第二十九話~休日~
「あのさ、今更なんだけど、一ついいかな?」
朝食の海苔雑炊を食べ終えると、口直しの水を飲んでから私は神楽さんをじっと見た。洗濯物を畳んでいた神楽さんは私の声のトーンにただならぬものを感じたのか、すぐに立ち上がってこちらへと向き直る。
「はい、なんでしょうか?」
「私ね、この生活に最初すごい戸惑ったんだ。で、慣れてきたら快適になってきて、もうこれが当たり前に感じるようになってきたんだよね」
「ありがとうございます」
深々と一礼する神楽さんの表情は硬い。
「言い訳じゃないけど、こうして暮らしているうちに神楽さんがいることが自然なことだと感じてきちゃったんだよね。当たり前、というか」
私がテーブルの上で手を組むと、神楽さんの表情がより引き締まった。大きく一つ深呼吸をしてから、私はもう一度その目をしっかりと見詰める。
「神楽さん、お休みの日ってそういえば無いよね」
「え、あ、はい。そうですね」
キョトンとしたものの、すぐにさも当然のような顔でうなずいた神楽さんに、私はテーブルに頭をつけて土下座のような体勢になる。
「ほんっと、ごめん。全然気付かなかったというか、すっかり頭から抜けてた。ここに来てからもう、どのくらいだっけ?」
「そうですね、そろそろ二ヶ月でしょうか」
「二ヶ月休みなし……。労基に駆け込まれたら、間違いなく人生が終わるレベルで働かせていた。いや私自身、休みがあるようでない感じだから、つい。って、それはもう、言い訳だよね。神楽さんもなにも言わなかったから……」
曜日の感覚が無く、いつの間にか自然と私の生活に溶け込んでいたから、まるで家族のようにも思っていたのだろう。しかしこれ、訴えられればかなりヤバイんじゃないだろうか。神楽さんに限ってそんなことはないだろうけど、でも……。
「あのぅ先生、顔を上げてください」
どんな侮蔑の目を向けられるのかなと、おそるおそる顔を上げれば、神楽さんは笑っていた。
けれど笑いには二種類ある。一つは喜び、もう一つは怒りの上限を突破した時だ。私はまだ安心できず、何を言われてもいいように心の準備をする。
でもその準備でもう、心が傷付き壊れそうだ。
「お休みの件は私も言い出さなかったのが悪かったんですけど、そもそも私、特に必要としていませんし」
社畜の鑑のような発言だ。いやいや、私はブラック企業なんかじゃない。
「いやいや、完全にオフの日だって欲しいでしょ。どっか好きなとこ行ったり、誰かと会ったり、何なら一日ずっと寝てたりとか」
「うーん……私、趣味とかあまりなくて。強いて言えば、こうして家事をすることなんですよね。あとは先生の著作を読むくらいでしょうか。誰かと会うと言いましても私、友達とかそんなにいないので」
ヤバい、これはこれで大きな地雷を踏んでしまったか? 別に私、ボッチをあばきたかったわけじゃないのに。
「あ、そ、そうなんだ」
「それに先生、ちゃんと休憩をくれますし、お仕事の終わりの時間を決めていますから苦にならなくて。あとジョギングとか一緒にお買い物とか、仕事とは思っていないので」
とは言っても、完全オフの日があるのと無いのとでは大違いだろう。
「じゃあさ、今日これから。いや、もう仕事してるからあれか。明日一日を完全オフの日にしよう。もう完全に仕事や私のことを忘れてもらって、羽を伸ばす日を作ろう」
「ワガママを言わせてもらうのならば、嫌です」
明確に神楽さんから否定されたのはこれが初めてだったため、正直驚いた。それも休みをいらないという回答なのだから、なおさらだ。
「え、なんで?」
「失礼を承知で言わせていただくなら、翌日のお仕事が溜まっちゃいますし。それにその、落ち着かないですから」
どういうことなのかわからず首をひねっていると、神楽さんがどこか泣きそうな顔で私を見詰めていた。
「先生のご飯を作って、お洗濯してお掃除して、仕事に取り掛かる時にはコーヒーを淹れる。お掃除も買い出しも、楽しいんです。だって先生、いつだって褒めてくれたり、感謝してくれるから」
きゅっと神楽さんが服の裾をつかんでいる。
「私、先生の『ありがとう』や『嬉しいよ』が聞けないのは寂しいので」
「いや、感謝をするのは当然でしょ。自分がやってないことをやってもらっているんだからさ」
「そういう考えをしてくださるからこそ、お休みいらないんです」
言ってることはよくわからないけど、とにかくなんだか泣きそうなほど嫌がってるのは伝わってきた。
「まあ、そこまで言うのなら、じゃあこれまで通りで。でも、何か休みが欲しいとかあったら遠慮なく言ってね。あと具合が悪いとか、手抜きしたいとか。別にそれ、悪いことじゃないからね」
「はい、ありがとうございます。先生はやっぱり、優しいです」
満面の笑みの神楽さんを見て、私は多分間違ってはいなかったのだろう。そんな安堵が一気に広がり、朝食を食べたばかりなのにドッと疲れが押し寄せた。
ただそれでも、神楽さんが私を嫌いにならないでいてくれた。
その事実だけがなによりも嬉しくて、ひたすら噛みしめていられる。そしてまた、甘えてもいいのかな、甘えたほうがいいのかな、と思ってしまう。
「あの、お風呂のカビ取り終わったと思うので、すみません」
どうしたものかと神楽さんをじっと見ていると、何だか急ぐようにこの場を離れてしまった。別の仕事も並行していたのか、働き者だなぁ。私も頑張らないと。
私はもう一度大きな溜息をつくと、仕事をするためにパソコンへと向かった。




