造り物の涙
ダークファンタジー系のグロテスク描写があるのでご注意下さい。
~魔法国 王都 魔法学校 研究室~
全力疾走で研究室にたどり着いた俺は、部屋の散らかり具合を無視して奥へ行く。
割れた硝子の破片が跳ねる。
頬を切った。
痛くない。
目的地に着く。
「おい! 大賢者!! エレジーが!!」
走った後に叫んだから胸が張り裂けそうだ。
でもそんなことより。
大賢者は昨日とまったく同じ場所に、同じ姿勢で座っていた。
高台の椅子で本を読んでいる。
その手を止めて、こちらを向いた。
老人特有の小さな瞳と鋭い目つきだ。
「なんだ?」
俺は大賢者の前にエレジーを運び、ローブで隠した顔と身体を光のもとに晒す。
おい、嘘だろ……?
エレジーの身体は大半がボロボロと崩れていた。
お面のように顔が割れている。
俺はうろたえていたが、大賢者はどうか。
「ぬう。また失敗か……。どれ」
面倒くさそうにローブを脱がせていた。
「エレジーもレクイエムみたいに治療が要るような病気なのか?」
本人は一言もそんなこと言ってなかった。
まあ、こういう風になるなら言わないのも分かるけど……。
「病気ではない」
「なら、どうすればいい?」
「問題ない。これは死んだわけじゃない」
大賢者はエレジーの制服の開口部にナイフの刃をあてがう。
そしてそのまま服を引き裂いた。
エレジーの胸部が露わになり、
「ちょっ」
俺は思わず目を手で覆った。
自分の孫娘の裸を昨日今日知りあった男に晒すようなことをするなんて。
いや、あれ?
俺の心眼は何か別の気配を感じ取っていた。
手をどけて目を開ける。
エレジーの胸には石が埋め込まれていた。
「これって……、虹金じゃないか」
そう。
南の塔ダンジョンで巨大コウモリモグラを倒した時、身体から出てきたのが虹金だ。
「ダンジョンボスのドロップアイテムが、なんで……」
大賢者はエレジーの胸に手を突っ込んだ。
ブツブツと筋が切れるような音を立てながら、虹金はエレジーから引き剥がされた。
「おい、君。少年」
「……え?」
目の前の光景に唖然として、呼びかけに気づかなかった。
「これを奥の部屋に運んどくれ」
大賢者はエレジーを一瞥し、のそのそと奥へ歩いていく。
残された俺は胸に大きな穴が空いたエレジーを見ながら、昨夜のことを思い出した。
……奥の部屋か。
昨晩、トイレの帰りに好奇心で覗いた部屋で、何人もの少女が水槽に浮いていた。
エレジーはその少女たちと同じ。
胸に穴が空いていた。
俺はローブで肌を覆って、エレジーを抱える。
ぬくもりが失われた身体だ。
~魔法国 王都 魔法学校 研究室 奥~
奥の部屋は薄い翠の光が漏れている。
部屋に入るのをためらった。
気味が悪い。
でも、エレジーを助けるためだ。
意を決して中に入る。
翠の水が入った水槽には少女たちが浮いていた。
どれも虚空を見つめ、生気がない。
先に着いた大賢者は短い杖を操り、1人の少女を台の上に下ろす作業をしていた。
台の上に下ろしたところで話しかける。
「エレジーはどこに寝かせればいい?」
「部屋の隅に砂場があるだろう? そこへ」
振り返ると、たしかにベッド2台分ほどの砂が積まれた一角があった。
そこまでエレジーを運んで、俺は目を疑う。
砂場なんかじゃ、ない……。
黄色い砂の中に見えるのは腕や顔だ。
どれもエレジーに違いない。
……見なかったことにしよう。
とっさにそう思った。
俺はエレジーの身体を砂の前にそっと置く。
背中を向けようとしたが、足が重い。
大賢者は死んだわけじゃないと言っていた。
このまま見なかったことにしたら、次エレジーに会う時、どんな顔をしたらいいか分からなくなる。
「っ!」
俺は砂になっていくエレジーの髪を撫でた。
ぽろぽろと涙のように砂がこぼれた。
そして、俺は振り返る。
大賢者には聞きたいことが山程あった。
「ご苦労、少年。虹金はダンジョンボスのドロップアイテムと言っていたな。もしや、南の塔を攻略した若者はお前か?」
大賢者は枯れ枝のような指で虹金を握り、鋭い目つきで俺を見た。
「ああ。俺は攻略者だ」
「ふぅむ……。吾輩を疑っているようだが、まあよい。聞きたいことがあるのだろう?」
老人らしく寛大さを持ち、魔法使いらしく鼻持ちならない。
どこか俺を見下した言い方だ。
「その通りだ。でも、まずはエレジーを治してくれ」
いつまでも眠ったままはかわいそうだ。
大賢者は返事をせず、手に持った虹金を横たわる少女の胸に空いた虚空へ差し入れる。
少女の身体が仰け反った。
何度かの痙攣のあと、白っぽい身体に赤みが差していく。
虹金が心臓の代わりなんだ。
……まるでダンジョンボスじゃないか。
王都に入る前にしたカプリッチオとの会話を反芻する。
『ああした大樹があるのは、この地が魔力に満ちている証拠なのじゃ。ダンジョンもそうじゃろ? 強い魔力があればボス級モンスターが生まれてダンジョンとなる。ボス級モンスターが魔力を散らして、低級モンスターを生み出す』
『あ、じゃあこれ、元々はダンジョンだったのか?』
『のじゃのじゃ。わしが生まれる前の話じゃがな』
『危なくないのか?』
『たぶん魔法学校はそのためではないか? 魔力の出口があるならボス級モンスターも湧かぬじゃろう。それに大賢者がいるのじゃ』
『大賢者?』
『うむ。大樹がダンジョン化せぬよう土地を管理する者じゃよ。じゃから、この国は王ではなく、大賢者が治めていると言ってもいい』
強い魔力で生じた街を覆うほどの『大樹』。
本来なら湧くはずのボス級モンスターを抑える『魔力の出口』。
大樹がダンジョン化しないよう管理する『大賢者』。
そう、管理の仕方は明確だ。
「なあ大賢者。エレジーはダンジョンボスなのか?」
「よく気づいたな。その通り。これは土くれの小人、ホムンクルスだ」
あのゴーレムもダンジョンボスであるエレジーが、魔力を散らして生み出したというわけだ。
どうりで自在に操作できる。
「ん……? じゃあ、レクイエムは何だ? エレジーの妹だと言っていたが」
「あれは我が孫だ。その遺伝子でエレジーは造られた。なぜ姉なのかは吾輩も知らないがな」
イデンシ……が何かは知らない。
ただ、レクイエムは人間であるようだ。
「ケホッ、コホッ」
台の上で横になっていた少女がむせ返る。
上体を起こし、口から砂を吐き出していた。
「やっと起きたか。どうだ、新しい身体の調子は」
「お祖父様……。私また……、ごめんなさい。身体の調子は相変わらず優れてる。レクイエムに感謝しなきゃね」
その声は間違いなくエレジーだった。
正座を崩した女の子座りになり、足の裏まで自分で確かめている。
「そうか。意識もはっきりしてるようだ。その身体は吾輩の魔法で強化してある。じきに分かるだろう」
「はい……。あれ? お祖父様の後ろにいるのは……、あっ」
エレジーが胸を隠した。
恥じらいというよりは、どこか申し訳無さそうだ。
「これ、返すよ」
俺はローブを手渡す。
エレジーはローブで胸を隠すのではなく、顔を覆った。
肩を震わしている。
「ごめんなさい……。私……」
鼻声だったから泣いているのがすぐに分かった。
「ぜんぶ聞いたよ、大賢者から」
「そっか……。私ずっとあなたやみんなを騙してるの……」
エレジーはローブを下げ、顔を出した。
水槽の中の少女たちと同じ、光のない瞳が俺を睨んでいる。
「私は造られた人。中身はモンスター。全てが人間を模した造り物に過ぎないのよ。ほら、気持ち悪いでしょう?」
はらり、とローブを手放した。
四肢が露わになる。
胸に埋め込まれた虹金と身体の間に血管が浮き出ている。
俺はまた目を背けそうになった。
でも、背けなかった。
砂場にエレジーの身体を置いてきた時からもう覚悟は出来ている。
「エレジーが無事で良かったよ」
俺は睨みつけるエレジーを無視して、彼女の白い毛を撫でてやった。
まだ湿っていて、触れたところからくしゃくしゃになった。
「え……、なんで……?」
もしもエレジーがゴーレムみたいにクポーンって感じだったら違ったかもしれない。
でも。
「気持ち悪いだなんて思わないさ」
エレジーと同じ目線になるまでかがんで、涙をぬぐってやる。
「俺を見てすぐに流したこの涙は、造り物じゃ無いだろ?」
「ロン、ドっ……」
エレジーは膝立ちになり、俺に抱きついた。
「うわっぷ」
台から落ちないよう何とか支える。
エレジーの髪はレモンのような甘酸っぱい匂いがした。
「ほんとに、ほんとに……、ありがとうだよ……。ロンド……」
そう呟いてエレジーは眠ってしまった。
彼女を台の上に横にして、ローブを身体にかける。
和らいだ表情で眠る少女がダンジョンボスには見えなかった。
「少年、これはしばらくしたら目覚める。眠っている間、レクイエムの世話は頼んだぞ」
「ああっ、そうだった! 図書室の鍵を借りようとしてたんだ」
俺は研究室に戻ってエレジーの制服から鍵を取り出し、足早に図書室へ向かった。
ダークファンタジー系のグロテスク描写はこれきりです。




