第十章 旧邑対雪(七)
「………神野?」
安殿は半身を起こした。神野の身体を抱きとめる。そのまま、背を軽く叩いた。
「………困った奴だな。おれが大きくなったと言ってるそばから、子供に戻っちまって」
腕の中で泣いていた、小さな弟に。
声を、必死に神野は絞り出した。
「お責めになりたいことが、あなたにはあるはずです」
「おれが、お前を?」
安殿は苦笑する。
「お前は、出来る限りのことをやってきたと思うよ。間違ったことはしていない」
もう、言葉にならない。神野は泣いた。自分が何故泣いているのか、それさえも判らないままに。
何かを、叩きつけるように。
「だからな、神野。そう自分を責めるものじゃない。―――おれは、それもお前に言わなければと思っていたんだ」
柔らかな口調だった。
「………お前は、父上に似てるよ。父上も、ずっと罪の意識で自分を苛み続けた。早良の叔父上が怨霊となって父上を苦しめ続けるような方だったかどうかなんて、父上が一番よくご存知だったはずだ。それでも、父上は苦しみ続けた。その父上に、お前はそっくりだ」
子供をあやすように、神野の背を撫でる。
「東宮の頃、おれは早良親王や井上皇后の祟りと聞いて縮み上がった。誰でもいいから、彼らを成仏させてくれ、おれには関係ないんだ、と、そう思っていた。ただひたすら怖かった。だが、伊予の怨霊には、おれは耐えられなかった。伊予を死に追いやったのは、他ならぬこのおれだったからな。恐怖も中々厄介だが………罪の意識ってやつはな………これがまた、難しいもんだ………」
これがあの、やんちゃ坊主だった安殿なのだろうか?
罪の意識、などという言葉が、安殿の口から出てくるとは……
「―――意外か? おれがこんなことを言うのが」
心を読んだように、安殿が言った。
「信じる信じないは勝手だが、伊予の供養もしてるんだぞ。まあ、妻まで持ってる生臭坊主のおれだが、一応僧の端くれなんでな、経も少しは覚えた。―――薬子や仲成の供養をしてる内に、なんとなくそんな気分にもなってきてな。供養する人間も、近頃随分増えたよ。―――だからな、神野。あの詩はお前に言っているんじゃないんだ。責められるべきはおれだと思うし、おれはあれらをただ、悼んでいるだけだ、お前を責めたいんじゃない」
安殿は、神野の背に掌を置いたまま、じっとしている。
お前を責めたいんじゃない―――と。
判っていた。そんなことは、始めから。
一旦砕けてしまったものはもとには戻らず、過ぎ去ってしまった時間を取り戻すことは叶わない。
なのに、自分は赦されていて―――そして、その掌は、これほどに温かいのだ―――




