第6話 平穏だった春休み
春休みは予想外に穏やかだった。RINEも電話も着信拒否にしたのに、早乙女が突撃してこない。
………正直、ちょっと拍子抜けした。
あいつなりに姉さんに怒られて反省でもしたのか、まじめに勉強する気になったのか。どちらにせよ、こっちはこっちで優雅に過ごさせてもらう。
「ユッキー、こっちのワンピースどう? 春らしい感じでしょ〜?」
アッキーが試着室のカーテンを開けて、ふわっとした白とピンクのグラデーションのワンピースを着てポーズを決める。頭の上に生えている麒麟の角が、照明にキラキラ光っていた。
「似合ってる。胸のところ、もう少し布足りないんじゃないの?」
「足りなくていいの。これくらいがちょうど良いんだってば〜」
アッキーは笑いながら私の腕に絡みついてくる。
私の方の頭では、楽しいを表す黄色い初花が、ほんのり甘い香りを漂わせていた。アッキーと一緒にいると、最近この花の色が少しずつ明るくなってくる。
午前中は表参道で服を見て、午後は新宿の猫カフェでまったり。夕方には落ち着いた紅茶専門店に入り、窓際の席でスコーンを分け合いながら他愛もない話をした。
「ねえユッキー、本当にお見合いとかする気あるの?」
「うーん…正直、まだ実感ない。先生が言ってた『好成績の生徒や上層部』って、どれくらい上なんだか…」
「上層部って、少なくとも『神気』が強い人だよね。ユッキーの花が喜ぶかどうか、結構シビアだと思うよ」
アッキーは紅茶を一口飲んで、にやりと笑った。
「ま、アタシが一番ユッキーに相応しいって思ってるけどね〜。卒業までにもうちょっと頑張って、ユッキーの初花を真っピンクに染めてみせるから」
「…アッキー、授業以外でそういうこと言うの禁止だって」
「先生いないもん、いいじゃん」
私はため息をつきながらも、口元が緩むのを止められなかった。
この春休み、すごく穏やかで、幸せだった。
春休み最終日。 朝、家のポストに一通の立派な封筒が入っていた。
上質な和紙に、金糸で縁取りされた封蝋。明らかに普通の郵便ではない。 職業を見て、私は固まった。
『特殊討伐隊 半神・鈴木一郎』
「……は?」
特殊討伐隊…特殊討伐隊!?
特殊討伐隊。 人肉を食べて怪物となった半神や鬼人を討伐する、日本最強の部隊。
しかも政治・経済界に強い影響力を持つ特殊部隊だという噂を、種族別授業で聞いた覚えがある。
中を開けると、流麗な筆文字で『お見合い願書』と書かれた釣り書が入っていた。
同封された写真は、黒髪に銀の狐耳と九つの尾の幻影を纏った、整いすぎた美成年だった。冷たい印象なのに、どこか妖艶さもある。
…どっきり?いや、どっきりにしては紙が本格的過ぎる。私相手に何でこんな大物が見合いしてくるの!?私はその場で固まり、スマホを握りしめてアッキーにRINEを送った。
『アッキー…大変なことになった』
三十分後、アッキーは我が家に飛び込んできた。
「見せて見せて!うわっ、マジで鈴木一郎!? ユッキー、超大物引いたじゃん!!」
☓☓☓
その日の午後、黎明ヶ丘学園の職員室はパニックに陥っていたと化していた。
「特殊討伐隊から新城由貴宛てに正式なお見合い願書が来てるって本当か!?」
「本当です…しかも鈴木一郎本人が指名です」
「花人の保護優先で、強引な申し込みは却下できるはずだが…相手が相手だぞ」
「神気測定値が歴代トップクラスなんだぞ!? 化物とタイマン張れる実力も計り知れないレベルだ」
「新城の初花がどう反応するか…」
安崎先生は頭を抱え、隣の担任教師は興奮と困惑で目を泳がせていた。
「とにかく、春休み明けに新城本人に確認を!」
「早乙女の件で注意喚起したばかりなのに、今度は特殊討伐隊か…うちの学年、花人一人に波乱が多すぎる」
職員室の片隅で、鬼人の体育教師(例の拳骨先生)がぼそりと呟いた。
「…新城の奴、意外とモテるな」
☓☓☓
その頃、私は自宅のベッドに突っ伏しながら、アッキーにぐったりと寄りかかっていた。
「どうしよう…私、ただ優雅に高校生活を過ごしたかっただけなのに…」
「でも満更でもないんだね〜。釣り書見てて初花がほんのりピンクになってるけど、一目惚れ?」
「…ぶっちゃけタイプだった」
アッキーが私の頭にそっと触れ、微笑む。
「ま、焦らなくていいよ。相手が本気なら、向こうからちゃんとアプローチしてくるでしょ。
それより、春休み最後の夜はアタシと過ごそう?ユッキーの花、アタシがもっと綺麗な色にしてあげる」
窓の外では、春の風が桜の花びらを舞わせていた。
私の頭の椿は、確かにゆっくりと、甘い香りを強めていた。




