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組対抗演習

 ~魔法国 王都 魔法学校 研究室~


 残り5日の朝。


 ふぎゅ。


 額にサラサラした靴下の感触。

 3日連続で頭を踏まれてる気がする。


「おい」


 頭の上の足に頭突きをするように、勢いよく上体を起こす。


「わ……」


 レクイエムが尻餅をついた。

 ベッドが揺れる。

 女の子座りのまま俺をじっとりと睨みつけた。


「はじめ……まして……」


 警戒心と好奇心がない交ぜになった猫みたいな少女だ。

 瞳は不思議にきらめている。


 俺のことをまた覚えていない様子だ。


「治療の副作用で忘れっぽいらしいな。はじめまして。俺はロンド。君は?」


「……レクイエム」


 自己紹介を済ませた俺は、昨日のことを話してやる。

 俺が留学生なこと、エレジーがホムンクルスなこと、レクイエムが友達を作りたいこと。


「じゃあ……この部屋で……寝てる……のは……?」


 その質問に答えたのは俺じゃなく、


「私が誘ったのよ、レクイエム」


 エレジーだった。


「……お姉ちゃん!」


 レクイエムがベッドから立ち上がって、抱きつく。

 エレジーはよしよしと頭を撫で、レクイエムを床に立たせてやった。


 俺もいい加減ベッドから降りる。

 二人の少女が並ぶと本当に瓜二つだ。


「おはよう。……大丈夫なのか?」


 エレジーは身体の耐久が限界になると砂の人形になってしまう。

 大賢者が胸の虹金を別の身体に移し替えたのは、つい昨日のことだった。


「ロンド……」


 エレジーは俺から目をそらす。

 心なしか顔が赤い。


「だ、大丈夫か? 顔が赤いぞ。まさかお前も副作用が……」


「ないわよっ! べ、別に顔だって赤くなってないんだからっ」


 いや、赤くなってるだろうが。


 ……というツッコミは心の中に秘めておく。

 深く突っ込んではいけない気がした。


 まあ、無事なら良いんだ。



 ~魔法国 王都 魔法学校 競技場~



 俺たちは魔法学校の中庭に集まっていた。

 大樹の場所で言うと、幹の頂点で、周囲に枝分かれする所だ。

 そういえばレクイエムが説明してくれていたのを思い出す。


『ここが……、競技場。たくさん魔法……使えるところ』


 たしかに、ここならいくら魔法を使っても街に影響なさそうだ。

 かなりの広さがある。

 端から端まで走っても2~3分は掛かるだろうな。


 中央に生徒たちが集まっている。

 あの教室とは違う制服の生徒たちもいた。


「こんなに生徒がいたのか」


 ざっと100人近くいる。

 今まで気づかなかったが、制服の違いは4種類だ。

 赤、黄、青、緑という感じ。


 俺の制服は青だ。

 レクイエムやエレジーも同じ色をしている。


 競技場の朝礼台に女性が上ったのが見えた。


「注目!」


 生徒たちが女性の方を見る。

 あの女性もこの学校の先生らしい。

 鳥っぽい顔で少しキツそうだ。


「これより組対抗演習を始めるッ! 組ごとに整列!!」


 まばらな四色が色ごとにまとまり始める。

 俺も青色の一群に加わった。


 エレジーが俺に気づくとフッと微笑み手をふる。

 生徒たちに囲まれてまた身動きが取れないらしい。


「あれ? レクイエムはどこだ? ウッ」


 脇腹を突かれた。


「ここに……いる……」


 俺の後ろで陰気な顔をしていた。


「どうした、こんなところで。今朝、話してやったろ。お前は友達を作るために頑張るんだって」


 昨日、図書館でレクイエムは友達作りを頑張ると豪語した。

 しかし、レクイエムは首を振る。


「覚えて……ない……。でも……」


 グッと握った両手を胸の前で小さく下げる。


「友達……作りたい……」


「よし。その意気だ。仲間を信じろ。まずはそこからだ」


「うん……!」


 レクイエムが大きくうなずく。

 俺たちは級友たちの輪に加わり、整列した。


 鳥顔の女教師が朝礼台で足を鳴らし、全員の注目を集める。


「ルールを説明するッ! 三人から四人の小隊を作れ! 諸君らは競技場に現れるモンスターを狩るのだッ! 現れるモンスターはこれを見ろ!」


 女教師が杖を振ると、羽虫が群を成して中空に彫刻を象る。

 左からスライム、スケルトン、リビングアーマーだ。


 どれも魔法で操るモンスターだ。

 特にリビングアーマーはカプリッチオの館で戦った。


「左から1点、3点、5点だ! 倒した数に応じて組に点が入るッ!」


 個人点は無いらしい。

 協力が必要だが、何もしなくても良さそうだ。


「前半20分間に10点以下の小隊は脱落するから気を引き締めろッ!」


 おっと、何もしなくても良いとは言えなくなった。


「後半20分間になったら私が相手だッ! 倒した組に20点!」


 生徒たちはざわつく。

 こんな強そうな人を相手にするのは骨だ。

 だが、相手が人間でこそ俺の技は輝く。


「それと今日は大賢者様も見ておられるッ!」


 先生が彫像を霧散させ、競技場を一望できるところに視線をやる。

 そこにはヒゲをたくわえた老人が微笑んでいた。


 生徒たちはざわつく。

 先程とは違う声色で、みるみる士気が高まっていった。


「それでは10分間で小隊を組め!」


 そう言ってすぐに朝礼台を降りた。

 俺たちはエレジーの周りに集まり、チーム分けをする。

 自然と仲の良い者同志で小隊になったようだ。


「まあ、こうなるよな」


 俺とレクイエムは余っていた。

 3人から4人でないと小隊にならない。

 見かねたエレジーが4人組を抜けて俺たちに加わってくれた。


「……お姉ちゃん!」


「レクイエムったら、ふふ、しょうがないわね」


 エレジーは嬉しそうだ。

 なんだかんだ言って仲が良い姉妹だよな。


「うん。エレジーが来てくれて良かったよ。ありがとう」


「べっ、別に……、しょうがなくよ!」


 ぷいっとそっぽを向く。

 髪が白いから赤い耳が目立って見えた。


「よーし、いっちょやりますか」


 俺は屈伸しながら呟いた。

 この後にどんな結果が待ち受けているかも知らずに。






 それは最悪の展開だった。

 前半20分終了のホイッスルが鳴る前に、組対抗試合は終了する。


「嘘だろ……」


 その光景を俺は呆然と立ち尽くしながら眺めていた。

 競技場に現れたゴーレムが、学校側で用意した魔法系モンスターを駆逐していった。


 生徒たちは手も足も出せない。

 唯一、競技場の中心で孤独に舞うのは白い毛の少女。


「レクイエム……」


 思い出す。

 俺たち青組は劣勢を強いられていた。


 他の組は1体につき4人が対応し、2~5分ほどの戦闘時間で討伐していく。

 青組は遅いのだ。

 1体を倒すのに少なくとも5分以上を費やした。


 どうやら色ごとに得意な魔法に差があるらしく、攻撃魔法が得意な赤組、召喚魔法が得意な黄組、状態異常魔法が得意な緑組の順で討伐数が多い。

 青組はというと、防御魔法と回復魔法が得意で、討伐数は最少。


 これじゃあ勝てない。


 前半、残り5分となった。

 士気が下がったクラスメイトたちをエレジーは鼓舞していたが、焼け石に水だ。

 そんな時、レクイエムがゴーレムを呼び出した。


「ンゴゴゴ!」


 ゴーレムは魔力を込めたパンチでモンスターをなぎ倒していく。

 始めは俺もクラスメイトも湧き上がったが……。


 レクイエムは、やりすぎた。

 もう誰も何もしなくても、ゴーレム一体でモンスターを駆逐する。


 他の組が1体を倒すのに4人がかりで早くて2分。

 ゴーレムが1体を倒すのはワンパン。1秒。


 ……そうして、今に至る。


「ちくしょう。天才に勝てるわけがないんだ」


 クラスメイトの男子がぼそりと呟いた。

 いや、違うだろ。


「レクイエムはクラスのために力を出したんだ。勝ち負けとかって……」


「留学生くん、君ってやつはまだあいつの肩を持つのかい? あいつは……、僕たちなんか要らないと思ってるんだ」


「そんなことは……」


 俺の脳裏を過ぎったのは、何度も名前を忘れられた朝の景色だった。

 レクイエムなりに頑張っていると思う。

 でも、その頑張りは失敗に終わった。


 俺はレクイエムの方へ視線をやる。

 なんだかとても遠くにいるように見えた。


 ちょうどその時、競技場の中心に大賢者が歩み寄って、


「素晴らしい! よくやったぞレクイエム。お前は我が校の誇りだ」


 レクイエムを褒め称えた。

 しかし、諦めの溜息がそこかしこから漏れている。

 大賢者は続ける。


「ただ、なんだな。これでは他の生徒たちの力量が分からん。よって組対抗試合は3日後にもう一度行う! 他の生徒たちも彼女を見習い、己が魔法を研ぎ澄ませておくように」


 そう言って競技場を後にした。

 レクイエムはゴーレムに乗って俺たちのところへ来る。


「みんな……勝った……。良かった……」


 開口一番に安堵を漏らした。

 しかし、クラスメイトたちの反応は冷ややかだ。


「何が『良かった』だ。馬鹿にしてるのか?」


 レクイエムに突っかかっていた男子がそう言うと、他の生徒たちも口々にレクイエムへ不満をぶつけ始める。


「そうよ、そうよ。もう勝手にやりなさいよ!」「これだから天才様は」「大賢者の孫だからってえこひいきよね」


 レクイエムは青ざめた顔でゴーレムから身を乗り出した。


「ち……ちがう……。どう……して……」


 不安そうな気持ちがゴーレムにも伝わったのか、身体が大きく揺らいで倒れそうになる。

 生徒たちは押しつぶされかけ、悲鳴を上げた。


「くっ」


 俺はゴーレムの銅を両手で押さえる。

 唖然として誰も動けない。


「エレジー! みんなを!」


 俺の叫びにエレジーが応じる。

 そうして誰もいなくなったところで、身体をひねってゴーレムの転倒を避けた。


 ドスン!


 重苦しい音とともにゴーレムは倒れた。

 レクイエムがゴーレムから投げ出され、転げ落ちる。


 俺は反射的に、


「レクイエム!」


 その軽い身体を抱きとめた。

 肩は小刻みに震え、捨てられた猫のようだと思った。


「助けたのに……。よろこんで……くれなかった……。なにも……失敗……してない……のに」


「ああ」


 俺は合点がいく声を相槌代わりに呟いた。

 なにも知らない彼女を、芝生の上に座らせてやる。


 服がよれて、大きな才能と期待を預けられた小さな肩が顕わになった。

 こいつを見てると、昔の俺を思い出すんだよな。


「レクイエム。それは助けたんじゃなくて、役割を奪ったんだよ。助けるっていうのは、仲間を信じて託すこと。一人で戦うのは間違いなんだ。レクイエムはそれができてなかった」


 魔法を使えない俺だから、パーティの中ではずっと誰かのサポートをしてきた。

 サポートも戦う仲間の一人だと思っている。


「間違い……だった……? どうしよう……」


 俺の諭した言葉はレクイエムに伝わったようだ。

 なんだか泣きそうになっている。

 俺が泣かせたみたいでちょっと困った。


 目線をあわせるようにしゃがみ、


「まあ、また次がんばれよ。3日後にもう一度組対抗演習をするらしいしさ」


 頭を撫でてやる。

 撫でるたびに白い毛がふわふわと静電気を帯びた。


「ロンド……」


「うん?」


 レクイエムが俺の胸に頭をぐりぐりと押し付け、そのまま顔を埋める。


「……なんで……ダメな……レクイエムに……、やさしく……するの……?」


 気弱な声が俺の胸元で鳴った。


「あぁ、なんというか、妹みたいな感じかな」


 似た所があって、昔の俺みたいで、放っとけない。

 それを一番わかりやすく表すとしたら、妹だと思った。


「……なにそれ」


 レクイエムが鼻をすする音が聞こえた。

 そして俺を抱きしめる力を強くする。


 しょうがないからしばらくレクイエムに胸を貸し、時おり背中を撫でてやる。

 こうして組対抗演習は終わったのだった。

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