第三話 生徒会はクセ者揃い!?
入学式から数日が経った。
初日は緊張しまくっていたヒマリだったが、今では持ち前の明るさとコミュ力で、生徒会にもすっかり馴染んできた様子だ。
「はぁ~~。凌会長、ヒマですねー。」
ヒマリは机に突っ伏しながら、のんびりと声を上げた。
悪気があるわけではなかったが――。
それを聞いた凌の眉が、ピクリと動く。
「ほう……。それは、俺の目の前にある書類の束を見て……言っているのか?」
地を這うような低い声に、ヒマリはビクッと身体を起こした。
「いえ……! そんなわけでは~。」
目が明後日の方向へ泳ぐ。
「そんなに余裕こいて……学園のこと、ちゃんと頭に叩き込んだんだろーな?」
「ひぃっ!」
凌の迫力に気圧され、ヒマリは両手で顔を覆った。
すると――頭に、温かな手の感触が伝わってきた。
チラリと横を見ると、斗真が優しげな笑みを浮かべながら、ヒマリの頭をポンポンと撫でている。
「大丈夫。ヒマリちゃんはちゃんと頑張っているよ。」
「水川先輩……!」
斗真の優しさに、ヒマリの心がきゅんとなる。
「いつも明るい笑顔で、僕たちを楽しませてくれてるでしょう?」
「それって……頑張ってるって言うのか?」
呆れたように凌が口を挟む。
しかし、斗真は気にする様子もなく言葉を続けた。
「ヒマリちゃんは入学して数日しか経ってないのに……物怖じせず、僕らと対等に話をしている。それは彼女が素晴らしいコミュニケーション能力を持っているからだと思うんだ。」
その言葉に、凌は少し考えるように黙った。
「確かに……」と、納得したように頷く。
「良かったら、ヒマリちゃん。今から広報活動で学校を回るから、一緒に行かない? 色んな人、場所のことが分かるから、良い機会だと思うんだけど……。」
斗真が優しくヒマリに声をかける。
「はい! もちろん、ご一緒させてくださいっ!」
ヒマリも嬉しそうに立ち上がった。
斗真はチラリと凌を見る。
「決まり。……じゃあ、凌くん。ちょっとヒマリちゃんをお借りするね。」
凌も視線を斗真へ返す。
「別に俺にいちいち言わなくていいんだけど……。」
そう前置きしながら、少しだけ考える。
「確かに、斗真と校内を回るのは良い勉強になると思うからな……。……頑張ってこいよ。」
最後の言葉だけは、ぽそりとヒマリに向けられた。
その言葉に、ヒマリは嬉しそうに微笑む。
「はいっ! 行ってきます!」
二人は生徒会室を出ていった。
――すると。
さっきまでの賑やかさが嘘のように、部屋がやけに静かになった。
今までなら、この静けさに何も思うことはなかった。
それなのに――なぜか今日は、妙な居心地の悪さを凌は感じていた。
そんな凌の様子をなんとなく察して、環季が声をかける。
「なぁ、良かったん? 斗真とヒマリを一緒に行かせて……?」
凌は、書類から視線を外すことなく答えた。
「……何か問題があるのか? まだ校内の人や場所を知らないヒマリにとって、良いチャンスだと俺は思うけど?」
「そうやなくて~~!!」
環季は少しイライラしたように、頭をくしゃくしゃとかいた。
「斗真、ヒマリのことめっちゃ気に入っとるやん! 凌は、それでええんか!?」
(ここまで言えば、俺の言いたいこと、この鈍感にも伝わるやろ! )
そう思った、その瞬間。
環季の言葉に、凌がビクッと顔を上げた。
「は? 斗真は、ヒマリのことが好きなのか!?」
「えっ?」
思わず環季の動きが止まる。
「……そうか。斗真はもう少し大人な感じの女性が好きなのかと思ってたけど……あんなタイプが好みだったのか……。」
「いや、ちゃうちゃう! そういう意味やなくて……。」
「まぁ、誰が誰を好きでも構わないけど……公私混同はしないように、斗真に言っといた方がいいのか?」
「やめてーー! それだけは堪忍してーー! 俺がとばっちり食うやん!」
「そうか?」
「そうそう! ほら、斗真も他人に気持ち知られたって分かったら……ええ気持ちせーへんやろっ!?」
環季は慌てて取り繕う。
「それもそうだな……。じゃあ、今はそっと見守ることにするか。」
「うんうん。それがええっ!」
環季は冷や汗をかいた。
――我ながら、いらないお節介を焼いてしまった。
前回、斗真がヒマリを玩具として面白がっていることに気づいてしまってから、環季の心には、どこかモヤモヤしたものが残っていた。
それで、ついつい凌に『お前はそれでいいのか?』と焚き付けてしまったのだ。
けれど、凌本人は――。
わざとなのか、天然なのか、全く気にも留めていない様子だ。
「じゃあ、俺はこの書類を職員室に提出してくる。あとは頼むな?」
凌は環季とソノに声をかけると、生徒会室を出ていった。
先程よりも、さらに静まり返った部屋。
環季が盛大にため息をつく。
「はぁ~。しくったわ~。」
その様子を、ソノがチラリと見る。
「珍しいですね? 環季くんが口を挟むなんて。」
それを聞いて、環季は苦笑いを浮かべた。
「俺もそう思うわ。それにしても……。」
「……。」
「ヒマリには同情すんなぁ~。」
ソノは、その意味を図りかねて首を傾げる。
「凌は鈍感で素直やないし、斗真はああ見えてクセ者やし。どっちを選んでも苦労するで~~。」
「……じゃあ、環季くんは?」
その言葉に、環季は一瞬だけ真顔になった。
けれど、すぐに首を横に振る。
「俺も大概ずるい奴やから……やめといた方がええで?」
いつも人懐っこい笑みを浮かべている環季が、その表情をなくした。
「……。」
ソノは、思わず息を呑む。
(この生徒会には……私の知らない何かがある……。)
◇
生徒会室を出て、二人で廊下を歩いていると――。
すぐにヒマリは、いくつもの視線が自分たちに向けられていることに気づいた。
羨望や、やっかみ。
様々な感情が入り混じったような視線。
内容までは聞き取れないものの、ところどころから、ひそひそと話す声も聞こえてくる。
(はぁ~。きっと色々と噂されるんだろうなぁ……。)
軽くため息をつきながら、ヒマリは改めて前を歩く斗真を見る。
物腰は柔らかく、背も高い。
目鼻立ちも整っていて、常に微笑んでいるのがデフォルト。
「水川先輩って……モテるんだろうなぁ。」
思わず、口から言葉が漏れてしまった。
その声を聞いて、斗真が振り返る。
「ん? どうかした?」
「い、いえ……何も!」
慌ててヒマリは両手を前で振った。
「……そう?」
斗真はニッコリと微笑むと、そのままヒマリの横へ並んだ。
「いつもより口数が少ないね。……緊張してる?」
「は、はい。……ちょっと」
『いろんな意味で』という言葉は飲み込んで、ヒマリは話を続けた。
「こうやって水川先輩と歩いてると……改めて自分の力不足を痛感するっていうか……。先輩たちみたいにキラキラした人になれるのかな……って、自信がなくなっちゃいます。」
「うーん……。」
斗真は考えるように腕を組んだ。
「僕たちもね、最初から誰一人として特別な人なんていなかったよ?」
「えっ?」
「当たり前だけど、誰もが新人の頃があって、失敗もして、先輩たちが眩しすぎて……心が折れそうになったこともある。」
「水川先輩もですか!?」
「もちろん。前の広報担当が、容姿も振る舞いも能力も……あまりに完璧な人だったから、引き継ぐのに苦労したよ。」
珍しく、斗真の表情がわずかに歪んだ。
「それでも、がむしゃらに追いかけて……今では少しは同じくらいの信用を勝ち得ることができたのかなって、自負してるんだ。」
廊下の窓から、柔らかな光が差し込む。
その光に照らされた斗真の笑顔に、ヒマリの心がトクンと鳴った。
(あれ? 水川先輩……なんかキレイ。)
「さぁ、昔話もここまで。今日一日で全部は回れないから、主要な所をサクッと回っていこう!」
「はいっ!」
ヒマリは嬉しそうに、斗真の後をついていく。
「そうそう。ヒマリちゃんには元気に笑っていてほしいな!」
その言葉に、ヒマリの足取りが軽くなる。
「はい! 先輩にお供しますっ!」
それは紛れもなく、純粋なヒマリの本心だった。
(私も、先輩みたいにがむしゃらに追いかけて、いつかキラキラした人になるんだ――。)
子犬のように嬉しそうに駆けてくるヒマリを見て、斗真は目を細める。
「本当に……ヒマリちゃんは面白いなぁ。」
斗真の心の内は――まだ、誰にも分からない。




