最悪の相性
「このコウモリの羽根の町はここの領都じゃ。じゃが、もう滅んで誰も住んでおらぬ」
唖然とする俺に、カプリッチオは重ねて説明した。
「滅んだ? 300年前? う、嘘を吐くな。じゃあお前は何歳なんだよ……」
せいぜい14歳くらいにしか見えない。
それが300年前に滅びた町で生まれただって?
「人間と一緒にするでない。わしは」
ガタガタガタガタ!
強い揺れ。
部屋中の物が振動で倒れ、俺たちはあわててテーブルの下に身を潜める。
「地震か?」
それにしては揺れが小刻みで突き上げるようだった。
ガラスが割れる音がする。
どうやら食堂のある2階には窓があったらしい。
風が吹き込み、カーテンがめくれた。
外は霧が薄まっている。
向こうには、俺が怖くて無視してきたものがあった。
「なんだよ、あれ……」
森の中から、きょきっと巨大な一輪の花が咲いている。
黄色い花だ。
しかも、花びらの真ん中からギョロリと一つ目が開眼し、俺と目があった。
「ん? なんだ、光り始めた、ぞ?」
一つ目が光る。
花びらがオレンジ色になり、次第に赤くなっていく。
「ご主人さま! 西の方角、高エネルギー反応!!」
テーブルを挟んだ向こうから、セレナータが叫ぶ。
「まずい!」
本能が危機を察知した。
そう表現するしかない咄嗟の判断で、
俺はテーブルの下から身を乗り出したカプリッチオを押し倒しながら、
横っ飛びする。
ピキィィィィ――――
鼓膜を破るような高音。
カッ
まばゆい光が部屋に照射され、
爆破。
「うわああっ!!」
熱いっ……!
カプリッチオの小さな体を抱え、
爆風で部屋の端まで転がった。
この熱さは聖剣に似ている。
「ご主人さま! ご無事で何より!! 屋敷の奥へ、こちらです!」
セレナータが道を開ける。
俺はカプリッチオを小脇に抱え、食堂から飛び出た。
~魔法国 霧の森 赤い屋敷 エントランス~
俺たちはエントランスに下りた。
二階は窓があり、いつ攻撃を照射されるか分からないからだ。
「お主、いつまでわしを抱えたつもりなのじゃ!」
脇に抱えたカプリッチオが抗議した。
床に下ろす。
「なぜわしを助けたんじゃ! あの光は……、人を一瞬で消し炭にするのじゃぞ!」
「俺が知るか。体が勝手に動いたんだ」
頭では魔物だと分かっていても、やはり少女にしか見えないのだ。
だが、俺の言葉にカプリッチオは溜飲を下げたらしい。
「しかし、霧が薄まっていたの。結界が破られ、ここも見つかるとはツイてない」
「あの霧ってカプリッチオが作ったんだよな?」
「そうじゃが?」
俺たちは霧の発生源らしい強い魔力を頼りに進んできた。
セレナータの力で魔力の霧を払いながら。
「まいったな……」
俺のせいだ。
「セレナータ」
「はい、ご主人さま」
「俺たちで花の魔物を倒すぞ」
セレナータは俺をじっと見つめ、託すように体を粒子に変えた。
「お主の剣とその娘は……」
カプリッチオはセレナータの粒子が剣に吸収されたのを、不思議そうに見つめる。
「説明はあとだ。カプリッチオはここで待っていてくれ」
俺はカプリッチオの制止を払い、扉を開ける。
あの魔物を呼び寄せた償いに。
~魔法国 霧の森 赤い屋敷 庭~
霧が晴れた庭園は手入れされた植え込みがいくつもあった。
それらに身を潜め、目玉に補足されないように近づく。
庭の終端に奴の太くてグロテスクな茎が生えていた。
「移動する植物型か。しかし、動きはのろい」
背丈があるが、あの目玉さえ封じてしまえば問題ない。
茎を狙う。それで目玉を地面に転がす。
――ご主人さま、周囲に魔力が満ちています。
セレナータの助言に従い、別の植え込みに移動する。
――まだ魔力が満ちています。離れてください。
ふたたびの助言。
「それはあの巨大な目玉の魔力ではないのか?」
――違います。下です。
「下? ……うわっ」
ぴょこ、ぴょこ
植物の芽が出て、短い毛の生えた蔦が急成長する。
植え込みから飛び退く。
次の植え込みへ渡ろうと思ったが、
「くそっ」
足に蔦が絡んで膝を地に付ける。
なんて成長速度だ。
俺の足はまたたくまに蔦に絡み取られた。
それだけでない。
頭上から目玉がこちらを向いていた。
「やばい……」
黄色い花びらが色を変える。
橙。
そして、赤へ。
光が灯る。
ピキィィィィ――――
――ご主人さま!!
セレナータの必死な叫びが聞こ
カッ
えたと同時に輝きが増す。
……死んだ。
そう思ったのに。
「剣は血。我が生き血を贄に、契約する。ヴァンピール・ファング!」
幼いような年老いたような、年齢不詳な声が響く。
目の前に鉄の盾が現れた。
カプリッチオの小さな背中が見えた。
「早くその草を千切るのじゃ!」
俺は言われるがまま、蔦を千切る。
さっきよりもろい。
どうやら盾の陰でない部分を光が焼き払ったからだ。
熱線が盾を溶かし、うっすらと光が漏れた。
それだけなのにカプリッチオが盾から手を離す。
「ひっ」
あの尊大な彼女が急に怯えた声を出した。
蔦が取れた。
なのに。
盾の上部が吹き飛ぶ。
終わった。
しかし、熱線はもっと屋敷側に移動する。
光が通過した場所は焼けて、火が上がっていた。
向こうで屋敷幽霊が消し炭になる。
エントランスからこっそり逃げ出そうとしていたのか?
いや、今は九死に一生を得た。
俺は怯えて体を固くするカプリッチオを連れて植え込みに隠れる。
「すまないのじゃ……」
真っ先に出た言葉は謝罪だった。
「なぜ謝る」
あの魔物は俺が呼び寄せたようなものだ。
「わしは黙っていたのじゃ。これは……、恥じゃから」
隠し事があったらしい。
さっきの鉄の盾も含めて色々と俺も聞きたかった。
「何を恥じる? 何か知っているなら教えてくれ。あれを倒すのに必要かもしれない」
カプリッチオはごくりと喉を鳴らし、俺を見据える。
真っ赤な瞳が揺れた。
「わしは吸血鬼にして、この地の領主。そして、町を滅ぼしたのはあの魔物なんじゃ。光を使う奴に、吸血鬼は……」
「最悪の相性だな」
俺が言葉をつなぐ。
吸血鬼、夜を統べる王の魔物だと知っている。
実物を見るのは初めてだが。
「ああ、あの光の温かさは日光なのか」
聖剣に似ていると思った。
魔を払う光だ。
「その通りじゃ。あの魔物は体内に溜めた太陽エネルギーを収束させた熱線――ソーラービームを放つ」
ビームは遠隔攻撃の最たるもの。
それは剣士の俺にとっても、最悪の相性だった。




