第六話~生活のルール~
晩ご飯は非常に美味しくいただけた。久々に高いレストランじゃないのに、こんな満足度を得られたのは素直に嬉しい。私は晩ご飯を終えるといつものように食休みを兼ねて、ソファでごろ寝しながらスマホでニュースや動画を垂れ流す。
その間も神楽さんは食器を洗い、それを終えると洗濯物を干す音が聞こえてきた。何だかずっと働いている音を聞いていると、もう少し頑張らないといけない気がしてきて私はスマホを閉じた。
執筆を始める前のルーティーンとして、コーヒーを飲むというのがある。何杯も連続で飲んだりはしない、始める前の一杯で私のスイッチが入るのだ。
「神楽さん、コーヒーお願いします」
「わかりました」
するとほどなくしてマグカップになみなみと注がれたコーヒーが運ばれてきた。私はパソコンデスクのそばに置いてもらうと、神楽さんの方へと目を向ける。
「さて、これで神楽さんの今日の仕事はおしまいです」
「へ?」
思わず素っ頓狂な声をあげた神楽さんに私は優しく微笑みかける。
「あとはもう、自由時間だから。あ、部屋は寝れるようになってるかな。確かあの部屋に客用の布団一式があったはずだし、エアコンもついてたから大丈夫だと思うけど」
「いえ、あの、先生はまだこれからお仕事なさるんですよね。その、コーヒーのおかわりとか」
「いいのいいの、そんなの自分で淹れるから」
「でしたら」
食い下がる神楽さんの髪の毛が少しだけ流れた。私は右手を広げてストップをかけるようなジェスチャーを見せる。
「これから私、夜中まで書いてるから。コーヒーなんていつ飲むかわからないものに付き合わせてたら、寝不足になっちゃうよ。明日の仕事に響いたら困るし」
「大丈夫です」
熱意があるのは嬉しいんだけど、一人の時間もほしいんだよねぇ。
「そうだなぁ、じゃあこれはもうルールにしようか」
私は腕組みし、じっと神楽さんの目を見る。まつ毛が長く、綺麗な目だ。
「私は朝、大体六時から八時の間に起きるけど、起きてから朝食を作って欲しい。その前に神楽さんがお腹空いてたら、先に食べて。お昼はまぁ、十二時に合わせようか。晩ご飯は七時か八時の間で。で、夜十時前にコーヒー淹れてくれたらその日の仕事はおしまい」
困惑した眼差しが返ってくる。けれど私はぶれないように見詰め返す。
「あと、仕事の合間に仮眠したり自由時間は作ってもかまわないから。私ほら、こんな人間だからあまり気にならないから、掃除も毎日隅々までしなくてもいいからね」
「えぇ、そんな」
「何が言いたいかって、無理なくやってほしいの。ね、これがルールだから。無理なら契約自体も考え直さないといけないけど」
「わわっ、それは困ります」
そんなつもりは今のとこないけど、このくらい言わないと従ってくれなさそうだ。
「……わかりました」
渋々ながらも小さくうなずいてくれたことに安堵が広がる。よかった。夜に執筆してる時に後ろで待機されてたら、さすがに気が散るもんなぁ。
「それでは、おやすみなさい先生」
「うん、おやすみ」
そうして神楽さんが一歩下がり、踵を返した時だった。私は伝え忘れていたことを思い出し、ぱちんと胸の前で手を叩く。何事かと神楽さんが振り向けば、ポニーテールがふわりと揺れた。
「明日ね、買い物に行こう。神楽さんの必要な物を買いに」
「え? いえ、それは執筆の邪魔になるでしょうから私一人で行きますよ」
「気分転換も必要なのよ、小説家には。それに小物は買えても、大物は買えないでしょ。あの部屋、タンスとかなかったからさ」
「えぇ? さすがにそんな」
目を大きく開いて驚く神楽さんに、私は軽く手を振った。
「いやいや、さすがに何十万もする桐ダンスみたいなのは買わないよ。まぁでも、予備にあってもいいかなって思ったんだ。だから私が使わない間、使ってて」
「先生……」
口元に両手を当て、神楽さんが声を震わせる。タンスと言っても、ほんとに安いやつにしようと考えてるから期待し過ぎで申し訳なく思うけど、こういう反応は嬉しい。
それに、すごく可愛い。なんか今なら、服とかバッグとか買ってあげそうな自分が怖い……。
「ま、そんなわけだから明日よろしくね」
「はい、わかりました。それではおやすみなさい、先生」
嬉しそうにぺこりと頭を下げ、洗面所へと向かうその背を見送る。そうして私はほんの少し冷めたであろうコーヒーを一口すすろうとしたが、まだ熱そうなのでやめておく。
はー、書くかぁ。
いつものようにスマホから音楽を流し始めると、私はキーボードを打ち始めた。




