棺の少女
霧を払いながら森を進むと、ひらけた場所に出る。
ここは一段と霧が濃い。
ん?
道が舗装されていた。
赤いレンガが敷き詰められている。
道の両脇は芝生で、まるで手入れされた庭のようだ。
――ご主人さま、前をご覧ください。
「え? ああ、これは……」
深い霧の中に見えたのは、赤いレンガの大きな屋敷だった。
~魔法国 霧の森 赤い屋敷 庭~
赤い屋敷の周囲を壁伝いに歩く。
霧は意思を持っているように俺を包み込もうとするので、その度に剣で払った。
正直、なにもかも気味が悪い。
だってこの屋敷、窓が一つもないのはおかしくないか……?
ぜったい何か出そう。
いや、もしかしたら倉庫的な建物かもしれないし。
じゃあなんでこんな森に倉庫があるのか? って思うと、想像したくない。
「うお」
俺の予感が的中したのか、壁に大きな扉が現れた。
なさけない声が漏れてしまった。
――ご主人さま、奥に強い魔力を感じます。そして、申し訳ありません。
「どうした?」
――ここまでにかなりの魔力を使いました。しばらく実体化できません。
「ああ。ここまでご苦労。ありがとう。ここからは俺ががんばる番だ。覚悟はできてる」
魔物か人間か。
俺は剣の柄を強く握りしめる。
「行くぞ」
扉を開く。
鍵はかかっていなかった。
ギィィィィィ
留め金がきしむいやーな音が鳴り、俺は屋敷の中へ入った。
~魔法国 霧の森 赤い屋敷 エントランス~
屋敷の中は光がまったく差し込んでいない。
扉を開けたままにし、目が慣れたら外の光を頼りに観察する。
「エントランスか。高級ホテルか、貴族の屋敷みたいだな」
馴染みないが、いわゆる金持ちの家はこんな感じだろう。
大理石の床に赤いじゅうたん、彫刻の柱、広い階段と踊り場に額縁入りの肖像画。
天井は見えないけどシャンデリアもありそうだ。
「お」
燭台を見つける。
油にこよりを浮かせた古いものだ。
この国は火をおこすのも魔法なので、持参の火打ち石で火を点ける。
ボォォォ!
「おおっと、危ない危ない」
油が気化していたのか、軽く引火して火が宙を舞った。
身をかがめて火を避ける。
白い影が視界のふちを横切り、火が消えた。
「なんだ今のは……」
あきらかに火消しのために動いていた。
――ご主人さま、この屋敷には私と似たものがいるようです。
つまり、目には見えないけど居るってことだ。
……。
なにそれ怖い。
――ご安心ください。あれは魔なるもの。聖なる剣で払えます。
「やっぱりお前すごいな……」
セレナータが1人いたらパーティを組む必要なさそうだ。
俺は片手に剣を、もう片手に燭台を持って屋敷を進む。
どこかに霧の発生源がいるはずだ。
~魔法国 霧の森 赤い屋敷 寝室~
セレナータの声に従いながら、強い魔力のする部屋にたどりつく。
2階の部屋だ。
室内は豪奢な飾り付けがされ、何体もの甲冑が並ぶ。
「今にも動きそうだな……」
どれも燭台の光が反射するほど手入れされている。
ほこりもかぶっていなかった。
部屋の中心には黒い箱――
「これって……」
棺があった。
なにも起きてないのに、身体が硬直する。
怖すぎるだろ。
なんでここに棺!?
埋めろよ!
――ご主人さま、この中です。
「そ、そうか……」
開けるしかないんだな。
俺はビクビクしながら棺の蓋を開ける。
重たい蓋はじゅうたんに滑り落ちた。
中にいたのは、金髪の愛らしいお人形だった。
サイズは人の子供くらい。
こ、怖いぃぃぃ!
「どうして棺の中に人形が入ってるんだよ!」
怖すぎてどうにかなりそうだ。
――いいえ、これは人形ではありません。生きております。
「え? 生きてる? じゃあ人間か?」
たしかによく見ると、浅く呼吸をしている。
少女が閉じ込められていたのだ。
魔法にはいろいろある。
「そうか……、生け贄でもされてるのか、この子は」
きっと強い魔力を利用されて
ガシャ、ガシャン!
いるのだろう。
と、俺の思案をさえぎって、背後から金属音がした。
気配もしないのに何かが動き出したのだ。
――ご主人さま、魔なるものです。
「ああ、この子を護るぞ」
俺は燭台の火が消えないように、緩慢とした動きのまま片手で鞘のままの剣を構えた。
――はい、ご主人さま。契約条件、達成。伝説の聖剣セレナータが力をここに、解放。
鍔の周りに魔法陣が浮かび、回転しながら鞘の先に収束していく。
そこに現れたのは白銀の美しい刃だ。
鞘よりも長い剣身が現れる。
――敵の数は4体。いずれも甲冑と手斧。室内戦向きです。剣は刃渡りを短くできますが、どうしますか?
鞘より長い剣が出てくるから長さの調節もできるというわけか。
「長い剣先じゃ振り回せないってか。ならば振り回さなければ良いだけのこと」
俺は剣を握る手を脇に当て、空いた手で剣先を覆い隠す。
「セレナータ、あの甲冑の中身は人じゃないんだな?」
――はい。あれは体を持たず、甲冑に憑依した魔なるものです。
相手が人じゃないなら、容赦はいらない。
ガシャ、ガシャン!
甲冑たちが襲いかかる。
4体が一斉に、
手斧を振った。
俺は剣先の上から手をどける。
この構え方は、ビリヤードの勝負師に似ているらしい。
燭台の火がゆらめき、
十六閃。
「輪剣術、十六夜」
魔なるものとはいえ、甲冑は人の形をしている。
そして、人は四肢を持つ。
連続した突きが、甲冑の四肢を胴体から切り離した。
4体の四肢、合計で十六だ。
時間差で甲冑が四散する。
俺は構えを解かなかったが、中から何かが出てくるわけでもない。
「……ふぅ」
――お見事です、ご主人さま。
「ああ」
どうやら終わったようだ。
俺は閉じ込められた少女の無事を確かめに棺に戻る。
「あれ? いない。いったいどこ……、へ……」
お、おかしい。
急に全身の力が抜けてくる。
棺にいたはずの少女はいないし、なんだ、これは……。
俺は棺の横に背中を預け、腰を落とす。
頭を上げると、
真っ赤な瞳の少女が、「くひひ」と嘲笑い、牙を赤く光らせていた。




