第五話
さぁさぁ、今から大一番が始まります。私は殊勝な態度でその時を待ちます。
ジェームズさんが、「アロンソ子爵夫人よ、マリアの授業について詳しく説明してもらえるかね。」と表情は柔らかいのに、威圧で死ぬんじゃないかと思うほどの圧力を向けながらイルダに問いかける。なんて器用なことができるんだろう。ジェームズさんはこのような事象に慣れているのだろうか?
イルダの顔色は蒼白だ。しどろもどろに、「そのぉですね、マリアさんはですね、あのぉ、お話ができないからですね、えぇっとですね、礼儀作法をお教えしておりましてですね、えぇ、えぇ、そうなんです。」
ジェームズさんが「マリアの脹脛が赤く腫れているのだが、あれは何故あのようになったのだ?あぁ、背中もだったな。」これまた威圧を向けながら優しげな表情で問うている。
イルダの顔色は真っ白。尋常じゃない量の汗がこめかみを伝って顎からポタポタと流れ落ちる。
「なんのことでございますか、、、」声も震えている。もう、いつ倒れてもおかしくないかもしれない、白目になってきている。極限状態にいるようだ。
いやいや、このまま倒れられても困るからね。貴方の罪を有耶無耶にはしないからね。
私はジェームズさんの側にトコトコと駆け寄ると、そっと手巾を渡してイルダの方を見る。
ジェームズさんが、私を優しく見つめて「マリア、アロンソ子爵夫人の汗が気になるのかな?」と言って渡された手巾をイルダに差し出し、テーブルに置いてあるお茶を飲むように促した。
イルダは震えながら手巾を受けとり、汗を拭いて言われるがままに一口お茶を飲んだ。
ジェームズさんが「マリアを指導してくれていたのかね」と柔らかな声色で話しかけた。
イルダが「そうなんです。マリアさんはですね、そう、まだまだ貴族のマナーが身に付いておられません。できるようになるためにはと思うとついつい指導に力が入ってしまうのです。」
「なるほど、なるほど」「知らず知らずに指導に力が入ったということかな」ジェームズさんが笑いながら話を促す。
「えぇ、えぇ、はい。幼い子供には適切な指導が必要ですから。時には厳しいと思われるようなこともありますが、この年齢の時にしっかりと身体に覚えさせないといけません。」
「ほぉ、身体にですか?」
「そうでございます。できない時にはできていないとわかるようにしつけ…」
「どんな方法で?参考までに教えてもらいたいもんですな」ジェームズさんがイルダの言葉を遮り質問をした。
「ええっと、そうですね、何度も教えてできない場合には、手の甲を軽く叩くとか、その程度で充分です。」
ジェームズさんが顎を撫でながら「手の甲を軽く叩くですか?」と聞き返す。
「はい、この年齢は数回教えても理解できないことがありますから。その時にできていないことを説明しながら軽く手の甲やお尻をポンポンと叩くことがあります。」
おい、おい、何が軽くポンポンだぁ、手の甲?お尻?はぁ?イルダさんよぉ、あなた、何度も私の脹脛、背中、腕を、指示棒で、容赦なく、何度も叩きましたよねぇ。そして、昨日は、襟首掴みましたよねぇ?こぉっのおぉーーー\\\٩(๑`^´๑)۶////マジ、許せん!!
ジェームズさんが、「なるほど、なるほど、では、脹脛と背中の赤みと腫れについて説明をお願いできるかな」と真顔で問いただした。
イルダは、「あれはぁ…そう、何かに被れたのではないでしょうか?マリアさんは皮膚が弱いようです。」
おいおいイルダさん、正気ですか?どこが被れなんじゃぁー、おらぁ、こらぁーーー
私は心の中で何度もブチ切れ暴れた。
ジェームズさんが、当家専属医を呼びなさいとジョセフさんに指示した。
そして、イルダに恐ろしく冷たい表情を向けて、「いいか、よく聞け!今から我が家の医者にマリアの傷を診察してもらう。そこで出された結果によっては、今後のお前の進退は地に落ちると思え。」そこにいる者皆が震え上がる程の地を這うような重低音が発せられた。
イルダはガタガタと震えていた。
「はい、こんにちわ。お呼びと聞いたが、どうしたのかね?」と何とも呑気な声が聞こえてきた。
ジェームズさんと同じくらいに見える年齢の白衣を着た男性が部屋に入ってきた。
ジェームズさんが、「エディス来たか。マリアを診てくれ。」と白衣の男性に声をかけた。
エディスさんはお医者様でしょうか?
前いた部屋に診察に来てくれたお医者様には感謝しかありません。私が生き延びれたのは、あのお医者様のおかげです。
この白衣を着たエディスさんはどうでしょうか?
「こんにちは、どうしたのかな?先生に教えてくれるかな?」ニコニコと笑いながら目線を合わせて話しかけてくれる。
私は黙ったまま脹脛を見せた。
エディスさんが一瞬だけ厳しい顔をして「誰にやられたのか、私に教えてくれるかな。」と私には優しい笑顔で聞いてくれた。
私はイルダを指差した後に護衛を見た。
「私から説明させて頂いてもよろしいでしょうか」と壁側に控えていた護衛が一歩前に出た。
「マリア様が授業を受けておられる部屋から、大きな叫び声が聞こえたので、直ぐに部屋に入りました。イルダ様が床に座っておられました。マリア様に何かあってはいけないので、マリア様にお声をかけましたところ、マリア様の脹脛が真っ赤に腫れておりました。そして、床に落ちていた指示棒はイルダ様の持ち物で、その指示棒でマリア様の脹脛が叩かれたのではないかと考えます。以上。」
イルダが「違います、間違っています。確かに指示棒は私の持ち物ですが、叩いたりなどしていません。授業に使うために持っているだけです。」
お医者様エディスさんが、護衛が差し出した指示棒を見て、この指示棒は手が加えられているようだな。指示棒がしなる仕様になっているようだが?持ち主から、なんのために指示棒をこの様な作りにしたのか説明してもらおうか。とイルダに厳しい眼差しを向けて説明をするように促した。
イルダが汗を拭きながらブルブルと震え出す。
「知りません。私は購入しただけです。」そう言って下を向いた。
お医者様のエディスさんが、ビュッんと指示棒を振ってみせて、「おやおや、これはまた」と言った。
ここで私が『その指示棒でこの人に何度も叩かれました』と言ってみたところで、所詮は三歳の子供。発言についての信憑性に欠けるであろうことは分かっている。だからこの場では黙っておくことにした。
「まぁ、いいでしょう。取り調べは専門家に任せることにして、私は診察をさせてもらおう。ジェームズ、私はこの子を診察室に連れて行く。後はよろしく。ああ、言っておくが、これは指示棒に見せかけたムチだな。誰がこの子を叩いてこんな傷を作ったのかなぁ。可哀想に。嘸かし痛かっただろう。」とイルダを見透かすような視線で見据えながら、お医者様のエディスさんは発言して私を優しく抱え上げた。
私は抱っこされた状態で、この家の診察室と呼ばれている部屋に連れて行かれた。
お医者様のエディスさんと看護師さんらしき人が二人いた。
私の脹脛を見て看護師さん二人が、信じられないわ、何てことをするのかしらね。痛かったでしょうね。さぁ、痛くなくなる様にお薬を塗りましょうね。そう言いながらテキパキと薬を塗ってくれた。
イルダが昨日塗ってくれた薬よりも効能がいいようだ。腫れも赤みも痛みも直ぐに消えた。こんな薬は前世でも無かったなぁとぼんやりと思った。
夕食の前にジェームズさんから執務室に来る様にと連絡があった。私はジョセフさんに抱えられて執務室に行く。
ジェームズさんとアマルさんが横並びにソファーに座っていた。反対側のソファーにお医者様のエディスさんがいて、その横に座らせられた。
ジョセフさんとナターシャさんと護衛が其々の定位置と思われる場所に立っている。皆んなが渋い顔になっています。
「マリア、気がつかなくてすまなかった。辛い思いをさせてしまったな。」とジェームズさんが私を見て辛そうな表情をしています。
アロンソ子爵夫人についてだがとジェームズさんから説明が始まった。
イルダは元が名門伯爵家の三女で、結婚後にイルダの友人から娘の淑女教育してほしいと依頼を受けて、子供達の教育を行なうようになった。
その時の子供達が優秀だったようで、イルダの淑女教育は素晴らしいという評判が広がったようだ。
イルダは多くの貴族家から依頼を受けるようになった。
そうなると子供によって出来不出来が出てくる。
自分の評価を落としたくないイルダは、自分が不出来だと判断した子供達には、痛みという武器を使って教育を行うようになった。
あの指示棒は改良に改良を重ねて、あのような仕様になったそうだ。
作製に携わった工房は、何故指示棒にしなりが必要なのかとは考えたらしいが、平民が貴族に問うこともできないため、ただただ依頼された内容を忠実に作り上げたと話している。
更に虐待紛いの行為だと指摘されないように、叩いた後の傷が消える薬も使っていた。
大人になった生徒の中には、親に話した子供もいた様だが過ぎたことだと問題にされなかったらしい。親からしたら、実際に目撃したわけでもないため、まぁ少し行き過ぎた教育が行われたのだろうという認識だったようだ。
今から厳しい取り調べが行われて、アロンソ子爵夫人は法の裁きと社交界からの鉄槌が下される。厳しい状況下に置かれるだろう。
ジェームズさんからの報告と説明が終わった。




