友達を作ろう
~魔法国 王都 魔法学校 図書室~
「な、なんだこれは……」
図書室へ行くと入り口の扉が廊下に倒れていた。
しかもひしゃげている。
まるで、巨人が無理くりこじ開けたようだ。
「レクイエム!」
図書室に入るなり、大声で名を呼んだ。
返事はない。
代わりに、クラスメイトの一人が顔を出す。
さきほど俺が睨みつけてしまった男子生徒だ。
「ああ、留学生の……、やめといた方がいいよ。結局さ、誰もあの子にはついていけないからね」
「ついていけないって、どういう意味だ? レクイエムがついてこれないなら分かるが……」
「ははっ、あの子が? 留学生くん、あれは天才だよ。僕らとは違う」
天才……?
髪はボサボサ、パンツも自分で履けない、引っ込み思案ですぐ泣くレクイエムが?
「最初は信じられないだろうさ。でもいるんだよ、天才って。図書室の奥へ行ってごらん」
「ああ、行ってみるよ」
男子生徒は踵を返した。
どうやら他の生徒たちは、学習机を囲んで談笑している。
俺は図書室の奥へ行く。
ぎゅうぎゅうに詰められた本棚を抜けて、しばらく歩いた。
~魔法国 王都 魔法学校 図書室 奥~
図書室は奥に行くほど薄暗い。
本も古くて分厚いものが増えて、床も軋み始めた。
洞窟や森の奥と似た雰囲気だ。
キノコでも生えてそうだな……。
そう思った時、白いキノコ、いや、レクイエムが居た。
本棚と壁の間、床に腰を下ろしている。
背中姿だと髪が長くて白いから床から生えてるようだな。
「おーい、レクイエム」
「……」
呼びかけるが、反応がない。
近づく。
ぶつぶつと呟きながら、一心不乱に何かをいじっていた。
身を乗り出して確かめる。
「うわっ」
俺は飛び退いて、腰の剣に手をかざす。
「それ、モンスターじゃないかっ!」
しかも大樹ダンジョンにいちゃいけない奴。
火を吐くトカゲ――ファイアリザードだ。
まだ体長は猫くらいだが、それでも一軒家を燃やせる火力を持つ。
「ふんふん♪ これをこうして~」
レクイエムは鼻歌を歌いながら、ファイアリザードの頭にマチ針を突き刺した。
ボッ
一瞬、火柱が上がった。
「あち!」
離れたつもりだったが、顔が焼けるように熱い。
幸いにも炎は真上に上がったので、本に着火しなかったようだ。
「お、お前! 馬鹿か!?」
俺はレクイエムの首根っこを掴んで引っ張る。
こっちを向かせる。
前髪がちょっと燃えて、くしゃくしゃになっていた。
「あ……、ロンド……。なに……してたの……?」
「それはこっちのセリフだ!」
けっこうな勢いで怒鳴る。
マジで火事になるかと思って、心臓に悪い。
「こっちの……セリフ……。あ……。呪われた……魔法道具……。使えるように……した」
少しは俺の必死さが伝わったかと思ったが……。
レクイエムはちっとも分かってない様子だ。
「ん? 呪われた魔法道具を使えるようにしたって?」
「うん……。魔法道具は……モンスター……だから、……魔力……抜いたら……大丈夫」
「だからって図書室で火を使うのは危ないだろ」
「?」
小首をかしげる。
ちょっとよく分からないですね、みたいに神妙な顔をするな。
「いやいや、それくらい分かるだろ。本は紙だぞ。燃えるじゃないか」
「紙は……よく燃える……。だから……?」
ぽつぽつとした返事は、冗談には聞こえない。
「燃えたら本が読めなくなるだろ」
男子生徒がレクイエムを天才だと言っていたが、そんな風には見えなかった。
「あ……大丈夫……、ここの本は……ぜんぶ……覚えてるから……」
「そういう問題じゃなくてなぁ……って、覚えてるのか、これ全部?」
「?」
再び、小首をかしげる。
なにを当然のことを? みたいな顔されてもな。
「あきらかに何万冊もあるだろ。そんなの読めるなんて……」
天才。
そんな言葉が脳裏によぎった。
「二十五万……四千三百……十八冊……」
「え?」
「それが……蔵書の……数……。レクイエムが……読んだ……数……」
俺にはとうてい真似できない。
というか、普通の人間にはできない芸当だ。
彼女が天才と言われる所以は、こういうところにあるのだろう。
それゆえに遠ざけられている?
いや、違うね。
「だからといって、本を燃やしていいわけないだろ。他の人も読むんだから」
レクイエムの欠点は独りよがりなことだ。
「え……もしかして……悪いこと……した……?」
レクイエムは涙目になりながら、俺に尋ねる。
「した。でも自分で分かってるなら良いんだ」
「うん……。もう図書室で……火……使わない……」
「よし。じゃあ戻るぞ。先生も言ってたろ? 『クラス全員でやるように』って」
俺はレクイエムに手を貸し、立ち上がらせる。
「これ……見せたら……みんな……よろこぶ……?」
片手にはロッド。
先端の赤い石の中に炎のゆらめきが見える。
「どうだかな」
みんな喜んでくれないだろう。
内心そう思っていたが、心のうちに留めた。
「行くよ……、ゴーレム」
「ンゴゴゴ!」
今まで壁だったものが雄叫びを上げて立ち上がる。
ゴーレムだ。
レクイエムはてのひらに乗って、ぐんぐんと先へ行ってしまった。
やれやれ、俺はそれを追いかけた。
~魔法国 王都 魔法学校 図書室~
俺が到着した時、ちょうどクラスメイトたちが図書室を出ていくところだった。
「おい、どこ行くんだよ」
男子生徒が足を止めて振り返る。
「なんだ、見てわからない? 僕らの課題は終了。天才ちゃんが全部やってくれたせいでね~」
彼が一瞥した先を俺も見る。
学習机のそばで立ち尽くす少女は、手に持ったロッドを強く握りしめていた。
「ねえ、留学生くんも僕らと来なよ。その腰の剣とかさ、気になってるんだよね」
「ああ……」
そういえばエレジーにローブは返してしまったから、剣を隠せてないのだ。
……どうするかな。
レクイエムと男子生徒を見比べる。
「すまん、教室はまたあとだ」
俺はレクイエムを選んだ。
なんか放っておけないんだよな。
もしかしたら俺とレクイエムは似たもの同士なのかもしれない。
「そう。留学生くん、特別に忠告だ。あまり深入りしないことだね。その子は他人なんてどうでもいいと思ってるのさ」
肩をすくめ、男子生徒は図書室を出ていった。
残された少女を見て、俺は少し悔しい気持ちになる。
だってレクイエムは遠ざかるクラスメイトたちの背中をずっと眺めていたからだ。
「レクイエム」
彼女がいる学習机へ行く。
机の上にはほったらかしにされた本が何冊かあった。
「……ロンド。みんな……喜んで……くれなかった……」
「だろうな」
「また……友達に……なれなかった……」
「意外だな。レクイエムは友達を作りたいのか?」
レクイエムは首肯する。
教室で彼女は勇気を出して、呪われた魔法道具の使い方に詳しいと挙手をした。
意気込みは良い。
だけど、空回りしちゃったんだろうなぁ。
「一年生の時は……みんな……友達だった……のに……」
男子生徒の忠告を思い出す。
『深入りしないことだね。その子は他人なんてどうでもいいと思ってるのさ』
きっと周囲のクラスメイトは、レクイエムと一度は友達になったんだ。
だから、彼女の異常性についていけなかった。
天才と片付けられて、レクイエムの独善は無視されてきたのだろう。
俺はファイアロッドを指さす。
「なあレクイエム。それは一人で作っただろ?」
「うん……。その方が……早い……」
そりゃあそうなんだろうけど。
独りよがりすぎる。
「それじゃダメだ。友達を作りたいなら、相手を信じなきゃ」
「信じる……?」
「ああ。先生も言ってたろ。『クラス全員でやるように』って。レクイエムは人より出来るんだし、教えてあげればいいんだ」
レクイエムの目が大きく見開かれた。
きらきらとした瞳が一段と輝いたように見える。
「でも……できる……かな……」
「身近で信じてる人を思い浮かべてみろ」
レクイエムは斜め上を仰いだ。
溶接工の面を付けた土塊の巨人がクポーンと鳴いた。
「いやゴーレムは人じゃないだろ」
「でも……ゴーレムは……友達……」
出会った時もそんなことを言ってたな。
「まあいいか。ゴーレムに乗ったりできるのは、ゴーレムを信じてるからだ」
「これが……信じる……?」
ちょっとしたきっかけでいい。
自分が何を出来ているのか把握できるだけでも大進歩だ。
レクイエムは俺をまじまじと見つめる。
「じゃあ……ロンドも……友達……。友達……つくれた……」
彼女はぐっと手をグーにした。
俺も友達と言ってもらえてちょっと嬉しい。
「そりゃどうも。ただ、俺は旅人だからずっとは一緒じゃない。レクイエムがタグを返してくれなくても、あと6日で国外追放だ」
「……わかった。ロンド……友達……つくるの……手伝って……」
わがままを言うかと思った。
しかし、意外と素直に受け入れたようだ。
「友達……できたら……タグ……返す……」
「そうきたか。あ~あ、さよなら俺の攻略者ライフ……」
無理だ。
そんなすぐに友達は作れるものじゃない。
レクイエムが頬をふくらませた。
「できる……もん……! すごく……がんばる……」
「おう、がんばれがんばれ、レクイエム」
俺がそう言うと、グッと握った両手を胸の前で小さく下げた。
「うん……がんばり……ます! がんばレクイエム……です……!」
鼻をふんすと鳴らして俺を見る。
「なんじゃそりゃ」
どうやら俺はレクイエムの友達作りに協力しなくちゃいけないようだ。
面倒なことになったな……。




