洗髪
庭中に血の雨が降り、俺は魔物の体液でべとつく髪をしぼりながら、魔物の体内を調べた。
「虹金ないのか……。これで通常の魔物なのか?」
ダンジョンボスのような強い魔物を倒すと、体内に虹色の結晶がある。
これを換金し、生計を立てるのが攻略者だ。
なお、通常の魔物は虹のかけらがある。
これもまあ換金できるけどなぁ。
微々たるものだ。
「さすがじゃのぉ。冒険者稼業も手慣れておるのじゃな」
悪臭を放つそれを手にした俺を見てカプリッチオがつぶやく。
「わしが思うに、この地の栄養を吸って強くなっただけなのじゃ」
おそらくそうだろう。
魔物が朽ち始める。
その根は森じゅうに張り巡らされているのだろう。
庭の一部が陥没していた。
――ご主人さま、申し訳ありません。魔力切れです。昼頃まで休眠いたします。
「わかった。おつかれ、セレナータ」
今回の戦いはセレナータの功績が大きい。
いまはじっくり休んでもらおう。
~魔法国 霧の森 赤い屋敷 浴室~
俺は屋敷の浴室で全裸になった。
魔物の体液で汚れた体をシャワーで洗い流す。
浴室には鏡がないから入念に。
鏡がないのは、おそらく吸血鬼だから。
「そういえばカプリッチオが俺に礼をしたいって言ってたな……」
浴室を借りる時、礼をするのじゃ、と言われた。
いま、カプリッチオはストックの血を補給している頃だろう。
「はぁ……」
ため息が出るのも仕方ない。
何より今回の騒動は俺が霧払いで結界を破壊したから起きたこと。
カプリッチオに無理をさせてしまった。
シャワーの温水を、顔からかぶる。
正直に謝ろう。
俺が決意をしたその時、背中に
ぴと
変な感触がした。
「うぉ!?」
あわてて振り向き、シャワーヘッドを後ろに向ける。
「のじゃぁ!?」
カプリッチオの年齢不詳な声が浴室に響く。
しまった。
吸血鬼って流れる水も苦手だったかもしれない。
「びしょびしょなのじゃあ……」
それも杞憂で、カプリッチオは平気そうだった。
というか……。
「メイドか? それ」
カプリッチオはメイド服を着ていた。
シャワーで濡れて、白地のところは肌が透けている。
「そうなのじゃ。メイド、好きじゃろ? ごーしゅーじーんさーまー?」
いたずらめいた声ですり寄ってくる。
ひたひたと濡れた布がこすれて変に意識してしまう。
「メイドは別に好きじゃないし」
「精霊にご主人さまと呼ばせておるじゃろ?」
「いやセレナータが勝手にそう呼んでるだけだから!」
俺、変な趣味がある人だと思われてたのか。
ちょっとショック。
「まあ良い。それにな、服が濡れようと構わぬのじゃ。もともと汚れても良いからの」
「なんで……え?」
カプリッチオの目が怪しく光ったと思うと、俺の体は途端に動かなくなる。
「くかかっ。人間とはかくも愚かなのじゃ」
魅了術。
ああ、忘れてた。
カプリッチオは魔物なのだ。
「これはわしの礼じゃ。お主を我が眷属にしてやろう」
けんぞく?
確か吸血鬼は人間を従えるというが……。
それはもう奴隷じゃないか。
「む。なんじゃ、不服か?」
顔に出てたらしい。
あ、というか俺いま全裸じゃないか?
うわ恥ずかしい!
出会って一晩の女の子に裸みられちゃってるのでは!?
「ざーんねん。体も口も動かないのじゃよ~?」
そんな俺の小さな焦燥もカプリッチオにお見通しで、さらに羞恥が高まってきた。
ざー、とシャワーの水の音が聞こえ続けている。
「わしの口を見るのじゃ。ほ~れ、この牙でぇ~、」
カプッ
……!!
カプリッチオの口が俺の首筋に当てられた。
心臓がびくっとする。
すぐさま少女は口を離した。
耳の横でささやく。
「ってしたらぁ、お主は眷属なのじゃ。くかかっ。なに驚いてるのじゃ? 今のはただぁ~、甘噛みしただ~け」
こ、こいつ……!
「じゃあ、こんどは驚かないように、カウントダウンしてあげるのじゃ」
手のひらを見せ、「ごぉ~お」
親指を折ると、「よぉ~ん」
「ほれほれ。抗うのじゃ。魅了の暗示が解けるかもしれんぞ?」
くそっ。
人差し指を親指に重ね、「さぁ~、んっ。あ~あ、人間やめちゃうのぉ?」
……人間やめたくない。
俺はまた騙されたんだと思うと不甲斐なさに泣きたくなる。
「くかかっ。その顔なのじゃ。人間は面白いのぉ」
彼女は前かがみになって、上目遣いを送ってくる。
……胸、ちっちゃくてもあるんだな。
って、こんな状況なのに何を見てるんだ俺は。
しかし、目をそらそうにも体が動かない。
カプリッチオは中指を折り、「にぃ~い。ん~? どうしたのじゃ、……えっ?」
みるみるカプリッチオの顔が赤くなる。
視線は俺の下半身に釘付けだ。
「おっ、お主! こんな時に……、な、な、何を考えとるのじゃあっ!?」
浴室に声が反響する。
し、仕方ないだろ!
「だって、カプリッチオの胸が! ……あれ、声が出せ……、うわっ」
ドテッ
今まで力んでいたものが解放され、勢い余って前に飛び出す。
それは、つまり、必然にカプリッチオを押し倒す形になり……。
「いたた……。えっと、その、お、お主……?」
俺は頬を朱に染めた小さな少女に覆いかぶさっていた。
のぼせたように目がとろんとしている。
……かわいい。
って俺は何を考えてるんだ。
相手は魔物だし、年頃と言うにはまだ幼いし。
耐えきれなくて目をそらす。
メイド服は濡れ透けて、白い布地に赤らんだ肌色が浮かんでいた。
どうしよう。
そんな時、俺の洗いかけの髪からポタポタと魔物の汚れが落ちる。
「ふにゃっ? ……お主、まだ体を清めておらなかったのか?」
「途中でカプリッチオが来たからな。ってそうじゃなくて!」
俺はカプリッチオから飛び退く。
タオルで前を隠した。
「なぜ俺を眷属にするんだ!? 魔物だからと言うなら、ここで討つ!」
カプリッチオは立ち上がり、やれやれと肩をすくめる。
「眷属になれば死なないし、わしの魔力も使えるのじゃぞ?」
「つまり、それが『お礼』か?」
「うむ。不満か?」
「不満だわ! 眷属になりたい人間なんているかよ!」
俺の叫びが浴室に鳴り響く。
あ、あぶねえ……。
勘違いで人間やめるところだった。
「そ、そうじゃったか。すまない。じゃが、わしが他にあげられるものなど……」
申し訳無さそうに目を伏せ、
「あ」
ぽつりと声を漏らした。
カプリッチオの視線の先には魔物の汚れがある。
「わしが頭を洗ってあげる、というのはどうなのじゃ……?」
自分で洗えるし別に……。
しかし、その申し出を断るには、カプリッチオの震える瞳を無視しなければならないわけで。
……メイド服まで着て、お礼する気だったんだよな。
「わかった。お願いするよ」
俺は彼女の好意に甘んじることにした。
「うむっ。ならばそこの椅子に掛けるが良い。わしは上手いのじゃぞ。屋敷幽霊の身なりはわしが整えておるしの!」
そんなことを言いながら、テキパキと準備を始める。
小さな体を忙しそうに動かす少女を見ていたら、実家に残してきた妹のことを思い出した。
「ほれ、ぼ~っと立ってるのじゃ! お主の背じゃ届かぬじゃろ!」
「ごめん。ほら、座ったよ。これでいいか?」
カプリッチオは俺の胸の高さくらいで見上げていた。
座ったらほとんど同じくらいの目線になる。
「あ、座る向きじゃが……、ん、まあよい」
向き合って座るのは違かったらしい。
こういうの慣れてないからな……。
「まずシャワーで髪を濡らすのじゃ」
うん。
「それから、ピュッピュッ、これはシャンプーなのじゃ」
ガラス瓶から油っぽい液体を取り出す。
「ん? 油で髪が汚れるか心配か? 髪のベタベタも油じゃから、水で流れやすい油と混ぜて、一緒に洗い流すのじゃ」
へぇ~。
「じゃから、こうやって、しゃかしゃか~するのじゃ」
手を小刻みに動かす。
頭皮にカプリッチオの細い指がこすれて、あ、気持ちいいな、これ。
「くかかっ。気持ちよさそうにしておるのぉ」
はっ。
「よいよい。お主はよく戦ってくれた。お疲れさまなのじゃ。今は快楽に身を任せるが良い」
ふむ、そうか。
俺は言われるがままカプリッチオの指を頭皮で感じる。
「頭の後ろも……、んっ、ちょっと近くに寄るが、我慢するのじゃ。もう噛みはせぬ」
カプリッチオが身を乗り出す。
足が俺の膝と膝の間に入って下半身が心もとない。
しかも彼女のえらく整った顔が目の前にあるからドキドキしてしまう。
「そ、そんなに緊張するでない」
カプリッチオはまた顔を赤らめた。
尖った犬歯がよく見える。
もし少しでも頭を前に出したら、キスできそうだった。
「すぅ。んっ、……ふぅ」
至近距離すぎて小さく漏れる吐息まで聞こえる。
すこしだけ鉄のにおいがした。
「かゆいところはないかの?」
尋ねられて目が合う。
こんなに赤い瞳なのに怖いより美しいと思った。
「ん? なさそうじゃの」
小首をかしげる。
その仕草がすごく身近に感じた。
「最後にシャワーで泡を落とすのじゃ。目をつむってるのじゃぞ」
目をつむる。
シャワーの温水が来て、カプリッチオが髪をゆすぐ。
触覚に集中したせいだろうか、優しい手付きなのがわかった。
まったく痛くなかった。
吸血鬼の爪はとても尖っていたのに。
きっと引っかかないように注意をしてくれたのだ。
気遣いが嬉しい。
たぶん俺はカプリッチオのこと、魔物とか関係なく惹かれているんだな。
シャワーで洗い流され、タオルで頭を拭いてもらう。
ちょっとだけ勢いがあって、終わったあとの頭は、ふわ~っとした。
「どうじゃ? 気持ちよかったじゃろ?」
「うん。ありがとう」
すっかり疲れも取れてしまったみたいだ。
久しぶりだ。
こんなに落ち着いたのは。
「俺には妹がいるんだけど、こうしているとなんか思い出すよ」
ぽろりと思っていたことが漏れてしまう。
「ほう、なるほどな」
片付けをしていたカプリッチオがタオルを放って、
「お・に・い・ちゃんっ?」
俺の背中に抱きついた。
「えっ!? 急にどうした?」
濡れたメイド服越しに、カプリッチオのやや冷たい体温が伝わる。
ほんの少し胸もやわらかい。
「なんじゃ、妹プレイじゃないのかの?」
「違うよ!」
どういう勘違いなのそれ!?
「それにそういうのはもっと大きくなったらだな……」
あと一年……、いや半年……、とにかく今のままだと犯罪だ。
「まさかの子供扱いなのじゃ!?」
カプリッチオが俺の前にステップし、胸に手を当てた。
「わしは300歳なのじゃ!」
そういえばそんなこと言ってたけど、なぁ。
ぺたーん
なんかそういう効果音が聞こえた気がする。
「はいはい」
「駄々っ子をなだめる感じはやめるのじゃぁ!」
カプリッチオは涙目になって俺に訴えた。
その時だ。
ドタドタドタ!
そこへ屋敷幽霊たちが慌ててやってきた。
言葉はわからないが、身振り手振りでカプリッチオに伝えている。
なにかあったのだろうか……?




