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乙女ゲームに転生した冷静生徒会副会長のヒロイン観察日記  作者: 高天原ヒロ


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第十三話 生徒会同窓会〜受け継がれるもの

八月。

蝉の声が、朝から校舎いっぱいに響いていた。

夏休みに入ってからというもの、生徒会室には普段以上の熱気が満ちている。

――とはいえ、その原因は蝉でも、真夏の暑さでもない。


「……これで、各クラスの競技エントリーは全部確認できました。」

ソノが手元の資料に目を落とし、最後のチェックを入れる。


「協賛企業への広告デザインも、昨日のうちに最終稿を送っておいたよ。」

斗真が続けた。


「備品の搬入経路も問題なしや。体育倉庫の鍵の管理表も、今朝もう一回確認したで。」

環季が書類を掲げる。


「用具の貸し出しリスト、全部照合しました!」

良樹が元気よく答えた。



午後三時を過ぎた頃。

体育祭の準備作業は、ひとまず一区切りを迎えていた。

凌は机の上の資料をまとめると、椅子の背もたれに身体を預けた。

「よし……今日は仕事を早めに切り上げるぞ」


「えっ、本当ですか?」

ヒマリがぱっと顔を輝かせる。


「そろそろ、来られる頃ですね。」

ソノが静かに窓の外へ視線を向けた。


「どういうことですか?」

不思議そうに首を傾げるヒマリに、環季がどこか落ち着かない様子で髪を掻き上げる。

「ああ。今日はな……前年度の生徒会の先輩らが、遊びに来る日なんや。」


「前年度の、生徒会の先輩方……?」

その言葉の意味をヒマリが反芻した、まさにその時だった。


コン、コン――。

規則正しいノック音が、生徒会室の扉に響く。


「失礼しまーす!」

一瞬で場の空気を塗り替えるような明るい声とともに、扉が開いた。

そこに立っていたのは――かつてこの生徒会室を率いていた、五人の先輩たちだった。



「みんな、元気だった?」


先頭に立っていたのは、前生徒会長――如月玲(きさらぎれい)

艶やかな黒髪に、アメジスト色の瞳。


その隣には、ミルクティーベージュの髪を揺らす前会計・白砂律(しらすなりつ)


さらに、鮮やかなローズレッドの髪と瞳を持つ前広報・千早絢(ちはやあや)


その後ろには、陽気な笑顔を浮かべる前体育委員長・神城豪(かみしろごう)


そして最後に、桃色の髪を揺らしながら、柔らかな笑みを浮かべる前副会長・サクラが続いていた。


「凌!」

玲は真っ直ぐ凌のもとへ歩み寄ると、その肩をぱんぱんと叩いた。

「ちゃんとみんなのこと引っ張ってるんだね! 偉い!」


すると――。

さっきまで威風堂々と生徒会を率いていた黒崎凌が、目に見えて頬を赤くした。

「そ、そりゃ俺だって……やればできるしっ!」


「ソノちゃんからも聞いてるよ。凌、すごく頑張ってるって。」

玲は嬉しそうに笑う。

「でも、頑張りすぎないでね。ちゃんと周りを見て、みんなを頼るんだよ?」


「わ、分かってる! 俺は、玲先輩を超える生徒会を作るんだから!」


「そっか。」

玲はふっと笑い、凌の頭をぽんぽんと撫でた。

「頑張ってね。」


「……っ!」

凌は顔を真っ赤にしながらも、振り払おうとはしなかった。


(……尻尾があったら、ぶんぶん振ってそう。)

その様子を見ていたヒマリは、思わずそんなことを考えてしまう。

普段の凌からは想像もつかない姿だった。


ふと、玲と目が合う。

玲はにこやかに手を振った。

ヒマリも慌てて手を振り返す。

(前生徒会長で、何でもできるすごい人って聞いてたけど……めちゃくちゃ気さくな人なんだ。)



「環季。」

律が、部屋の隅にいた環季へ声をかける。


「はい。お久しぶりです、白砂先輩。」


律は環季の手元にある資料へ視線を落とした。

「この予算表、よく考えられてるね。」

「……え?」

「体育祭を成功させるために、どこへお金を回すのが一番いいか。無駄を極力削ぎ落として、ちゃんと優先順位がつけられてる。」


環季は目を見開いた。

(この一瞬で、そこまで分かるんか……。)


「いえ。俺は先輩には及びません。この前も大きな失敗をして……みんなに協力してもろうたんです。」


律は少しだけ目を見開いたあと、穏やかに笑った。

「そっか。環季は、良い仲間をもったんだね。」


「へっ?」


「失敗は必ずしも悪いことじゃないよ。」

律は資料をそっと机に戻した。

「環季は失敗することも、損をすることも嫌う。でも、今回の失敗は――それ以上のものを得られたんじゃない?」


「……。」


「今は無駄に思えることでも、あとから必要な経験になることがある。だから、最初から結果を決めつけちゃダメだよ。」


環季は、ゆっくりと頷いた。

「……はい。勉強になります。」


真っ直ぐに見つめ返してくる環季に、律は眩しそうに目を細める。

「うん。前より、ずっといい顔してる。」


「……っ」

その一言に、環季は照れ隠しのように顔を逸らした。

「そ、そんなん言われても……困りますわ。」



賑やかな歓談の輪から少し離れた窓際。

西日が差し込むその場所にいた斗真の隣へ、絢がゆっくりと歩み寄った。

「水川くん。変わりないですか?」


「はい、千早先輩。お久しぶりです。」

斗真はいつものように、柔らかな笑みを浮かべる。


けれど絢は、その奥にあるわずかな揺らぎを見逃さなかった。

「……少し、雰囲気が変わりましたね。」


「そうでしょうか?」


「はい。」

絢は静かに斗真を見つめる。

「君は誰にでも同じように笑顔で接する。それは決して悪いことではない。」


斗真の表情が、ほんの少しだけ固まった。


「けれど、それは自分自身を守るための鎧でもあります。」


「……本当に、千早先輩には隠せませんね。」

斗真は苦笑した。

誰にでも優しく。

誰にも深く踏み込まない。

誰かを特別にしなければ、自分も傷つかない。

――そうやって、ずっと生きてきた。

けれど今は。

一人の少女の笑顔に心を乱されている。


「……千早先輩。」

斗真は小さく息を吐いた。

「僕は、どうしたらいいんでしょうか?」


「自分のためだけに生きる完璧さは、時にとても孤独です。」

絢は優しく、けれど確かな声で言った。

「誰かのために心を乱し、誰かのために悩む。」

その言葉が、斗真の胸に静かに落ちていく。

「……それは決して、悪いことではありません。」

そして絢は、少しだけ微笑んだ。

「君も少し、僕の気持ちが分かってきたのではないですか?」


斗真は長いまつ毛を伏せる。

夏祭りの夜。

花火の下で、ヒマリの手を握った時の感覚が脳裏に蘇った。

そして――。


「……はい。」

その答えは、もう迷っていなかった。



「おぉ! お前が新しい体育委員長か!」

豪が破顔し、大きな手を差し出した。


良樹は勢いよく立ち上がる。

「はい! 大嶌良樹です!」


「はははっ! いいじゃねえか!」

二人はがっしりと握手を交わした。

一九〇センチ近い大男が二人。

その周囲だけ、妙に爽やかで暑苦しい。


「理想の後輩ができたな! 気に入ったぞ!」

豪が良樹の頭をがしがしと撫でる。


「本当ですか!?」

「おう!」

「ありがとうございます!」

満面の笑みを浮かべる二人。


その光景を見ていた凌が、ぽつりと呟いた。

「……大型犬が二匹いる。」


「誰が犬だ!」

二人の声が、ぴったりと重なった。



部屋の中央では、ヒマリがサクラの前に立ち尽くしていた。


「わぁ……。」

言葉が出てこない。

ふわりとした柔らかな空気。

そこにいるだけで、周囲の空気まで優しくなっていくような存在感。

(すごい……。)


「初めまして。」

サクラが、ふんわりと微笑む。

「あなたがヒマリちゃんですね?」


「は、はい!」

サクラはヒマリの手を優しく包み込んだ。

「……天使って、本当にいるんですね。」

思わず漏れたヒマリの言葉に、サクラがきょとんと目を丸くする。

その隣では、普段は冷静なソノまでもが穏やかな表情を浮かべていた。


「ソノちゃん。凌くんを、そして生徒会を支えてくれてありがとう。」

「いえ。私は当然のことをしているだけです。」


「ヒマリちゃんも、ありがとう。」

サクラは二人を見つめて微笑んだ。

「私で良かったら、いつでも力になりますから。困ったことがあったら、相談してくださいね。」


ヒマリは、じっとサクラとソノを見比べる。

「サクラ先輩の笑顔って……見ているだけで癒やされます。ソノ先輩は、一緒にいると安心する感じで……。」


少しだけ迷ってから、ヒマリは尋ねた。

「私も、サクラ先輩やソノ先輩みたいになれますか?」


サクラとソノは顔を見合わせる。

そして、同時に笑った。

「ヒマリちゃんは、私たちみたいにならなくていいんですよ。」

「そうです。」

ソノも優しく続ける。

「ヒマリさんには、ヒマリさんにしかない良さがありますから。」


ヒマリは目を瞬かせる。

そして、ゆっくりと笑った。

「……はい!」



「それじゃあ、みんな!」

玲が明るい声を上げた。

「体育祭、頑張ってね!」


前生徒会の先輩たちは、賑やかな笑い声とともに帰っていく。

その直前。

玲がヒマリのもとへ駆け寄った。


「ヒマリちゃん。」

「はい?」

玲は、少しだけ声を潜める。

「頑張ってるヒマリちゃんに、私から一つだけアドバイス。」

「はい……。」


「これから先、ヒマリちゃんが大切な選択を迫られた時――。」

玲は優しく微笑んだ。

「どの未来も魅力的で、どうしようって悩んだ時――。」

ヒマリは、その言葉を真剣に聞いている。


「どの未来を選んだ自分が、一番好きか――考えてみて?」


「……え?」

「今は分からないかもしれないけど……。」

玲はどこか懐かしそうに、ヒマリを見つめた。

「その時が来たら、今日の言葉を思い出して?」

そして、最後に微笑む。

「きっとヒマリちゃんなら、答えに辿り着けるから。」



先輩たちが帰ったあと。

生徒会室には、夕暮れの静けさが戻っていた。

けれど――。

先ほどまでとは、どこか違う。


玲に今の自分を見てもらえた凌。

律の言葉を胸に刻んだ環季。

豪との出会いに、さらにやる気を燃やす良樹。

そして、斗真は――。

窓の外の茜色の空を見つめたあと、ゆっくりとヒマリの方へ振り返った。


「……ヒマリちゃん。」

「はい? 水川先輩?」

首を傾げるヒマリへ。

斗真は、柔らかく微笑んだ。

「体育祭……一緒に頑張ろうね。」

「はいっ! よろしくお願いします、水川先輩!」

弾けるような笑顔。

その笑顔を見つめながら、斗真はそっと目を細めた。


先輩たちから受け継いだもの。

それぞれが見つけた、自分自身の答え。

そして――まだ誰も知らない、これから始まる物語。


夏休みが明ければ、いよいよ体育祭がやってくる。

彼らの恋と成長は、ここからさらに大きく動き出していくのだった。

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