魔法講義
~魔法国 王都 魔法学校 研究室~
「これを着るのか?」
「そうよ。それが魔法学校の制服なんだから」
俺はエレジーから受け取った制服を身に付ける。
セーラー襟が付いたこれは、西海に面した魔法国の伝統的な衣装で、海で働く者たちのトレードマークだ。
「ロンド、剣は要らないわよ。今日は実技が無いから」
「いや、これだけは絶対に身に付けておくぞ」
「ならローブを羽織るといいわ」
エレジーは壁に掛かった黒いローブを取って、手渡す。
羽織ってみると、ちょうど剣が隠れた。
なんか気になる匂いがする。
「か、嗅がないでよ」
正面の少女は、頬を赤く染めて恥ずかしそうに忠告した。
~魔法国 王都 魔法学校 大教室~
エレジーの後ろを俺、レクイエムの順番でついていく。
彼女は大きな杖を携え、羊飼いみたいだ。
その先は礼拝堂のような空間だった。
女神像の代わりに黒板があり、それを囲むように長い机と長い椅子が並んでいる。
大教室だ。
そういえばレクイエムに紹介されたな。
『ここが……、大教室。五年生の……みんなが……お勉強……してるところ』
おそらく五年生というのは十五歳の少年少女のことのようだ。
俺は十六だから一歳差か。
教室は、すでに何人かの生徒が着席して談笑をしていた。
エレジーの姿に気づくと、生徒たちがエレジーへ頭を垂れる。
「エレジー様!」「おはようございます、エレジー様」「エレジー様は今日も麗しいです」
女子生徒たちがエレジーに近寄った。
俺とレクイエムは端に避ける。
へぇ、エレジーって人気者なんだな。
研究室でも思ったけど、研究者にも慕われていた。
俺は目を閉じ、心の目で辺りを眺める。
暗く湿った洞窟に差し込む一筋の光。
光は月光を思わせる銀色だ。
目を開けて、なるほど、エレジーの髪がきらめいていた。
それと、もう一つ見えたのが、毒々しいキノコだった。
俺の後ろにあった。
どうやらレクイエムは周囲からそんな風に思われてるらしい。
生徒たちがキャッキャッと騒ぐ中、男性の太い声が大教室に響いた。
「こら! 早く座れ! 授業の時間だぞ!!」
この男が先生のようだ。
生徒たちが名残惜しそうにエレジーの元から離れる。
エレジーは一人ひとりに目配せして、またね、と言っているようだった。
「エレジー様も早くお座り下さい。次期賢者の貴方が皆の規範となるのです」
先生にエレジーは短く謝った。
「おや、後ろの少年は誰かね?」
男は丸メガネを掛け直し、俺をまじまじと観察した。
「彼はロンド。大賢者様の許可を得た……、ええと、留学生です」
エレジーが機転を利かせて、それっぽい理由を作ってくれた。
で、留学生ってなんだ?
男はそれで納得したらしい。
まだ俺たちが席に着いていないのに、手を鳴らして注目を集めた。
「今日は研究学習とする! 黒板のこれらを調べるように!」
そう言って男が懐から短い杖を取り出し、それを手首のスナップで振る。
複数のチョークがひとりでに動き、何かを書き始めた。
1.各地のギルドを作った人物
2.魔王の四肢の行方
3.ダンジョンにモンスターが湧く理由
4.隠された国アマツの場所
5.呪われた魔法道具の使い方
どうやらこれらを調べるという課題のようだ。
生徒たちから「マジか~」という嘆きが聞こえてくる。
「3日後に発表をしてもらう。クラス全員でやるように。図書室の鍵はエレジーへ渡しておく」
男は杖を一振りし、エレジーの前に鍵を出現させた。
エレジーが両手をすくうように差し出すと、ぽとりとてのひらに収まった。
先生が教室を後にする。
その瞬間、あっという間に教室内はうるさくなった。
しかし、自然と数人の生徒がエレジーの周りに俺とレクイエムを巻き込みつつ集まり始める。
俺の国には『おしくらまんじゅう』という手を使わずに体を押し合いする遊びがあるが、今の俺たちはそれだった。
「つぶされる……」
「つぶ……れる……」
しまいにはエレジーに質問が殺到する状態になった。
大人気にも程があるだろ。
あと、俺とレクイエムがこのままだと潰れるぞ。
「ま、待ってみんな! 私だって分からないわよ。だから力を合わせよう?」
その提案に生徒たちがうなずいた。
おかげで『おしくらまんじゅう』状態から解放される。
「みんな、ありがとう。なら役割を決めて、班に別れて調べない? まずは、この5つの課題で1つでも詳しい人いるかしら?」
なるほど。チーム分けして、各個撃破か。
そのためにリーダーは一番くわしい奴にする、と。
俺は傍観しよう。
正直、俺はどれも答えられない。
ギルドは使えればいいし、魔王は俺に関係ないし、ダンジョンモンスターは倒すべきものだ。
攻略者はそれだけ知っていればいい。
しかし、魔法使いを目指す生徒たちは、おもむろに挙手し始める。
詳しい生徒が中心になってチームができた。
残すはアマツの場所と呪われた魔法道具の使い方だけになった。
「ねえ、ロンドもなにか詳しいものないの?」
「え? あ~……、ないかな……」
実はアマツの場所は知ってる。
というか、俺がその国の出身だ。
鎖国するアマツを捨てるように旅に出た俺がバラして良いことじゃない。
「ふーん。じゃあレクイエムは?」
質問の矛先をレクイエムに向ける。
レクイエムはおずおずと手を挙げた。
「お! レクイエムさん、どーぞ!」
エレジーが嬉々として発言を促すと、生徒たちがレクイエムに注目する。
レクイエムはビクッとふるえ、俺の背中に隠れた。
「こらこら」
俺はレクイエムを背中から追い出した。
びくびくしながら、ぽつぽつと声をもらす。
「……れた……うぐ……」
ぼそぼそ声で何を言ってるか聞こえなかった。
生徒たちに不穏な空気が漂う。
ぼやきかけた生徒を思わず俺はにらみつけた。
って何してんだ俺は。
でも、俺の腕をつかんで震えてる女の子を放っておけないだろ。
「レクイエム、もう一度だ」
「む、むり……」
「がんばれ。やってみなきゃ無理か分からない」
「……うん」
レクイエムの震える手が俺の腕を強く握る。
少し痛い。
がんばれ、レクイエム。
「あの……、呪われた……魔法……道具……、くわしい……」
ぶつ切りのセリフだったが、充分な声量だった。
それに引っ込み思案な少女の健気な努力が垣間見えた瞬間だ。
エレジーが言葉を引き継ぐ。
「ありがとう、レクイエム。ほかに魔法道具に詳しい人はいない?」
挙手はなかった。
代わりに何人かが興味があると申し出る。
「レクイエムがリーダーなら……、私も同じ班に入って……」
「いや、俺が入るから、エレジーは自分を優先しろよ」
「でも……」
エレジーは自分のことを疎かにしていた。
「いいからいいから。ほら、時間がもったいないぞ」
俺は少し無理を言って、エレジーを急かした。
そうしてエレジーは詳しい生徒が誰も居ないアマツの場所を調べることになった。
クラス全員が班ごとに分かれる。
街のギルドに行く班、魔王に詳しい先生に会いに行く班、ダンジョン研究のために元ダンジョンの魔法学校を探索する班は教室を出ていった。
エレジーのいる班はアマツの場所を調べるには何をするか話し合っている。
レクイエム班の俺たちは魔法道具のある図書室へ向かう。
廊下にはゴーレムが待ち構えており、レクイエムがそれに乗っかった。
「はやく……魔法道具……触りたい……」
歩幅が違うのでぐんぐん先に行く。
班の生徒たちは小走りになって追いかけていった。
俺はというとまだ教室だ。
まあ、俺は冷静なんでね。
「エレジー。図書室の鍵を……、おい、どうした?」
取り囲む生徒たちがエレジーから距離を置いている。
小さな悲鳴。
生徒たちは驚きと恐怖で顔を歪めていた。
俺は机の上を跳躍。
今にも倒れそうなエレジーの背中を手で支え、
「何があった! エレ……っ!?」
ヒビの入った顔面を覗き込んだ。
まるで乾いた大地のように、顔の皮がひび割れてめくれている。
しかも、めくれた皮の下は……土?
ひび割れは顔だけじゃない。
指先やスカートから見える足にも広がっていた。
信じられない。
なにか魔法にでもかけられたのか?
「おい、エレジー!」
エレジーは俺のローブを握った。
パキパキと肘や指の皮がこぼれ落ちている。
「ロンド……おねがい……」
つらそうな声をひねり出しながら、翠の瞳を脇に向けた。
そこには怯えた表情の生徒たち。
「エレジー……」
こんな姿、誰にも見せたくないもんな。
俺は羽織ったローブを脱いで、エレジーに掛けた。
「どうしたらいい?」
「おじい……さまの……ところへ」
「わかった!」
俺はエレジーを抱え、教室を出る。
彼女の身体はひどく軽くて、今にも崩れてしまいそうだった。
「がんばれ……! エレジー!」




