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第十三章 向暮楊風(三)
五月も終わりに近づく頃から、冬嗣邸には頻繁に見舞客が訪れるようになった。まさか予告もなしに左大臣邸を訪れるものなどいないから、訪問客がある日は大抵朝から判っている。その日には、冬嗣は必ず病室を整え、衣服を整えて、一度は顔をみせるようにしていた。
「父上。お気持ちは判りますが、お身体に障ります。客人の相手は、わたしにお任せ下さい」
長良が心配して忠告しても、冬嗣は笑ってとりあわない。
「人と会っていた方が、気が紛れるのだよ。それに、これが最後かもしれぬと思うとな―――」
それに、養生したとて、もはや長い命でもない―――とは、さすがに若い息子たちに対して口には出来ない。
「わたしの心配よりも、主上のことを頼むよ。蔵人は、もっとも主上に近いところにいるのだから」
大伴は悲しみに沈んだまま、ほとんど政務には顔を出さないらしい。台閣は何事もなく動いてはいるが、ときおり冬嗣に向かって愚痴をこぼす者もいる。そんなときは、頃合を見て別当や美都子がさりげなく退出を促すのである。
神野が見舞いに訪れたのは、水無月も半ば、雨の日のことだった。