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2人目

 ~魔法国 霧の森 赤い屋敷 バルコニー~



 着替えた俺たちはバルコニーに来た。

 屋敷幽霊の話を要約すると、巨大な魔物が消滅したことで森がなくなったのだという。


 カプリッチオはウッドデッキをコンコンと鳴らして歩く。

 日傘を差しているので足取りはゆっくりだ。


 バルコニーのふちにくると、そこは景色が広がっていた。


「おお! カプリッチオ、これがコウモリの羽の町なのか?」


 屋敷は少し高台にあったらしい。

 霧の森を抜けてきたからよくわからなかった。

 だが、その霧の森はなくなって、代わりに石造りの美しい町があった。


「そうじゃぞ。お主らが抜けた森こそ、我が故郷、我が領地なのじゃ」


 えへん、とぺたん胸を張る。


「すごい……。こんなに大きな町があったのか」


 町は一段低いところに広がり、一部は土に埋もれている。

 300年という長い年月が町を遺跡化し、森が上から覆い隠すことで形が保たれてきた。


「やっと……、ゼロに戻ったのじゃな……」


 カプリッチオがそうつぶやく。

 それから俺たちの後ろに控えていた屋敷幽霊がカプリッチオに花を渡す。

 よく墓場に手向けられる白い花だ。


 カプリッチオはその花をバルコニーから町に向かって投げた。


「父上、母上……、約束通り、町は取り戻したのじゃ……」


 祈りの声を結ぶ時、カプリッチオに感じていた魔物としての圧が消えた気がした。

 もうその横顔は両親の死を悼む少女にしか見えない。


 ……お前はずっとこのために生きてきたんだもんなぁ。


 その時、屋敷が揺れる。

 バルコニーの柵に捕まって周囲を見渡すと、庭の一部が陥没しているのが見えた。

 しばらくして揺れが収まる。


「ロンド、そろそろここも危なくなってきたのじゃ。魔物を倒したせいじゃろう。植物の根も消え、地盤が緩んでおる」


「ああ」


「の、のう、ロンド……」


 カプリッチオは上目遣いで俺を見た。


「お主が良ければ、その……、わしとここで、すっ……、住まぬか?」


 驚くようなことじゃない。

 カプリッチオは俺を眷属とやらにしようとしていた。


「町も再興するのじゃ。また民たちが住めば賑やかになる」


 石造りの町はそのまま住めるだろう。

 周囲の岩を切り開いた土地があれば農業ができる。


「もちろんお主に不自由はさせぬ」


 ……はぁ。

 思わずため息が出る。

 ここに住むことができれば将来は安泰だけど。


「ごめん、俺は旅を続けるよ」


「何でじゃ? 冒険者……、いや攻略者と言ったか。お主ら攻略者も住処を求めて旅をするのは変わらぬのじゃろ? ならここに住めばよい。もう死に目にも遭わぬ」


 攻略者の目的は、ダンジョンにアタックして金を集めることだ。

 団長が虹金にこだわったのもそう。


 最終的にその金で町への永住権を買うまで、攻略者は死と隣合わせの生活を送る。

 国を出た俺も、いつかはどこかの町で居を構えるだろう。

 でも、それは今じゃない。


「俺は魔王城に行く」


「ま、魔王城!? 正気かお主。わしが生まれた頃から誰も踏破しておらぬ。そこは世界の果てじゃ」


「世界の果てじゃない。ただの地図上の果てだ。その先に誰も見たことがない景色がある」


「お、お主はいったい……?」


 カプリッチオが動揺して目を見開いている。


 ……彼女になら言ってもいいだろう。


「俺は冒険者になる。まだ見ぬ場所を拓いてきた冒険者という奴になりたいんだよ」


 どうして冒険者が攻略者と呼ばれるようになったのか。

 世界に人が足を踏み入れたことのない場所がなくなったからだ。


「じゃから、誰も踏破していない魔王城へ行くのか?」


「ああ。もうその先に行くことでしか冒険者になれなそうだからな」


「くっ……、くっ……」


 カプリッチオが小刻みに肩を震わせている。


「くかかっ! 愚かじゃのう、お主は。断るならもっと良い嘘があったじゃろ」


「……」


 まあ普通は信じないよな。


 ひとしきり腹を抱えて笑ったカプリッチオは、笑いながらポロポロと涙をこぼしていた。

 バルコニーの外を見て、俺に顔を見せずに長く息を吐く。


「たった一晩の付き合いじゃと言うのにのぉ。300年の孤独はあまりに長すぎたのじゃ……」


 そうか……。

 俺がカプリッチオを傷つけないために、嘘を吐いたと思われてるのか。

 あんなに笑ったのも泣かないためだったのかもしれない。


「……」


「なに見とるのじゃ。ほれ、早くここを去るがよい」


「なあ、カプリッチオ。俺と一緒に来ないか?」


 カプリッチオの泣き顔がこちらを見た。


「な、何を言っとるのじゃ、お主は」


「お前を……、カプリッチオを仲間にしたいって言ったんだよ」


「なか、ま……?」


 だが、俺の誘いにカプリッチオは目を伏せた。

 日傘をふるふるとさせて、


「じゃが、わしは吸血鬼じゃぞ。貴族じゃし、300年も人と会っておらぬし……」


 尻すぼみに言う。


「吸血鬼? 貴族? 孤独? 全部関係ない。カプリッチオだから誘ったんだ。行こう!」


 浴室で話した時、もう俺は彼女に惹かれてたのだ。

 俺は彼女に手を差し出した。


「ロンド……」


 おそるおそると言った感じでカプリッチオが手を差し出した。

 尖った爪で俺を刺さないように、小さな指先がちょこんと俺の人差し指をつまむ。


「……うむっ」


 いろんな言葉が詰まった肯定を口にして、紅い双眸に光が灯る。

 目があった。

 また今日からの旅も楽しそうだ。

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