第四十一話~誰も悪くない孤独~
約束の十二時、インターホンが鳴った。もう見知っている二人なので、私は神楽さんに対応を任せると、執筆作業を中断する。
「お邪魔しまーす」
瑞希と藤崎さんがそれぞれ両手に荷物を持ち、美味しそうな匂いを漂わせながら家に入ってきた。ピザのみならず、飲み物も買ってきてくれたみたいだ。気が利くなぁ。
「はい、お疲れ様。じゃあもう帰っていいよ」
私はにこやかに藤崎さんに笑いかける。
「あー、夢野先生ひどい。ねぇほら神楽さん、こうして先生って私をいじめるんだよ」
「ダメですよ、先生。せっかく買ってきてくださったんですから」
おっと、神楽さんがこんなふうに言うなんて思ってもいなかった。
「ほらほら、早く食べましょう。冷めたら美味しくなくなるよ」
すると瑞希がテーブルの上にピザを置く。まぁ、確かにここでいたずらに時間を使うのはピザへの冒涜になる。まだ熱々で、とろけるチーズを堪能したいのだから。
「じゃあすぐにコップとお皿、焼きそばを持ってきますね」
ワイワイと各自が準備する中、私はソファに座ってじっと待つ。なにも私まで動かなくてもいい。だって四人も動けば邪魔だろうから。
神楽さんを中心に手際よく準備が終わると、私達はコーラで満たされたコップを手にする。そうして瑞希がぐるりと周囲を確認してから、グラスを少し高く掲げた。
「それじゃあ、先生のドラマ化をお祝いして、かんぱーい」
わぁっと歓声が上がり、グラスをそれぞれ合わせる。大酒呑みの私だけど、別に飲まなきゃ飲まないでもいい。というか、もうお昼から飲もうとはあまり考えていないのだから。
「いやー、しかし夢野先生、すごいですね。ドラマ化ですか」
藤崎さんがピザの具をお皿にこぼしながら口に運ぶ。
「まだ正直、信じられないけどね。でもこれで、もっと私の名前が広く知れ渡るといいなぁとは思ってるよ」
「それはもう、間違いありませんよ。あぁ、でも瑞希さんいいなぁ。担当していた作家さんの作品がドラマ化されるなんて。先生、うちにも是非、そういうのをお願いしますね」
「なるべくそうしたいけどね」
「一度、ドラマ化されたら業界でも使いやすくなるだろうから、これからいろんな作品で声がかかるんじゃないかな。忙しくなりますよ、先生」
瑞希が不敵に笑うと、藤崎さんと神楽さんが顔を見合わせて嬉しそうに笑った。
「しかし、やっぱり不思議なんだよね」
「なにがです?」
私はマルゲリータを頬張りながら、小首を捻る。すぐに反応したのは神楽さんだった。
「いやだってさ、本はそれなりに売れてるとは思ってるよ。でもさ、いきなり全国区の夜十時なんてありえないよ。普通、深夜とかローカル局じゃないの?」
「普通はそうでしょうね。ただ、先生の知名度は読書をしている人ならそれなりに知られていますし、そこまで突飛な話じゃないかと。それに、私もこれは編集長から聞いた話なんですけど」
瑞希が欲張りセットピザを一枚食べ終えると、コーラを飲む。私達はつい、瑞希のほうへと顔を寄せた。
「なんでも今回の企画を決めた人、先生のファンらしいんですよ。普段あまり読書をされない方みたいなんですけど、人に勧められてハマったみたいで」
凛さんのお店でも、テレビ局の人がどうとか言ってたけど……本当にそうなのかな?
「すごいですね、先生。私もそうでしたけど、先生の作品って一度読んだらついついのめり込んじゃうんですよ。読みやすさと、どこか王道でありながらハラハラさせる展開の中で新しい要素が入ってて、止まらないんですよ」
神楽さんは藤崎さんと同じピザを食べているけど、折りたたむようにして食べているからか、具材がまったくこぼれていない。
「神楽さん、すごくしっかり読んでいるのね。ねぇ、夢野先生と一緒に暮らしてるわけでしょ。先生の今書いてる作品とか、読ませてもらっているの?」
「いえ、それは読まないようにしています」
そのはっきりとした物言いに、思わず瑞希と藤崎さんが大きく目を開けた。
「先生からどうかと言われたら見ますけど、基本的には読んでいません。だからどんな内容なのか、まったくわからないです」
「えー、気にならないの? 結構ハマってるんだよね、夢野作品に」
「はい。それはもう、すっごくハマってますよ。でも、一ファンとしては世に出てから読ませてもらおうかなと。そうじゃないと、他のファンのかたに失礼ですから」
すごい、ファンの鑑だ。
そして同時に、安易に見せて意見を求めなくて良かったと安堵する。こんな覚悟の人に、気さくに読んでと執筆途中の原稿は見せられない。嬉しいけど、これはもう書いているシーンの感想をもらったりできないな。
「神楽さん、偉すぎる。私なんかこうして編集者の立場だけど、昔からの一ファンでもあるから、原稿送られるたびに役得だって思ってるのに。そうじゃない、藤崎さん?」
二枚目のマルゲリータを食べている藤崎さんは、やっぱり具材をお皿に落とす。
「そうです、瑞希さんの言う通りです。先生の作品を読んでファンになった身からすれば、午前中に送られてくる出来立ての原稿を読ませてもらう時が幸せなんですよね。ただ、編集者として全部絶賛はできないからチェック入れるのが苦しくて」
「わかる、すっごいそれわかる。本当はね、入れたくないの。それもあやめの味だと思ってるから。ただ、私は世に夢野桔梗を広めたいし、もっと売れる作家になって欲しいから、やらざるを得ないんだよね」
「ですよねー、瑞希さん」
大盛り上がりする二人を尻目に、私と神楽さんはピザを食べ進める。あぁ、それにしても美味しい。チーズって焼くだけで幸せの味だ。ちょっと固まってきたけど、それでもまだまだ美味しさは損なわれていない。
「ねぇ、神楽さん」
不意に瑞希が神楽さんをじっと見詰めた。その視線がなんなのかわからず、神楽さんが目をぱちくりさせながら笑顔が強張る。
「私達、藤崎さんもだけど、先生のファンでしょ?」
「はい、そうですね」
「じゃあさ、もう『神楽さん』じゃなくて、親しみを込めて『凪』って呼んでもいいかな?」
少し驚いたように目を大きく開けた神楽さんだったけど、すぐに嬉しそうに笑った。
「はい、かまいませんよ」
すると瑞希と藤崎さんが手を合わせるフリをした。フリに留まったのはきっと、互いの手が油で汚れているからだろう。
「やったー。神楽さん……じゃなくて、凪ってなんか可愛い妹みたいで。ずっとそういう風に呼びたいなって思ってたんだ。あ、嫌ならやめるから。それはもう、遠慮なく言って」
「いえ、私も嬉しいです。本当に……親しみを込めて名前で呼んでもらえるの、嬉しくて」
万感を込めたように神楽さんがそう言えば、瑞希も藤崎さんも優しい笑顔でうなずく。
「だってねぇ、もう仲間みたいなものよ。あ、私は瑞希でいいよ」
「私も瑠璃でいいから」
じゃあ私もあやめで、なんて言い出せなかった。どうしても編集者二人とメイド、そして作家先生となれば偉ぶるわけじゃないけど、私だけが一段違う高さにいるのがわかる。
だから私はその様子をどこか遠くに感じ、誤魔化すようにピザを食べる。
きゃっきゃと笑う三人をどこか羨ましく、同時にちょっとだけ憎たらしく思う。心が狭いと言われれば、それまでだ。本当は私も入れて、そう言えればきっとみんな素直に迎えてくれるだろう。
それを許さないのはちっぽけなプライド、そして責任ある立場。
「うわぁ、焼きそばも美味しい。凪、本当に料理上手なんだねぇ」
「ありがとうございます」
楽しげなピザパーティー。気付けば主役の私が一番寂しさを覚え始めていた。




