前に立った。その箱に書かれているのは――。
「目安箱……?」
「そう。これは、みんなが生徒会に伝えたい意見や要望を書いて入れる箱なんだ。」
「へぇー!」
斗真はその箱を手に取って、上下に振った。
音はしない。
箱の中には、まだ何も入っていないようだ。
「一年生だから、まだみんな意見を言いにくいのかもしれないね。ヒマリちゃんも直接言いにくいことがあれば、紙に書いてこの箱に入れておくといいよ。」
「なるほど! って……私は何かあれば、直接ちゃんと言いますから!」
その言葉に、斗真がくすくす笑う。
「だよね? ヒマリちゃんって、そんな感じっぽい。思ったことは、すぐ口に出ちゃうタイプ。」
「あ、当たりです……。」
それを受けて、斗真はさらに爆笑する。
「あはは! ヒマリちゃんって、本当に分かりやすくて……かわいいなぁ。」
かわいい……その言葉にヒマリはドキッとした。
こんなイケメン先輩に、近距離でかわいいだなんて――。
「も、もう……先輩、からかわないでくださいよっ!?」
ヒマリはほんのり赤くなり、頬を膨らませた。
◇
「じゃあ、このまま二年生と三年生のフロアも回って、目安箱を回収していこう!」
「はいっ!」
そのまま三階、二階と降りていき、二人は順調に目安箱を回収していく。
「二年生と三年生の箱は、たくさん紙が入ってましたね! やっぱり上級生になると、生徒会への意見も増えるんですね〜。」
ヒマリが感心していると、隣で斗真が苦笑した。
「あー、いや……これは……。ほとんどが、意見や要望というより――僕らへのラブレターだから。」
「えぇっ、ラブレター……!?」
(目安箱って……そんな使い方するの!? )
「え……それは一体どういう……?」
「ん? そうだな〜……『頑張ってください! 応援してます!』っていう軽いものから、『付き合ってください』『いつ結婚してもらえますか?』『ずっと、見ています』とか……ちょっと重たいものまで、色々あるよ?」
カラッとした笑顔で軽く言う斗真に、ヒマリは少し引いてしまう。
「そのうち、ヒマリちゃんにも届くかもしれないよ?」
「い、いえ! 私は……遠慮したいです。」
「あははは! ヒマリちゃんって……本当に面白い子だね〜。」
斗真は、心底楽しそうに笑った。
◇
「失礼しましたー。」
凌は、数週間後に開催される「新入生歓迎レクリエーション」の書類を職員室へ届け終えると、そのまま生徒会室へ戻ろうとしていた。
廊下を歩いていると――。
「それでね、ヒマリちゃん――。」
ふと、聞き慣れた声が耳に入って足を止める。
声のする方へ視線を向けると、少し先の廊下を斗真とヒマリが二人で歩いていた。
「えぇっ!? そんなことがあったんですか!?」
「うん。あの時は本当に大変だったんだよ〜。」
「先輩でも失敗することあるんですね!」
「あはは。僕だって人間だからね?」
そんな二人の声が、静かな廊下に響いている。
凌は声をかけようと一歩踏み出したものの、その先が動かない。
楽しそうに笑うヒマリ。
そんな彼女を見ながら、斗真も笑っている。
「あれ? ……斗真って、あんな顔で笑うっけ?」
いつも笑顔の斗真だけど、今はそれとはちょっと違う――。
『斗真、ヒマリのことめっちゃ気に入っとるやん!』
ふいに、環季の言葉が脳裏をよぎる。
「……。」
凌は二人を見つめたまま、無意識に手を握った。
ツキン――。
痛いわけじゃない。
胸の奥でつっかえるような、小さな違和感。
「……なんだ、これ?」
凌は首を傾げた。
自分でもその正体が分からない。
ただあの二人を見ていると、妙に落ち着かない居心地の悪さを感じた。
「……。」
やがて凌は、上げかけていた手をゆっくり下ろした。
「……戻るか。」
誰に言うでもなく呟くと、二人に声をかけることなく踵を返す。
そして、そのまま足早に生徒会室へ戻っていった。
◇
「……あれ?」
斗真が、ふと足を止めた。
「どうしました? 水川先輩。」
隣を歩いていたヒマリが、不思議そうに斗真を見上げる。
今しがた、凌が前の方に立っていたと思ったのだけれど――。
ヒマリに視線を移していたほんの数秒の間に、そこには誰もいなくなっていた。
「……ううん。なんでもないよ。」
いつものように、斗真はニッコリと笑う。
「そうですか?」
「うん。それより……一通り回り終えたし、そろそろ生徒会室へ戻ろうか? 凌くんが心配してるかもしれないし。」
「会長が、ですか?」
ヒマリの少し嬉しそうな表情を、斗真は見逃さなかった。
「うん。かわいい雑用係が逃げ出したんじゃないか〜って。」
「えっ……私、会長にとって、そんな認識なんですか……!?」
「ふふふっ。」
斗真は笑うだけで、何も答えない。
(凌くんは、ヒマリちゃんのことどう思ってるんだろうね?)
斗真は心の中で独りごちた。
凌は廊下に立ってこちらを見ていた。
けれど、自分たちに何も声をかけなかった。
それが意味することは――。
「少なくとも……意識はしてるってこと、だよね?」
「水川先輩? どうかしました?」
「ううん。こっちの話。」
そう言うと斗真は、いつもの笑顔を浮かべて歩き始めた。
◇
その頃――。
生徒会室へ戻った凌は、無言のまま自分の席に腰を下ろしていた。
「……。」
机の上に書類を置いて、ページをめくるが……読めない。
「……なんだってんだよ。」
凌は小さく眉を寄せた。
「……意味わかんねぇ。」
凌は小さくため息をつくと、再び書類へ視線を落とした。
その横顔を見ながら、ソノがちらりと目を細める。
(凌の様子がさっきと違う……。何かあった……? )
そこへ、斗真とヒマリが帰ってきた。
「ただいま帰りました〜。」
「おかえり〜。学校巡りはどうやった〜!?」
環季が明るく返事を返す。
ソノも視線を二人に向けた。
凌はチラッと二人を見たが、すぐにまた自分の書類に視線を落とす。
「楽しかったですよ? 水川先輩が色々教えてくれましたっ!」
ヒマリは純粋に、楽しかったことを告げた。
ソノには、ヒマリの背景にお花畑が見える。
「それは良かった。じゃあ、今度は一緒に図書室とか、特別棟の方に行ってみようか?」
斗真の方も、いつもと変わらない笑顔をヒマリに向けている。
どうやら、この二人は順調に好感度を上げているようだ。
ソノは、チラリと凌を見る。
まるで「自分は関係ない」とばかりに、仕事を続けている。
「そうそう。またみんなにラブレターを預かってるよ!」
斗真はそう言うと、ドサリと目安箱に入ったメモ用紙や手紙を机に置いた。
「はぁ~、毎度毎度みんなすごいな……。」
環季が引き気味に、そのメモに目を通していく。
「『あなたを、ずっと見てます』やって。熱烈やな〜。」
はいと、そのメモを凌に渡す。
「あ? 俺宛て?」
凌は顔を上げてメモを見ると、乱暴に丸めて傍らのくずかごにポイッと投げ入れた。
その様子に、ヒマリはびっくりして声を上げる。
「ちょっと……それはないんじゃないですか!? せっかく想いを伝えてくれてるのに……。」
その言葉に、凌の眉が跳ねた。
涼やかなアイスブルーの瞳が、ヒマリを見据える。
「じゃあ、どうしたらいいって言うんだ? どこの誰かも分からない相手に……俺の何が分かるって言うんだ!?」
「でもっ……。」
「……生徒会は遊びじゃねーんだよ。ヒマリ、お前も。」
「わ、私……?」
「学校案内もいいけど……。公私混同はしないでくれ。」
その言葉にヒマリの肩がビクッと震える。
「公私混同なんて……私……。」
その時、凌とヒマリの間にすっと斗真が立ちはだかった。
「その言い方はないんじゃないかな? ヒマリちゃんは別に遊んでないよ。」
凌が視線を斗真に向ける。
「公私混同は、むしろ凌くんの方だ。」
「……なんだと?」
「だって……僕とヒマリちゃんのこと、ずっと意識してる。」
「はぁ!? 俺が……ヒマリを?」
「はいはい、そこまで!」
空気を断ち切るように、今度は環季が、凌と斗真の間に割って入った。
「これ以上言うたら、誰かが傷付くだけやろ? ここで終いにしよーや!」
ソノも環季に同意する。
「そうですね。今回は、みんなが自分の意見を言い合った。誰が悪い訳でもない……。これ以上の言い合いは不要でしょう。」
二人の言葉に部屋が静まりかえる。
「すみません……。」
「悪かった。」
「僕も……言い過ぎました。」
ヒマリ、凌、斗真の三人は、顔を合わせて謝罪をした。
部屋の空気が幾分和んだ。
「だけど……。」
斗真が口を開いた。
「一つだけ、凌くんには共感するよ。」
「えっ?」
ヒマリは首を傾げる。
「僕もよく好きだって言われるけど――。なんで僕のこと、好きになるんだろうね? 僕のことを何も知らないくせに……。」
斗真は、柔らかな笑みを浮かべている。
ヒマリは、背筋に冷たいものが走るのを覚えた。
いつもと変わらない笑顔――。
それが、ヒマリには少し怖く感じた。




