表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/30

やれば出来る子

 ~魔法国 王都 魔法学校 研究室~


 朝。追放まで残り3日を切った。

 今日も頭を踏まれずに起きる。

 朝の支度を終えて研究室に顔を出すと、エレジーが実験器具で朝食を作っていた。


「おはよう、エレジー」


 エレジーは振り返って、俺を見るなり微笑んで、「おはよう」と返した。

 制服の上にエプロンという姿が可愛らしい。


 これで実験器具で怪しげな料理をしていなければ完璧なのになぁ。


 エレジー曰く、料理は科学的魔法なのだそうだ。

 例えば白パンを作る時は小さな生物を使役するらしいが、眉唾である。


「ロンド、レクイエムを呼んできてくれないかしら? 昨日、ベッドに居なかったのよね。たぶん研究室のどこかに居ると思うのだけど」


「ああ」


 たぶん昨日いた部屋だな。

 何かを一心不乱に作っていた様子だったし、あのまま寝てしまったのだろう。


「しょうがない。起こしてやるか」



 ~魔法国 王都 魔法学校 研究室 奥~



 樹木の壁をくり抜いた穴に嵌めた硝子窓から、自然光が差し込む部屋に来る。

 朝日を浴びながら、レクイエムは眠っていた。

 辺りには数式と図が書かれた紙が散らばっている。


「おーい、朝だぞ」


「……」


 返事がない。

 ただの美少女のようだ。


 いや、黙ってると本当に綺麗だ。

 白い髪は透き通り、陶磁のような肌も神秘的。

 それでいて無垢で無防備でいじらしい。


 昨日は思いとどまったが、いたずらしてやりたくなった。

 そうだ、今までのお返しに頭を踏んでやろうか?


 でもちょっとそれはかわいそうだな……。


 俺は良心に従って、普通に肩をゆすって起こしてやる。


「起きろ、レクイエム。エレジーが変なメシを用意してくれてるぞ」


「ん~ん。お姉ぇちゃぁん……、まだ……んぅ?」


 寝ぼけた目と目が合う。

 朝日に輝く純粋な緑色がぱちくりとした。


「やあ、おはよう」


 努めて優しい声色で挨拶した。


 また副作用で俺のこと忘れてるんだろうなあ。


 レクイエムは上体を起こして、ためらいがちに俺を見た。


「お……おは、おはよ……」


 しかし、その反応は予想とは異なるものだった。

 耳まで真っ赤になって、はだけたシャツを片手で押さえている。


 なんかいつもと違う反応だな。


 普段ならジト目で睨まれてエレジーあたりを呼ばれていただろうが、今日のレクイエムは恥じらう乙女に見えなくもない。


「俺のこと覚えてるのか?」


「……っ」


 コクコク


 頭を二度も上げ下げした。


「おお」


 ちょっとうれしい。

 副作用と言えどもこれだけ顔を合わせていれば忘れられないのだろう。


「ん、頬に何か付いてるぞ」


 レクイエムの顔を覗き込むと、黒いインクが付いていた。

 ポケットに入っていたハンカチで拭ってやる。


「昨日は頑張ったみたいだな」


 ほとんど寝てないのかもしれない。

 目元に薄いクマができていた。綺麗な顔なのにもったいない。


「こんなところで寝て、疲れが取れてないだろう。肩でも揉んでやろうか?」


 床でそのまま眠ったようだ。

 攻略者の野宿でももう少し柔らかい布を敷いたりする。


 レクイエムは幾許か逡巡ののち、消え入るような声で、


「じゃあ……やって……」


 おずおずと申し出た。


「よし、じゃあそこに座ってくれ」


 マッサージの腕に自信はないが、やるだけやってみよう。

 こういうのは『心』が大事なのだ。たぶん。


 レクイエムを椅子に座らせ、その背後に立つ。

 こうしてみると小さな頭だ。

 白い毛のつむじが雲みたいに見える。


「それじゃあ揉むぞ」


「ん……。やさしく……して……」


「ああ」


 レクイエムは長い髪を束ねて、胸の前で押さえている。

 揉むのに邪魔にならないようにだ。


 俺は肩に手を置く。

 それだけで華奢な感じが伝わってきた。


 こんな体でよく競技場で暴れまわったもんだ。


 始めは肩の凝りを知るためにも弱い力で押してやる。


「意外と凝ってるな」


 特に左肩がカチカチだ。

 左手を支えに寝そべって書き物をしていたからに違いない。


 次は肩から腕にかけて全体的にさする。

 きめ細やかな素肌の感触がして、揉んでる俺の方が気持ち良い。


「筋肉がぜんぜん無いな。運動してないだろ」


「ん~。しない……」


 レクイエムの年頃ならすでに働いていておかしくない。

 魔法学校で学べるのは魔法の才能ある者だけということだ。


 さする手を止めて、今度は両手を交互にチョップして、リズミカルに肩を叩く。


「あ、あ、あ、あ、あっ。んっ、いっ、い、い」


「痛かったか?」


 少し強かったかもしれない。


「ううん……。大丈夫……、痛く……ない」


「そうか。続けるぞ」


 トントントントン


「んっ、あ、あ、あ、あっ」


 レクイエムの気持ち良さげな声が10秒間続く。

 一呼吸置いて、また10秒の叩打。

 振動で関節を柔らかく解していくようなイメージで、僧帽筋(そうぼうきん)胸鎖乳突筋(にゅうさちとつきん)を温めていく。


「ふっ、んっ。ん、ん、あっ。はぁ、ふぅ……。すごい……良い……。なんで……?」


「俺の祖国は武術が盛んでな。だから、疲れた筋肉を癒やす按摩も一通りの心得はある」


 さて、次は肩に通った筋肉に這わせるように手のひらを合わせ、軽く圧を掛けながら握り込む。

 凝りを解すから、最初は少し苦しい感じがある。


「んんっ……。はぁはぁ……、んっ……」


 レクイエムの息が上がる。

 痛みにならない程度の苦しさで止めるのが大切だ。

 この辺りで力を抜く。


「ふぅぅ……。あれ……?」


「気づいたか。急に暑くなってきただろう」


「うん……。軽く運動……してた……?」


「ああ、そんな感じだ」


 運動不足らしいから、血液の巡りを良くしてやった。

 ふたたび揉捏(じゅうねつ)を続ける。


「ん……。あぁ……、はぁはぁ……。んっんん……。ふぅ……」


 レクイエムの吐息が熱っぽくなっていく。

 もう良い調子だろう。


「よし、終わりだ。どうだ、体の調子は?」


 パン


 肩を手のひらではたく。

 少しピリッとした刺激で筋肉をリラックス状態から、覚醒状態へトランスさせる。


「……良かった。……でも」


「ん? 何か足りなかったか?」


「あれ……」


 レクイエムの視線が部屋の外へ向いた。

 そこにエプロンの裾だけが見える。


「エレジーか? どうした、隠れて」


 裾が揺れる。


「そうだ、お前もやってやろうか?」


「なっ、何するっていうのよ!?」


 顔を真っ赤にしたエレジーが飛び込んできた。

 片手にはオタマを握っている。


 俺は手をワキワキとさせて、


「マッサージ」


 と答えると、エレジーは耳まで赤くしてうつむいてしまった。


 ……おかしな奴だな。



 ~魔法国 王都 魔法学校 大教室~



 あの後、あらぬ誤解を受けた俺はエレジーを説得するのに小一時間を掛けて、遅刻ギリギリで大教室にやってきたのだった。

 生徒たちがそわそわしている。


「そうか、今日は研究学習の発表日か」


 先生が出した5つの課題を、エレジーの提案で班に分かれて調べたのである。

 俺とレクイエムは『呪われた魔法道具の使い方』だ。


 だが、昨日の様子だと発表は上手く行かないんじゃないか……。


 一抹の不安がよぎる。

 レクイエムは周囲と上手くコミュニケーションが取れていない。

 説明下手で自分しか分からない言い方をするから、他の生徒に話の内容が一つも伝わらなかった。


「そういえば、レクイエムは?」


 教室を見回す。

 白い毛のキノコっぽい少女の姿はない。

 そんな時、ドスン、ドスン、と重たい音が近づくのが聞こえた。


「ンゴゴ!」


 ドン!


 大教室の扉が倒れ、その上にレクイエムが着地した。

 レクイエムが振り返って手を伸ばす。

 ゴーレムが両手いっぱいの紙の束を手渡した。


「これから……説明……する。……集まって」


 しん、と静まり返った教室で、レクイエムはぽつぽつと告げた。

 まず俺がレクイエムに駆け寄る。

 次に文句の多い男子、つっけんどんな女子の順で他の班メンバーも集まった。


「これが……呪われた……魔法道具の……解剖図……。道具化の仕組みは……この数式……」


 レクイエムは丸めた紙を広げ、四方に本を起きながら解説する。

 メモ用紙を見ながらの解説だ。台本なのだろう。


 この怪獣みたいな絵はモンスターらしい。

 で、ダンジョンボスでなくても体にコアがあり、それを停止状態にすることでモンスターの体を加工できる、というわけだ。


「なるほど。魔法がからきしの俺でもこれなら分かるな……」


 レクイエムは昨日の問題を自分で解決したのだ。

 そうだ、がんばレクイエムだもんな。


 すべてが終わって、生徒たちはふむふむとノートを取りながら、図や数式を見返していた。

 手が空いたレクイエムが俺に声をかける。


「……できたよ」


 なんだか褒めてほしそうに頭を突き出すが、あえて無視する。


「どうした? お前は自分で自分の問題を解決しただけだろ」


「え……」


 ショックを受けたように、表情が凍りつく。

 でも褒めなくていい。


「その証拠に、ほら」


 俺はレクイエムの背後に指をさす。


「あのさぁ、キミが良ければ良いんだけど……。ここ、僕に教えてくれないかな?」


 俺に嫌味な忠告をした男子生徒がノートを開いて、ぎこちなく質問をしていた。

 隣では当たりが強い女子生徒が舌打ちしている。どうやら彼女も質問待ちらしい。


「行ってやりな」


 俺はレクイエムの背を押した。

 それからエレジーの方を向いて、確かめるように首を縦に振る。


 もう俺やエレジーが居なくてもレクイエムは出来るんだよ。


 俺はエレジーのそばに立って、二人でレクイエムを眺めていた。


「ロンドの言った通りなのかもね。私、過保護だった」


「ああ」


 教室ではいつも心配そうに八の字だったエレジーの眉が、今ばかりは自然な形になっていた。

 エレジーの班の生徒が、俺たちに声を掛ける。


「お前たち、レクイエムの親みたいだなぁ」


「おいおい。親って」


 まるで俺たちが夫婦みたいじゃないか。


 そう言い返そうとしたのだが、隣でエレジーが恥ずかしそうに目を伏せていたので、それ以上は言わないことにした。

 いや、それ以上は俺まで赤くなりそうだったから、窓の外を見てごまかした。

 外は大雨が降っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ