第三十九話~メイド失格?~
「あ、おはようございます」
昨日は帰ってから神楽さんを部屋に運び、私も早々に寝たため、いつもより早起きした。まだ六時半、けれどもう二度寝はできそうもない。なのでリビングに行くと、明らかに疲れている神楽さんがキッチンで料理をしていた。
「なんか調子悪そうだけど、大丈夫?」
「ごめんなさい、先生。昨日また飲み過ぎたのか、酔っ払ってしまって……凛さんのお店出たあたりから、記憶がないんです」
「まぁ、そうだろうね」
具合悪そうな神楽さんを見ていると、ふと昨日のタクシーでの出来事を思い出す。酔っていたとはいえ、好きだと言ってくれた神楽さん。それをそっと抱き締めた私。
きっと覚えていないだろう。でも、それでいい。
「私、なにか失礼なこと言ったりしたりしてませんでしたか?」
不安そうな神楽さんを見て、私は笑顔で首を横に振る。
「ううん、なにもなかったよ。覚えていないだろうけど、静かにタクシーに乗って、帰ったらそのまま部屋に行ったからさ」
「そうですか。よかった」
私も酔って記憶をなくした経験がある。それも、かなり。そういう時はいつだって目覚めたら不安でたまらなく、必死に記憶の糸を辿ろうとするけどプツリと途切れている。そしてその相手は大体瑞希なのだが、いつも呆れられていた。
だからこうして、少しでも安心した神楽さんの様子を見て、良いことをしたなとこっそり自画自賛する。お酒は楽しく飲むもので、楽しく目覚めるまでが飲み会なのだ。時間とお金を使って、嫌な思い出になんかしたくない。
「先生は大丈夫そうですね。さすが、お強い」
「まぁ、ほんのちょっとは残ってるよ。あ、お水もらっていいかな」
私は神楽さんから水の入ったコップを受け取ると、一気に飲み干した。そうしてもう一杯もらい、今度は何度かに分けて飲み干す。
「私は自分の限界がわかってるし、こうしてお水もたくさん飲むからね」
「そうなんですね。じゃあ、私も」
神楽さんも飲み始めるけど、体調が悪いのか、水を噛むようにして少しずつ飲む。料理の合間になんとか一杯飲み終えると、大きく息を吐き出す。
「今日はあの、雑炊でいいですか? 玉子雑炊なんですけど。お味噌汁はしじみです」
「おっ、しじみはいいね。二日酔いに効くよ」
「はい。多分こうなるかなと思ったので昨日のうちに買って、下処理は終わってます」
「さすが、できるメイドは違うね。じゃあちょっと、顔洗ってくるよ」
そんなにお酒が残っていないとはいえ、一人だと朝ご飯なんか作らない。だからこうして作ってくれるだけ嬉しいし、ましてやしじみの味噌汁が出てくるのはもっと嬉しい。
二日酔いにはオルニチン。それが酒飲みの合言葉。
顔を洗い、着替えると料理が出来上がっていた。もう食卓に並べられ、神楽さんと向かい合うように座ると、いただきますと手を合わせる。
「昨日は楽しかった?」
味噌汁をすすると、私は神楽さんを見る。
「はい、すごく。料理もお酒も美味しくて、いろんな発見があって……でも、飲み過ぎてしまったのが反省点ですね」
「そんな大きな失敗してないんだから、反省なんかいらないよ。それにきっと、飲み過ぎたのも楽しかったからでしょ。あとはまだ、自分のペースをつかめていないからだよ」
面目なさそうに、どこか卑下したように神楽さんが笑う。
「そうなんですよ。楽しかったんです、すごく。でも、それで自分を見失っちゃダメですよね。メイドとして、ダメダメです」
「んー、ちょっといいかな」
私は食事の手を止め、じっと神楽さんを見詰める。その視線が強かったからなのか、神楽さんの顔が次第に真顔へと変わっていく。
「昨日の飲み会はお仕事の一環として行ったの?」
「あ、いえ、そうではないです」
ばつが悪そうに、神楽さんが少し視線を下げた。
「だよね。私もね、きっと無いとは思うけど、メイドとして同席して欲しいならそう言うよ。でもね、昨日は神楽凪、個人として行ってくれたんでしょ」
「はい、そうです……」
うつむく神楽さんに、私はことさら大きく息を吐いた。
「だからね、そういう言いかたをしちゃダメ。それはね、メイドとしての神楽凪を貶めるよ。私は個人としての神楽凪と一緒に、昨日は飲んで楽しんだ。多少はめが外れようが、酔って記憶を無くそうが、別にどうでもいいの。それでいいじゃない」
「先生……」
「私だって昨日、小説家の夢野桔梗として飲みに行ったわけじゃないんだからさ」
いけない、どうにも説教臭くなってしまった。今よりもう少し若い頃、こういうことを言う人が一番嫌いだったはずなのに。
「そうですね。うん……先生はやっぱり、いい人です」
神楽さんがゆっくりと雑炊をスプーンですくった。私は猫舌なので、ふうふうと執拗に冷ます。そうして口に運んだ雑炊はすごく優しく、思わず涙がこぼれそうになる。
でもそのわけを私はまだ、知らなかった。




