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がんばレクイエム

 ~魔法国 王都 魔法学校 研究室~


 朝。追放まで残り4日。

 なんだか今日は頭を踏まれずに起きることができた。


 眠気まなこで部屋を見渡すと、エレジーがベッドの横で俺をまじまじと見つめていた。


「おはよう」


「おは……、おは……よう……」


 あれ?

 この拙い喋り方はレクイエムか。

 それにしては、普段と比べて身なりが整いすぎてる。


「どうした? レクイエム、今日は綺麗じゃないか。エレジーかと思った」


 レクイエムは翠の瞳を白黒させ、俺のベッドに顔をうずめた。


「おいおい」


「ちょっと……、そういうのは……むり……だから……」


 なんかまずいこと言ったかな。

 今まで通りなら俺と初対面のはずなのに。

 俺はエレジーがレクイエムをベッドから引き剥がしてくれるまで、レクイエムの変化について首をかしげていた。



 ~魔法国 王都 魔法学校 大教室~



 大教室はピリピリした空気が漂っていた。

 先日の研究学習を今日中にまとめるために、レクイエムは教壇に上がって呪われた魔法道具について喋りだしたのだが、


「魔法道具は……モンスターだけど……魔力が固まってて……、だから属性付加で……魔力だけ活性化させる……。属性付加は……魔力にしか効かない……から……モンスターに戻らない……。それで……反属性の付加を……交互に繰り返すと……魔力同士の抵抗で……」


 誰も話についていけなかったのだ。

 話しきったレクイエムは満足げだったが、そこで女生徒から質問が飛ぶ。


「魔力が固まってるってどういう状態なの?」


「コア……攻略者の言葉だと……虹金……」


「虹金?」


 女生徒がその反応になるのは正しい。

 虹金は攻略者でもダンジョンボスを倒せるようなパーティでないとお目にかかれないからだ。


 うんうん、と俺はうなずいていたが、女生徒はそうではなかった。


「あのさ、もっと分かるように言ってくれない?」


 苛立ちをレクイエムにぶつける。

 レクイエムもさすがにその感情に気づいたのだろう。目を伏せた。


「コアの仕組みは……むり……。言っても……わからない……たぶん……」


「はあ?」


 女生徒が苛立ちを隠す様子はない。

 しかし、レクイエムも怖がって説明を放棄してしまう。

 そんな時に立ち上がったのはエレジーだ。


「まあまあ、少し落ち着きなさいよ。私がレクイエムの話をまとめておくから」


 エレジーは不満が爆発しかけた女生徒をなだめすかし、他の生徒たちにもこれ以上の追求をしないように言い含める。

 つまりは選手交代というわけだ。


 ただ、俺はそれが間違っていると思った。


「エレジー、ちょっと」


 俺は彼女を呼びつけ、教室の端に寄る。

 他の人にあまり聞かれたくない。


「なにかしら?」


 エレジーは忙しそうに言った。


「レクイエムは友達作りをがんばるって言ってるのは知ってるか?」


「ええ。それがどうしたの?」


「じゃあ提案だ。今後エレジーがレクイエムに手助けするのは禁止だ」


 エレジーは腕組みをして、懐疑的な目を向ける。


「どうして?」


「レクイエムは自分で自分の問題を解決すべきだからだ」


「無理よ。だから私が解決してるんじゃない」


 その通りだ。

 レクイエムと違わぬ翠の瞳は、俺を刺すように見つめてくる。


「それにね、私の存在理由はあの子の問題を解決することなの」


 レクイエムと瓜二つに造られたホムンクルス。

 エレジーなりの矜持なのだろうか。

 でも、エレジーは命令でしか動かないゴーレムとは違う。


「じゃあなんでエレジーは『お姉ちゃん』なんだ?」


「それは……、お姉ちゃんは妹の面倒を見るものだからよ」


 彼女は言いよどんで、目をそらした。

 答えに自信がないのかも知れない。


「面倒を見るだけならゴーレムでいいじゃないか」


「私だって似たようなものよ」


「存在理由を自分で定義してるのに?」


 命令で動く存在だったら自信なんて端からありえない。


「で、でも、姉が妹の面倒を見るのは当然でしょ!?」


 声を荒げる。

 しかし、声は班ごとの会議で賑わう教室の喧騒にかき消えた。


「そういう姉妹もいるかもな。ただ、レクイエムはエレジーの正体を知ってるんだ。それでも『お姉ちゃん』と呼ぶのは、レクイエムがエレジーに憧れているからじゃないのか?」


「そんなこと……」


「俺にも妹がいてな。自分で言うのも何だが、あいつは俺を理想の存在に見てたと思うんだ。懐かれていたと言っていい」


 何も言わずに国を出た俺を、あいつは恨んでるかもしれないが。

 それまでは本当にレクイエムとエレジーのような仲の良い関係だった。


 遠い目をしていたかもしれない。

 エレジーが呆けた顔で俺を眺めているのに気づいて、慌てて視線を戻す。


「おっと。だから見守っていてやろう。レクイエムが自分を変えられるように」


 エレジーはレクイエムを見つめた。

 教壇から机に戻っており、喧騒の中でポツリと孤独を極めている。


「……そうね。私、あの子のことを信じていなかったのかもしれないわ」


 エレジーの肩が俺の腕に当たる。

 しかし、くっついたまま。むしろ少し体重を預けてくる。


「そういえばレクイエムが言ってたわよ。ロンドはお兄ちゃんみたいだって」


「へえ」


 さすがに3日も一緒に過ごすと忘れられずに済むのかな。

 エレジーは上目遣いでいたずらっぽく俺を仰ぎ見た。


「私にとってもお兄ちゃんなんじゃない? ね? お・に・い・ちゃん?」


「……そんなあざとい妹、お兄ちゃんは知りません」


 俺はレクイエムの方に視線を移して淡々と返した。


 正直あぶなかった。危うく死にかけたぜ。

 かわいすぎだろ。常識的に考えて。

 エレジーが男女ともに大人気な理由が分かった気がする。


 一方、レクイエムは俺の視線に気づいてうつむいた。


「ちょっと行ってくる」


「見守ろうと言ったのはどこの誰かしら?」


 痛い所を突かれつつ、俺はエレジーから逃げた。

 レクイエムに駆け寄る。


「よう。どうした」


「あの……。友達……作るの……むり……」


 おずおずと泣き言を言い出した。


「このままじゃな。でも俺たちは見てるからな」


 エレジーに目配せする。

 レクイエムはハッとして、また顔を伏せた。


「どうした。がんばレクイエムだろ?」


 いつかの図書室で言ってたセリフだ。


「……なにそれ」


 微妙に引かれてしまった。

 いや、これ言ったのキミなんですけど。


「でも……なんか……いいかも……。がんばレクイエム……です……!」


 グッと小さく拳を握る。

 そうして顔を上げたレクイエムの瞳は、月光を映したように美しい翠色をしていた。



 ~魔法国 王都 魔法学校 研究室~



 研究室に戻ると大賢者とレクイエムが口論をしていた。

 珍しいこともあるもんだ。


「要らない……から……。もう……決まり……!」


 俺に気づくこともなくレクイエムは、研究室の奥へ消えた。

 残された大賢者に話しかける。


「どうかしたのか?」


「ふぅむ。急に友達を作るために頑張るなどと言い出しおってな。そんな事のために時間を使うべき人間でないことは、あの子も十分わかっているだろうに。何か知ってるかい?」


「さあ。わからないな」


 俺は言葉を濁した。

 友達作りを応援しない家族に何を言っても無駄だ。


 レクイエムが向かった研究室の奥へ行く。

 エレジーの身体が収められている部屋以外にも様々な区画がある。

 その一つにレクイエムがいた。


「何してるんだ?」


 寝そべって大きな紙に図を書いているようだ。

 話しかけても反応がない。


「おーい。……マジで気づかないな」


 ふと、いたずら心が芽生えた。

 しゃがんで人さし指をレクイエムのほっぺに当てる。


 ぷに


 やわらかい。

 表面は冷たいけど、触れているうちに熱を帯び始める。


「ぜんぜん気づかないのな」


 一心不乱に線を引き、何やら怪獣みたいなヘタクソな絵も描いていた。

 肩紐がズレて胸が見えそうになっている。


「……いかんいかん」


 邪ないたずら心が湧いてしまった。

 俺のことをお兄ちゃんだと思っている子だぞ。


 自分の邪念を振り払うように立ち上がる。

 心機一転。


「うん。がんばれよ、レクイエム」


 レクイエムの背中に声をかけた。

 最後まで見守ってやる。そう思いながら。

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