開門
~魔法国 旧霧の森 赤い屋敷 庭~
「最後の仕事じゃ! 屋敷幽霊ども、働け働け!」
カプリッチオが檄を飛ばす。
屋敷幽霊たちがせっせと鉄を運んで、叩いて伸ばして工作している。
「何を作ってるんだ?」
俺は花壇のへりに座って、彼女に問うた。
「馬車じゃ」
「鉄で作るのか?」
「うむ。魔力で駆動する機構が組み込まれておる」
よく分からないな。
どうやら俺の想像を超えたものを作らせているようだ。
「まあ、馬車があるのは良いな。ありがとう」
旅が楽になる。
カプリッチオは、「よいよい」と手で返事を返した。
「屋敷幽霊ども! その馬車が完成した暁には、貴様らに町への永住権を与えよう!」
働いていた者たちは声を発しない。
しかし、明らかに喜び合う者、カプリッチオにひれ伏す者などがいた。
「昼過ぎには完成し、出立の時じゃ。準備を済ませておくといいのじゃ」
俺はカプリッチオに言われるがまま屋敷に戻って支度する。
食料や衣類を揃えた。
ちょっと古めかしい格好だが、問題ない。
そうこうしているうちに昼が過ぎ、セレナータが目を覚ました。
――おはようございます、ご主人さま。
「おはよう。もう大丈夫なのか?」
――はい。おかげさまで魔力を回復しました。ところでご主人さま、お召し物がよく似合っております。
「そ、そうか? ありがとう」
存外に格好を褒められると嬉しいもんだな。
――ならば私もご主人さまに合わせましょう。
剣から粒子が漏れ、セレナータが実体化する。
その姿は古風な衣装へと変わっていた。
彼女は手を胸元に当てる。
「これは魔法国の伝統的な装束と言うのでしょうか。この幾何学模様が魔力を高める効果があるそうです」
へぇ。
たしかにセレナータの首から胸元に掛けて施された刺繍を確かめると、魔法陣にも見える。
……胸の谷間も見えるな。
あわてて目をそらす。
魔力じゃなくて防御力を高めてくれ。
「あ、そうそう。カプリッチオが馬車を作っているらしいぞ。そろそろ出来上がる頃だ。見に行こう」
ナイスな機転だ、俺。
セレナータとともに庭に出ると、カプリッチオが手を振った。
「ロンド、ちょうど良いところに来たのじゃ。ほれ、完成じゃ!」
「おお、普通の馬車だ」
鉄の馬車、というのでどれだけゴツいものが出るのかと思っていたが、外見的に変わったところはない。
客車は6人が向かい合わせで乗れるほどだ。
いや、しかし気になるのが一点。
「馬はどうやって調達したんだ?」
車を引くには馬がいる。
馬は全身に鉄の馬具を付けており、戦馬車にも見えた。
「うむ。これこそ魔力で駆動する機構――原動機なのじゃ」
「エンジン?」
カプリッチオが得意げに説明してくれたが、俺にはちっともわからなかった。
とにかく魔力で動く馬らしい。
「ものは試しじゃ。ロンド、乗り方を教えてやるのじゃ」
カプリッチオに促されて御者台へ上がる。
御者台は客車の上で、けっこう見晴らしが良い。
「俺は魔力を持ってないぞ」
「馬の体内に魔力は貯めてあるのじゃ。手綱を振れば進み、引けば止まる。それで右を引けば」
カプリッチオが俺の脇であれこれ説明した。
狭い御者台だから腕を動かすとぶつかってしまう。
「せっかくなら御者台は二人乗りにすれば良かったかの」
「いや、カプリッチオとなら大丈夫じゃないか?」
「なぜなのじゃ?」
俺は股を開いて、空いたスペースをぽんと叩く。
「ほら」
カプリッチオがそこに、ちょこんと座る。
ちょうど頭があごの下にきた。
ちっちゃな角が少し危ない。
「わーい、二人乗りできたのじゃ~!」
カプリッチオが年相応な喜び方をする。
「って、子供扱いはやめるのじゃ!」
ちっ、バレたか。
俺たちは馬車を降り、荷物を乗せた。
セレナータは魔力温存のために霊体化してもらう。
「わしが運転しても良いのじゃが、これはロンドの旅。お主が運転するのじゃ。昼の合間、わしは影に入っておる」
そう言ってカプリッチオは俺の影に入り込んだ。
チャプン、と水に入るかのようだ。
「うお」
そこから頭を出して、
「必要になったら呼べ。ロンドのためなら剣鬼カプリッチオはいつでも顕現するのじゃ」
と約束してくれる。
頼もしい限りだ。
ちなみにセレナータもカプリッチオも客車を使わなかった。
……客車いるのかな?
~魔法国 南の街道 関所~
関所を前に、カプリッチオが影から顔を出す。
「たしかお主は王都へ行きたかったのじゃろ?」
「そうだ。だが、身分証が使えなくてな」
「ならばわしに任せるがよいのじゃ」
カプリッチオの指示でセレナータを実体化させる。
二人は客車に乗り込んだ。
……いったいどうするつもりなんだ?
俺は使い所を得た客車を引く御者として馬を走らせる。
関所の前で兵に止められた。
「あ! 貴様は昨日の不法入国者だな!?」
昨日の若い兵だ。
しっかり顔を覚えられていた。
まずいな……。
ガチャ
その時、馬車からセレナータが降りた。
しずしずと歩く姿に、兵は見惚れた様子だ。
彼女は小さな台を下り口に置く。
「うむ」
それに足を乗せ、ゆっくりとカプリッチオが下車した。
「何事なのじゃ?」
カプリッチオの赤い視線が兵を穿つ。
兵はうろたえつつも、「貴様ッ、何者!」と叫んだ。
その声を無視してカプリッチオは兵へ近づく。
「止まれッ! さもなくば……!」
そうして兵の横を素通りした。
「貴様ァ! 自分を無視して関所を通れると思うなよ!」
兵が大声で激高する。
杖を振り抜いた瞬間、兵の杖は爆散した。
「なんじゃ。最近の兵士はなっておらんのう。それにわしはまだ水晶にも触れておらぬのじゃぞ?」
カプリッチオがどんな魔法を使ったのかは分からない。
だが、兵士はしぶしぶ関所に戻るしかないようだ。
「ご主人さま、参りましょう」
台を片付けたセレナータに促されて、門の前まで馬車を動かした。
固く閉ざされた門を前にする。
……どうすりゃいいんだ。
若い兵が面倒くさそうに水晶をカプリッチオに差し出した。
カプリッチオはそれに手を置く。
ここで俺は水晶の中に黒い雲を出し、死者扱いを受けたのだ。
それもこれも団長のせい。
無事に通れると良いんだけどな。
前に見た感じだと青なら通ることができる。
果たしてカプリッチオはどうか。
水晶に煙が充満して色が変わる。
「赤! 貴様ッ、犯罪者ではないかッ!」
兵士が叫ぶ。
まるでカプリッチオの瞳のように真っ赤な煙となったのだから仕方ない。
「待て。よく見るが良いのじゃ」
カプリッチオが平然と指摘する。
赤い煙の上に金色の紋章が浮かんでいた。
コウモリの羽だ。
「金の紋章……。き、貴族!? いや、だが、見たことがない紋章だぞ……」
若い兵はジロジロと俺たちを値踏みする。
その後ろから男が顔を出した。
あくびをしながら現れた男は俺の親くらいの年頃だ。
「ふぁ~あ、さっきからうるさいな。なにかあったか?」
「隊長! 犯罪者の煙印なのに、金の紋章が浮かんでいるのであります!」
「犯罪者のって、まさか赤に金の紋章じゃねぇだろうな?」
「はい? そうでありますが……」
壮年の男は面倒くさそうに水晶を確かめる。
寝ぼけたような顔をしていたが、みるみる顔つきがキリリとした。
目の前の小さな少女を見るなりその場に跪いた。
「隊長どの!? 突然どうしたでありますか?」
「貴様、夜公様を知らんのか!?」
「夜公? おとぎ話でありますか? たしか逆らう者を幽霊に変えるという悪い貴族で……」
「馬鹿野郎! 今、貴様の前にあらせられるのが夜公様だ!!」
カプリッチオが「くかかっ」と笑った。
白い牙が怪しく光る。
それだけで若い兵士はゾゾゾと顔を青くし、倒れてしまった。
さすが魔法国だ。
おとぎ話もシャレにならないんだな……。
そしてカプリッチオは俺に振り返った。
赤い目でウインクし、ぺろっと舌を出した。
「ちと、やりすぎたかの?」
そうして俺の身分証明は有耶無耶となり、関所が開門する。
もうほとんど目の前に、巨大な樹木が見えた。
俺たち一行は王都を目指す。
カプリッチオ出会い編 ~完~
カプリッチオ出会い編はここで一区切りです。
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