第十三章 向暮楊風(十八)
そして六日後、神野は嘉智子と共に嵯峨山荘に遷った。
大内裏に隣接する冷然院は、朝夕に大内裏を出入りする官人たちの往来が騒がしいのは当然だが、大学寮も近く、貴族の邸宅も多数並んでおり、良くも悪くも、非常に活気のある場所にあった。それゆえもあって、公私の別なく、来客も頻繁だったのである。
だが、嵯峨の地は違う。
かつて、神野は文人・重臣たちと共にこの山荘に行幸し、「此の地幽閑にして人事少れなり、唯餘すは風動ぎて暮猿悲しぶのみ」と詩に詠んだことがある。
山荘の東には唐の洞庭湖を模した広々とした湖―――その名をとって庭湖と名づけられている―――が造られており、船を浮かべて観月や観桜を楽しむことが出来る。周囲はなだらかな山に囲まれ、季節の移り変わりと共にそれが春には桜、初夏には藤、そして秋には紅葉の錦を織り上げる。厳しさのない、柔らかな光景だ。
懐かしい詩を、神野はふと思い出していた。小さな声でそれを口ずさむ。
清晨 古寺に入れば
初日 高林を照らす
曲径 幽処に通じ
禅坊 花木深し
山光は鳥性を悦ばしめ
潭影は人心を空しうす
万籟 此に倶に寂まり
惟だ鐘磬の音を聞くのみ
「どなたの詩ですの?」
いつの間に来たものか、傍らに嘉智子が立っていた。神野は微笑する。
「―――昔、全く同じようなことがあったな」
懐かし気に呟いた。
「わたしがこの詩を呟いているとき、良峰がやってきて、誰の詩かと訊いた。ちょうど、この嵯峨の地で」
「昔って、いつです?」
「十四、五の頃か―――」
「まあ、そんな頃の―――」
嘉智子は神野の傍らに腰を降ろした。
「わたしにとって、最初の友だったからな」
神野の視線の先を追うように、嘉智子は庭湖の揺れる水面に目を向ける。
「この頃、あまり詩も楽もなさらないのは―――良峰どのがいらっしゃらないせい、なのかしら」
「さあ、どうだろうな……」
神野は呟いた。
安世が死んだとき、神野はその死を悼む挽歌を墓前に捧げた。だが、その後、安世の「遺作」に触れて以来、つれづれに詩をつづってはいても、神野はどこか虚ろだった。『経国集』―――これも安世の選んだものである―――が完成してからは、漢詩集も作る気がしない。
かつて、桓武帝は神野と安世を、伯牙や荘子の故事に譬えた。楽友の死後、絃を断った琴の名手、伯牙。親友の死後、議論を闘わせることを止めたという荘子。それは的を射ていたのかもしれない。
万籟 此に倶に寂まり
惟だ鐘磬の音を聞くのみ
安世の問いかけは、いつもひとつしかなかった。
『あなたの望みは、何なのですか』―――と。
この静かな地で、わたしは思い出すことが出来るだろうか。自らの詞を―――
そのとき木の葉が一枚はらりと落ちて、庭湖に波紋をゆっくりと広げていった。




