第四十六話~ぎこちなくも新しい一歩~
「冷えたでしょ。先にシャワー浴びてきなよ」
「わかりました」
帰り道はほとんど無言だった。そうして家に着いてからも、神楽さんは伏し目がちで借りてきた猫のよう。このまま所在なさそうにただいるよりは、なにか指示を与えたほうがよさそうだと思い、半ば強引に浴室へと向かわせた。
「さて、と」
私も疲れたけど、なによりお腹が空いた。神楽さんだってお昼食べていないだろうから、空腹のはずだ。さすがに仕事だとか、私が怒っているからだとか差し引いても、あんな状態の人にご飯を作ってくれというのは気が引ける。
冷凍庫から凍ったご飯玉を二つ取り出すと、電子レンジで解凍した。そうしてフライパンに油をひき、溶き卵を投入してチャーハンを作り始める。
自分で作るのなんて、久々だ。一応料理は作れるけど、凝ったものはできない。下ごしらえもよほど気が乗らないとやらない。だから一人の時は大抵、チャーハンを作っていたからか、体がある程度覚えてくれていた。
「えっ、先生、ご飯作ったんですか?」
シャワーを浴び終えた神楽さんは新しい私服に着替えてリビングに戻るなり、大きく目を開いて私を見る。私は苦笑しながら、食卓に溶き卵の味噌汁をチャーハンの横に置いた。
「久々に作ったんだけど、時間配分含めて失敗しちゃった。少し冷めちゃったし、ご飯もあまりパラパラになってないや」
けれど神楽さんは口元を両手で押さえ、じっとそれを見ていた。
「ありがとうございます、先生。本当に、美味しそうです」
「まぁ、食べよう。私もお腹空いたんだ」
「はい」
いつもの席に着くなり、いただきますと手を合わせる。そうして味噌汁をすすると、これはまぁまぁ上手くできていた。
「美味しいです」
「最近の味噌は出汁入ってるから、溶かすだけだしねぇ」
そうして口元と胃が温まるのを感じてから、チャーハンを口に運んだ。味見をしないで目分量で作ったのだが、感覚を覚えていたからか久々に私の味がちゃんとした。
「どうかなぁ。瑞希は前に食べた時、ちょっとしょっぱいと言いながらバクバク食べてたけど、もし濃かったら残していいからね」
「いえ……すごく、すごく美味しいです。ふわっと香る醤油の匂いも食欲を増します」
「最後に鍋肌に醤油を垂らして、余熱で飛ばした香りをご飯で包むのが私のやり方なんだ」
神楽さんは目元をわずかに滲ませながら、噛みしめるように食べる。本当に久しぶりに誰かに料理を振る舞ったものの、こうも嬉しそうに食べてくれると報われる。
お互いにお腹が空いていたからか、ほぼ無言で一気に食べ終えた。
「あの、洗い物はさすがにやりますので」
「待って」
立ち上がろうとした神楽さんを呼び止める。浮かせかけた腰を神楽さんが下ろし、不安げな目を向けてきた。
「あのさ……まぁちょっと、いろんなイライラが重なってあんな態度をとったのは、大人げなかったよ。ごめん」
視線を外し、私は唇を結んだ。正直、まだちょっとだけやりきれなさは残っている。それでも、こんな状態で一緒に生活はできない。頭を下げることによって事が収まるのなら、そうするべきだ。特に自分の中で譲れないものではない限り。
「あ、いえ、私のほうこそ先生の大切なものを壊してしまい、すみませんでした」
神楽さんも深々と頭を下げた。当然だと思う反面、お互いにこのままだと前に進めない。この空気をどうにか変えたい。けれど、どうすればいいのか……。
「あのさ、明日一緒にマグカップ買いに行かない?」
料理の残り香が消えかけた頃、私はそう提案してみた。すると神楽さんは少し驚いたような顔をし、目をぱちくりさせる。
「あ、それなら私、弁償しますので」
「違う違う、そうじゃない。割れたやつはもう、古かったからさ。なんて言うか……一緒にこれからも生活するのなら、記念ってわけじゃないけど、同じ日に買ったものがあってもいいじゃない」
一緒に住み始めてすぐ、神楽さん専用の箸やお茶碗は買った。けれどマグカップは私の戸棚にあったものを使っている。神楽さん自身、そんなに使う機会がなかったからだ。
「お揃いの、ですか?」
戸惑い気味に訊く神楽さんの言葉に、私はハッとして大きく手と首を横に振った。
「あ、違う違う、そういう意味じゃなくてね。お互いに気に入ったのをそれぞれ買おうってこと。全然違う柄でもいいんだよ」
「そうなんですね。わかりました。じゃあ、明日ご一緒します」
にこりと笑う神楽さんは、まだいつもの感じではなかった。でもそれは私も同じだろう。お互いに傷を負った。謝り、和解したとしてもすぐには元に戻れない。
ただそれでも、神楽さんはここへ帰りたいと言ってくれた。
私も神楽さんを捜しに行った。
それさえ信じ続けられるのならば、きっと大丈夫だろう。




