第七話~生活品質の向上~
「いい天気ですねー」
朝十時の陽光は眩しく、寝不足と二日酔いの私にとっては少し辛かった。
昨日は夜中一時頃まで書いて、それから深夜テンションでメイドが近くの部屋で寝ているということに興奮してお酒を飲み過ぎてしまった。
さすがに私は悪くない、突然訪れた非日常が悪いのだ。
「神楽さんは昨日、眠れた?」
けれどそんな様子を微塵も感じさせるわけにはいかない。だって私、年上だから。
「あー……その、夜更かししちゃいました」
気まずそうに笑みを浮かべる神楽さんは右手人差し指で頬をかいた。癖なのだろうけど、それが随分と可愛らしいものに見える。
「あ、そうなんだ。やっぱり枕変わると眠れない? それとも音楽かけながら執筆してるの、うるさかった?」
「いえ、違うんです。先生の『カストール候の沈没船』を読んでいたら止まらなくて……結局、夜中の十二時まで読んでました」
申し訳なさそうに笑う神楽さん。けれど私はもうこれ以上ないくらい嬉しかった。
だっていくら著作が売れていると言われても、こうした読者の反応まではなかなか見られないから。ファンレターはもらったこともあるし、ネットの口コミで褒められたことだって多々ある。
けれどこうして生の声で睡眠時間を削ってまで読みましたというのはなかなか聞かない。
「え、ほんとに? 面白かった?」
だからもう年上の威厳もそこそこ売れっ子小説家という仮面も全部捨て去り、一人の物書きとしての興味が止まらない。にやけた顔を向け、鼻息が荒くなっているだろう私は相当キモいだろうけど、止められない。
「はい、すっごく面白かったです。流れるような文章と胸に迫る描写がすごくて、夢中で読んじゃいました」
けれど神楽さんは真っ直ぐな笑顔を私に向けてくれる。
「ほんとに? お気に入りの場面とかあったりする?」
「まだ全部読んでいないんですけど、沈没船をサルベージするために続々とその道のプロが集まるのが熱いです。単なる仲良しじゃなく、お金で繋がってるってのが良くって」
これは本当に読んでくれている人だ……。
「あのさ、神楽さん」
「はい、何でしょうか?」
「桐ダンス、買ってあげようか? もう今なら、何でも買っちゃう」
「いやいや、それは駄目ですよ。安いのでいいですから」
あー、きっとホストやキャバとかに貢いだり、推しにスパチャする人達ってこんな気持ちなんだろうか。一生わからないと思ってたけど、思わぬところでわかり合えるから人生って面白いな。
そんな雑談をしながら大型家具店に到着すると、思いの外混んでいた。あぁ、そういえば世間じゃ今日は休日だった気がする。普段家から出ないし、カレンダーなんて締切日以外は気にしないから気付かなかった。
「とりあえずタンスでしょ。寝具の替えのカバーでしょ。あとは何かあったっけ?」
「いえ、もう十分ですので」
あぁ、それもそうか。神楽さんから何が欲しいなんて、とても言えないだろう。
「神楽さん。私ね、まだ一日しか経ってないけど、神楽さんの働きぶりは認めてるの。できれば何年もそうしてほしいなって、もう思ってるんだ」
「ありがとうございます。それはすごく光栄です」
「だからこそ、快適な生活をしてほしいの。そうして心身ともに健康でいてもらってこそ、仕事が長続きすると思うんだよね」
「嬉しいです、そう思ってもらえて」
感極まった神楽さんが大型家具店の通路で口元を押さえ、涙をこらえる。
「だからね、実用的とかそうじゃないとか関係無く、何か買ってあげる。これがあれば生活の質が上がるってやつを」
「生活の質、ですか……」
少し考え込むように視線を落とした神楽さんに、私はもう即金で十万円くらいは出すつもりでいた。うんうんと唸りながら神楽さんと歩を進めていたが、不意に神楽さんが立ち止まったので私も足を止め、周囲に目を配る。
「あの……これ、欲しいです」
おずおずと神楽さんが指し示したのは少し大きなネコ型のクッションだった。
「あら、可愛いね。それでいいの?」
茶化すつもりは全く無かったけど、ついそんな訊き方になってしまった。
「はい、これがいいです。なんか先生に似てて、可愛いですから」
私、こんな丸っこいネコみたいな感じなのかな。もう少し運動とか食生活とか気にして、痩せた方が良いんだろうか。
それにしてもこんな二千円のものがいいなんて、物欲がないなぁ。今の若い子って、みんなこんな感じなのだろうか。
ともあれ、これで気分が上がるのならば私も嬉しい。私はそれをカートに入れ、二人してしばらく必要な物を物色しつつ、のんびりと過ごした。




