不気味な研究室
~魔法国 王都 魔法学校 研究室 奥~
その晩、トイレに起きた俺は、寝床に戻る途中、研究室の中で迷ってしまった。
「こうも暗くては分からんな……。いてっ」
ドテッ
転んでしまう。
何かに足を引っ掛けたようだ。
イテェ~……。
だいたい散らかりすぎなんだよ。
魔法使いは片付けが下手くそなのか?
「どっちから来たかも分からなくなったな……。おや?」
奥に薄明かりを見つける。
ぼんやりとした緑色の光だ。
レクイエムとエレジーの目の色に似ているな。
そう思った時、妙な胸騒ぎがして、俺は緑色の光から目を離せなくなった。
あまり深入りすべきじゃない。
直感がそう告げているのだが、好奇心を抑えきれなかった。
俺は研究室の奥へ行く。
部屋の散らかり方がひどくなるにつれ、ツンとした臭いが強まった。
そして、壁に背を付け、横目で見るように奥の部屋を覗く。
「……!」
あわてて顔を奥の部屋から戻す。
悲鳴が出そうになった。
なんだアレは……。
ふたたび部屋の中へ顔をやる。
鼻がもげそうなほどツンとした臭いがした。
巨大で縦長の水槽に緑色の水が満ちており、中には全裸の少女が浮いている。
ただ、水槽の下から照明が当たっており、その反射で局部は隠れていた。
遠目でも少女と分かったのは、小さな体躯と長い髪だったからだ。
眩しさに目が慣れてくる……。
「レクイエム? いや、エレジーか……?」
白い毛の少女なんてこの二人くらいしか知らない。
水槽の少女はまぶたを閉じている。
彼女たちの見分け方は、正直、レクイエムが不思議な瞳をしていることでしか判断できてない。
いや、それよりも。
水槽の少女は生気を感じないのだ。
俺は部屋に入り込んで、水槽の彼女に心配を投げかける。
「お、おい。大丈夫か?」
返事はない。
「というか、お前。胸が……」
水槽に近づいてみてよく分かった。
胸の真ん中に、ぽっかりと大きな穴が空いている。
「心臓が……、無い?」
人間は5つの臓器があり、そのうち胸で鼓動するものを心臓という。
これが止まると死ぬという事くらいは俺にも分かる。
「おい! どうしたんだよ!」
……俺はまた見殺しにするのか?
「返事をしろ!! 寝てんじゃねえ、起きろよ!」
カッ
「うわっ」
そう表現するのが正しいほど、部屋が光に包まれた。
暗がりに居たせいで目が慣れてくるのに時間がかかる。
しばらくして俺はその光景に愕然とした。
「な、なんだこれ……。なんだよこれっ」
部屋じゅうに水槽があった。
二段三段と積み重なり、いずれも緑の水が満ちており、少女たちが浮いていた。
少女たちの目は開かれている。
翠の瞳。
しかし、生気は無く、虚空を見つめるかのようだ。
こいつら、人間じゃない……。
「気味が悪い……」
俺は逃げるように奥の部屋を後にした。
この不気味な研究室は何なんだ?
どうしてアレは、レクイエムやエレジーにそっくりなんだ?
何とか部屋に戻った俺は、好奇心を呪いながら布団をかぶった。
~追放まで、残り6日~
~魔法国 王都 魔法学校 研究室~
朝の目覚めは顔の圧迫感から始まった。
額がほのかに温かい。
サラサラした触り心地だ。
うーん、なんだ? 巨大な猫にのしかかられてるみたいだ……。
いや、そんなわけないだろ。
寝ぼけてる。
じゃ、この圧迫感は何だ?
何事かと目を開けると、手を伸ばしたくらいの先に、黒いパンツがあった。
「パンツ!?」
さすが黒なのか、前部分は見えない。
しかし、尻の輪郭がありありと見てとれた。
……って、そうじゃない。
パンツと俺の顔面の間にあるの、脚だろ。
「何で俺は踏まれてるんだ……?」
パンツより上からぽつぽつと声が落ちてきた。
「不審者さん……、はじめまして……」
緑色の瞳の真ん中に、キラリ。
不思議な輝きの目を持つ少女だ。
「踏んで起こすな、レクイエム」
足をどかし、上体を起こす。
どうやらサラサラした感触は彼女の履いた靴下のせいらしい。
白毛の少女は見るからに動揺していた。
頭からつつつ汗が飛び出している感じだ。
「ええ……? どうして……名前……、知ってるの……?」
そういえば、もう眠ってたんだっけ。
昨日のことを思い出す。
白猫を追って出会ったのは、ゴーレムを操る少女・レクイエムだった。魔法学校を案内してもらって、彼女は眠りに落ちる。その後、瓜二つの少女・エレジーが宿無しの俺を部屋に泊めてくれることになったのだ。
「エレジーから聞いた」
「で、でも……。普通……お部屋まで……あげない……」
それくらいの常識はあるのか。
少し安心した。
「お姉ちゃんの……何……?」
そう問われると困る。
答えを思案していると、部屋の奥から少女が顔を出した。
「おはよう、ロンド。あら、レクイエム、ロンドを起こしてあげたの?」
エレジーだ。
すでに制服に身を包み、跳ね毛もない。
落ち着いた眼差しをレクイエムに向けている。
「お姉ちゃん……、このひと……、だれ……?」
目の前に指をさされる。
それを片手で握り込んで、軽く腕を引いてレクイエムにこっちを向かせた。
「忘れたのかよ。昨日、お前のパ……、下着を履かせてやっただろ」
出会い頭にノーパンだった彼女に、下着を履かせてやった。
完全に意味が分からないし、分かりたくもないが、それは紛れもなく事実だ。
「しらない……。面倒だから……レクイエムは……パンツ履かない……」
「いま履いてるだろ」
レクイエムは自分の体を見た。
黒いタンクトップ、はだけたシャツ、黒いパンツ、片方だけの靴下。
「ほんとだ……。履いてる……。でも……なんで?」
「だから俺が履かせてやったんだよ」
握ったレクイエムの手がひんやりした。
それだけでなく、がたがたと小刻みに震えている。
「こわいよう……。お姉ちゃぁぁん……」
泣き出してしまった。
なにこれ、俺が悪いの……?
カプリッチオよりも外見は年上の少女だが、それでも泣かれると精神的にキツかった。
レクイエムが俺の手をするりと抜けて、エレジーに抱きつく。
「あらあら。でも、昨日ロンドに会っているのよ? ゴーレムを確かめてみて」
「うん……」
あやすようにエレジーはレクイエムの頭を撫でた。
二人が並んだ姿は昨晩の光景と重なる。
あの奥の部屋……。
やっぱりレクイエムとエレジーにそっくりの何かが大量にあった。
そう悩んでいると、レクイエムはドタドタと部屋を出て行った。
遠くから、ドシン! と音が鳴る。
向こうで他の研究者たちの驚く声が聞こえてきた。
「あらあら。レクイエムはゴーレムの扱いが乱暴なのよね」
エレジーは頬に手を当てて悠長に微笑んでいる。
その仕草は、歳が近そうなのに母性を感じた。
聞いても許してくれるかも知れない。
「ごめんね、ロンド」
そんな俺の思惑を察したのか、エレジーの方から切り出した。
「レクイエムは治療の副作用で忘れっぽいの」
「そうだったのか。……悪いことしたな」
ちょっとレクイエムに冷たく当たりすぎた。
そこへ件の少女が戻ってくる。
大きなゴーレムの背中に隠れて、俺を見下ろしてる。
俺と目が合うと、ゴーレムの後頭部に顔を隠した。
ああ、もう。
「レクイエム!」
名前を呼ぶ。
彼女は恐る恐る顔を出した。
「さっきは冷たく当たってすまなかった!」
俺は勢いよく頭を下げる。
これが俺の生まれた国での謝り方だ。
頭上からぽつりぽつりと声がする。
「……レクイエムは……昨日……会った……みたい……」
頭を上げる。
ふわり、少女が落ちてくる。
やっぱりお姫様みたいな少女だと思った。
「そっか。思い出してくれたなら……」
いや、なんで思い出したんだ?
「あ! タグ!」
昨日、俺の国外追放を運命づけるタグを盗まれたのだった。
タグがなければパーティに入れない。
攻略者を続けられなくなる。
「レクイエム、俺はお前が起きたらタグの在り処を聞くつもりでここに泊まったんだよ!」
訴える。
彼女はパタパタと走ってエレジーの背中に隠れた。
「ロンド……いじめる……」
「なんとでも言え。俺はタグが必要なんだ。早く言えっ」
「タグを……渡したら……どうなるの……?」
レクイエムは背中に隠れたまま、二の腕のあたりから目だけ出して問うた。
「ギルドに行く。パーティに入って次のダンジョンへ行く」
ひょこっと背中に隠れた。
しばしの沈黙。
びくびくしながら、顔を出す。
「じゃあ……し……しらない……かも……?」
「じゃあってなんだよ」
間に挟まれたエレジーは、うふふ、と笑う。
「レクイエムはロンドと一緒に居たいのかな?」
コクコク。
レクイエムは首肯した。
「ああそうかい。なら勝手に調べさせてもらうぞ」
俺はゴーレムを睨みつける。
どうせそこに隠してあるんだろ。
近づいてアタッチメントを開こうとした時、
「ンゴゴゴ!」
「へぶっ!?」
ゴーレムの豪腕に弾き飛ばされた。
ちょうど寝室で良かった。
ベッドがクッションになって助かる。
くそ……。
剣で切ってもいいが、タグまで切りかねないしな……。
エレジーが手を差し伸べた。
「ねぇロンド、もう少しここに居れないかしら? お祖父様も良い刺激になってほしいと言っていた事だし、きっと一緒に魔法学校へ通ってもいいはずよ。一緒に学園生活はどう?」
どうやら俺に選択肢は無いようだ。
良いだろう。
しばらく付き合ってやろうじゃないか、その学園生活とやらに。




