第十三章 向暮楊風(十七)
嵯峨への遷御が実現したのは、正良の即位後一年が過ぎ、八月に入ってからだった。それに先立ち、冷然院で盛大な宴が催され、新帝正良を始め、神野・大伴の二上皇、東宮恒貞、親王および源氏の子女たち、そして重臣・文人など、錚々たる面々が顔を並べた。
正殿の前にしつらえられた舞台の上で、元服前の源氏の子供たちが舞いを披露している。秋の気配が深まりゆく中で、緩やかに奏でられる旋律を聞きながら、神野は列席した人々の顔を、ひとりひとり、ゆっくりと眺めた。
帝となった正良。楽に関してはかなり才もあり、自ら作曲も試みる彼は、弟たちの舞を熱心に見つめている。
その背後には、順子(冬嗣の娘)と道康、それに貞子(三守の娘)など、妻子が控えている。妻の数は既に十人近いという。道康はひ弱で病弱、という印象が強い。順子は高雅な美人で、気位が高いから、道康の弱々しさは正良の血なのかもしれなかった。貞子は冷たさを全く感じさせない優しい雰囲気の女性で、正良の寵愛も深いらしい。順子や道康とも、楽しげに話をしている。だが優しいばかりでなく、一度正良が体調を崩したときには、自身の身体が弱るほどに激しく神仏への祈りを捧げたというから、それを聞いて、
「それでは、まるで三守ではないか」
と、笑い事ではないと知りつつも神野は微笑を禁じえなかったほどである。
大伴は、位を退いてから少し安心したようだ。表情が僅かながら明るくなってきた。安殿との対立を乗りきった後の自分の姿は、ひょっとすると周囲にはこんな風に見えていたのかもしれないとも思える。その隣に座しているのは正子だが、少々、退屈そうだ。最初こそぎこちなかったものの、父親と同じ年の、しかも優しすぎるほどに優しい夫に甘えながら、近頃はすっかり我儘を言い放題になっていると聞く。
東宮である恒貞は明るく物怖じしない性分で、幼い頃からよくお祖父さま、と言っては神野にまとわりついている。
台閣の頂点に、左大臣藤原緒嗣。仏頂面は少しは穏やかになったものの、六十を越した今でも時々渋い表情で、神野や大伴らに贅沢を控えるよう戒めに来る。三守の進言により、台閣二位の右大臣には清原夏野が立ち、その下に大納言三守。
三守は台閣において重きをなすほかに、自ら買って出て東宮傅として恒貞親王を補佐する役を担っている。そうかと思えば、篁が東宮学士として恒貞につくところだったのを、うまく弾正少弼に任命して回避するなど、このところ、政治的な面でも機転をきかせるようになった風がある。そして神野の息子である二十三歳の源常が続く。
更に台閣の末席には、先月参議に任じられたばかりの藤原良房―――
ふっと視線がぶつかる。
一瞬―――
チカッと、火花が散ったように思った。だが、次の瞬間には神野は微笑を浮かべ、柔らかな眸でその視線を受けとめる。良房は小さく目礼を返した。
冬嗣のせいなのか、どうも良房は神野に対して過剰に反応しているところがあるらしい。正良が東宮位にあった頃、東宮御所を訪れた神野を、良房は観察するようにじっと見つめていた。冬嗣から、神野の卓越した政治的判断力について聞かされ、宮中において神野が持つ力を肌で感じとり、うまく取り入ることが出来ればと思いつつも―――そして、人脈的にはかなりつながっているのだ―――、どことなく近寄りがたいものを感じている、というふうだ。良房には、そもそも神野と父冬嗣の「友人関係」というものが、どうも理解できないらしいのである。
この男はどのように台閣に、そして皇族に食い込んでくるのか―――
考えて、苦笑する。
今こそ、自分はそうした舞台を降りようとしているのではないのか。共に闘い、生きてきた冬嗣や安世はこの世を去った。兄安殿はとうに亡く、そして息子の即位も実現した今、もう―――自分のなすべきことは、終わったのだと。




