ゾンビパニックの始まり
驚いた俺は恐怖のあまり言葉を失った。
頭が真っ白になり、この炎天下でさえも冷や汗が湧き出るのを感じた。
この世界、やばすぎだろ。
そうだ。逃げなきゃ。いや、でも助けなきゃ。
俺が迷っていると、ひとりのおじさんがそこに向かって走り出した。
「おいやめろ!この犯罪者!」
声を上げながら、おじさんは助走をしてそいつにタックルを仕掛けた。
そのナイスタックルでバランスを崩したやつは横に倒れ、被害者から一瞬離れる形になった。
助けるなら今だ!
そう思った俺はポケットから杖を取り出し呪文を唱えた。
「シヴェ ディメンティス!(麻痺せよ)」
やつは硬直してその場を動かなくなった。
これでとりあえず危機的状況は抜けられたかな。俺は少しだけ安堵した。
そうだ。被害女性のほうを救わないと。あのままだと失血のしすぎで死ぬな。簡単な救済魔法しかできないけど、俺にできることを尽くさないと。
おじさんもそう考えたようで、被害女性に近づき容態を確認しようとした。
そこに近づいた俺に向かって失血措置を手伝うよう依頼した。
「これセクハラに当たらないといいんだけどな。」
少し冗談っぽく俺に向かって笑いながら言った。
言葉の意味がわからなかった俺は、セクハラってなに?と聞きたかったけど、場の空気を読んで笑って濁した。
そして被害女性のほうはまだ意識があるようで、目を開いた。
おじさんは安心させようと「もう大丈夫ですよ。」と言いかけたその時に、女性はえぐいほど大きく口を開けた。
ガブッ
吹き出る血しぶきを目の前にして、俺はこの出来事を理解できないでいた。
今助けられたはずの女は、恩人のおじさんを噛み付いたのであった。
おじさんはつらそうな悲鳴をあげ、混乱しているように見えた。俺は動揺してしまい、後ろに後ずさりした。
おかしい。おかしすぎるよこの世界。どうなってるんだよ!
そう考えているとほかの所からも叫びが聞こえた。見渡すといろんな所でヒトが人に噛み付き始めている。
体から血が吹き出て、人々の苦しむ姿はまるで地獄絵図そのものを見ているようであった。
俺もやられる。このままだとやられる。逃げなきゃ!
やっと正気に戻った俺は急いで逃げようとしたが、道の段差に足がつまづき転んだ。
なんで道にこんな段差があるんだよ!
派手に転んだ俺に気がつき、おじさんを襲っていたオンナは俺に注意を向けた。
あれはまるで餌を見つけたキマイラの目のようだった。
殺される。死ぬ。
しかし逃げたいのに恐怖で目をそらすことができない。もう俺はここまでかもしれない。
「おーい、こっちだよ!こっちに走って!」
声がする方に振り向くと、10メートルくらい離れた場所から一人の女の子が呼びかけてくれている。
あっちに向かって逃げればいいのか!俺は持てる力全てで立ち上がり、走り出した。
振り向くとオンナは追いかけに来てる。しつこいな!
「ディフェンシオニス!(防御せよ)」
俺は向かって来るオンナの前に向かって障壁の呪文を唱えた。オンナは見えない壁にぶつかり、その反動で大きく後ろに跳ね飛んだ。
ざまあ見やがれ!守りの呪文はこういう使い方もあるんだぜ!
その後走り続けた俺は女の子の所になんとかたどり着いたが、礼を言う間もなく、すぐに俺の手を引っ張って前に進み続けた。
「話は後で、とりあえず 逃げるよ!」
その子の必死の声に俺はうなづくしかなく、黙ったついていった。
そして程なくして、大きな建物を前にスピードを緩めた。
息切れ切れの俺が見上げると、その建造物の真ん中には109という数字が大きく描かれているのが見えた。
「シヴェ ディメンティス(麻痺せよ)」
護身魔法。相手を一時的に麻痺させる魔法のバレットを発射。魔法界では犯罪防止の観点により、護身以外の目的による使用を禁じている。麻痺の効果時間は術者が施術時に出したイメージと出力魔力に左右される。
「ディフェンシオニス(防御せよ)」
護身魔法。一定の魔力を放出し、術者がイメージした空間にバリアを発生させる。バリアの持続時間は術者の技能と魔力により左右されるが、基本的に数秒間しか持たない。しかし魔力を継続的に供給すれば持続させることは可能だが、その間ほかの行動ができない。




