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取り引き

 目の前にいたのは先ほどまで棺で眠っていた少女だ。

 なのに唇のふちから血が滴っている。


「くっ……」


 動こうとしても体の自由が利かず、全身がだるくて仕方ない。


 ――ご主人さま(マスター)! すいません、私にもっと魔力があれば実体化できるのですが……。


 脳裏にセレナータの申し訳無さそうな声が響く。


 いや、悪いのは俺だ。油断した。


 それを伝えようにも口すら満足に動かせない。


「くひひ。おろかじゃのう、人間。わしを生け(にえ)だと思うなんてなぁ」


挿絵(By みてみん)


 この娘の言うとおりだ。

 真っ赤な瞳と白く尖った牙。

 金髪頭の上の2つの三角は……、角だろうか。


(にえ)となるのはお主じゃ!」


 少女は俺を棘のような爪で指さした。


「どうしたんじゃぁ? 情けない顔をして。……あ。この指が怖いのか~? ほれほれ~」


 俺の目の前で尖った爪をフリフリしてみせる。

 そのあと、くひひ、と小馬鹿にするように笑った。

 最後にその爪を俺の足に、ぴとり、と付けてゆっくりと掻く。


 ああ……。


 服が裂け、皮膚が破れる。

 だけど、まったく痛みを感じなかった。


「わしに食われることを光栄に思うのじゃなぁ?」


「く、われ、る……?」


 声を細切れだが、絞り出せた。


「ほう。わしの魅了術を受け、もう声を出せるほど回復するとは強いのぅ。で~も、ざんね~ん。お主の冒険者人生はここで終わりなんじゃ。あ~あ」


 言葉巧みに煽ってくる。

 しかし、冒険者とは古臭い言葉を使う魔物だ。

 少女の姿に擬態していなければ、不覚を取ることだってなかったはずだ。


「魅了術で痛みを消したのに、かわいそうにのう。どれ、ひと噛みで血を吸い尽くしてあげよう」


 ある程度の知能があるとそういう配慮もあるのか?

 しかし、体はまったく動かない。

 本当にここで冒険は終わってしまうようだ。


 少女が四つん這いになり、俺の股の間に膝をつく。

 口を開いてみせた。

 規則正しく歯が並び、それを俺の首筋に口を近づける。


「そ・れ・じゃ・あ、いただきまぁす」



 カプッ



「痛っ」


 かわいらしく噛みつかれる。

 そこでとうとう痛みが訪れた。

 足にも激痛が走る。



 カプッ カプッ



「あむあむ……、はれ? 牙が……、はっ」


 少女が体を起こす。


 あれ……? 何やら困った顔をしているぞ。


 ――ご主人さま(マスター)、魔力が急激に薄れました。今がチャンスです。動けますか?


 セレナータが教えてくれる。

 剣を握る手に力を込め、俺は返事の代わりとした。


 体は問題ない。


 いける。



 今度は俺は少女を引き倒し、



 剣先を喉元に突きつける。



「さっきはよくも馬鹿にしてくれたな」



「ひぇっ」


 赤い瞳に涙を浮かべて、小さな悲鳴を上げた。


「そうやって騙そうとしても無駄だ。俺は人型の魔物を倒したこともある」


「ま、待て! そうじゃ! 取り引きをしよう。わしはお主を食わぬ。代わりに……」


「取り引きしたいなら、逆だ。俺はお前を倒さない。代わりに、何を出せる?」


 この少女に俺を押し返す力はなさそうだ。

 魔物だから油断はできないが。


 俺の取り引きに対する少女の答えは、


「命以外に無い。ふん、仕方ないの。やれ」


 意外なものだった。

 これほど潔い魔物は見たことがない。

 その赤い瞳は、怯えのせいか震えていた。


 ――ご主人さま(マスター)、どうしたのですか?


「おもしろい魔物だ。命は助けてやる」


 剣を下ろす。

 魔物から離れても、襲い返すそぶりがない。


「代わりに……」


 俺は魔物にある提案をした。

 少女の魔物は、しばらく考えたのち、承諾する。



 ~魔法国 霧の森 赤い屋敷 食堂~



 俺たちの前に並んだのは、豪華な貴族の食事だ。

 セレナータも魔力を回復させて、実体化して席に付いている。


「まさかお主らが食事を摂らせよと言うとはな……。わしを何だと思っとるんじゃ……」


「金持ちだろ?」


「そ、そうじゃが……」


 この屋敷に来た時から金持ちの家だと思っていた。

 それならたんまり飯も食える。

 今回はセレナータに好きなだけ飯を食ってもらいたかった。


 豪華な食事はもちろん毒味済み。

 このあたりの郷土料理だ。

 保存食なんかじゃない新鮮な肉を食えた。


 とにかく味付けがすごい。

 ステーキにクリームソースを付けて食べるとこんなにうまいとは。

 セレナータなんかすでに5人前はたいらげている。


 あきれた様子で金髪が俺たちを見ていた。


「お前は食わないのか?」


「誰かに大切にされておる者をわしは食わぬ」


「ふーん」


 よくわかんないけど。

 彼女のグラスに、半透明の執事が赤い飲み物を注ぐ。


 ……いや、怖いわ。


 さっきも説明されたが、これは屋敷幽霊というそうだ。

 この屋敷は彼女以外に住んでおらず、身の回りの世話はすべて屋敷幽霊が行うらしい。


「その娘はお主の側仕えじゃろ。お主は娘にとっての特別じゃ。わしが母上と父上にとって特別だったようにな」


「まあ、そうなのかもな」


 特別ねえ。

 俺は食堂に飾られた大きな肖像を見上げた。

 家族三人の絵画で、真ん中にこの少女、両脇に若い男女が描かれている。


魔物(おまえ)にも家族がいるんだな」


「わしをそこらの魔物と一緒にするでない。やはり冒険者にはわしが魔物に見えるのか?」


「お前、さっきも言ってたな。もう冒険者なんて言わないよ。地図が出来たんだ。今は攻略者と呼ぶ」


 魅了術? だったか、それで動けなくされた時に聞いた。


 少女は眉をぴくぴくと痙攣させる。


「お前と呼ぶな。わしの名はカプリッチオじゃ。覚えておけ」


 すごく古臭い名を名乗った。

 どう見ても俺やセレナータより年下に見えるのに。


「よろしく、カプリッチオ。俺はロンド、で、こっちがセレナータ」


 セレナータが顔を上げ、カプリッチオを一瞥し、食事に戻る。

 愛想がないやつだな。


「今は二人で旅をしている。この国の王都に行きたいが、ワケあって関所が通れなくてな……。あ、そうだよ。この近くで大きな町を知らないか? ギルドに生存報告をしなきゃいけないんだ」


 危うく目的を忘れるところだった。

 食事の後、セレナの地図を覚えてる限り皿に描き起こし、カプリッチオに相談する。


「ああ、コウモリの羽根の町、じゃな……」


 マークを描いて見せたらピンと来た様子だ。


「知ってるのか?」


「知っとるも何も、わしの生まれはそこじゃ」


「おお! どっちに行けばいい?」


 これは運が良い。

 俺は軽く尋ねるが、カプリッチオは重々しく口を開く。


「もう300年前に滅びた町じゃよ」

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