第二十八話~あやめの恋愛事情~
「一度も? 学生時代、すっごいモテたんじゃないの?」
「いえ、その、当時はさらに輪をかけて幼く見えていたからか、なかったですね」
確かに童顔だけど、整った可愛い顔立ちをしている。だからより幼くなったとしても、可愛さはわかるだろうに。見る目が無いな、同級生。
「もったいない。こんなに可愛くて気立てが良くて、最高の人なのに」
「ほ、褒め過ぎですってばぁ」
顔を真っ赤にし、新しいお酒をちびりと飲む神楽さんが可愛くて、愛おしい。ほんとにもう、可愛くてたまらない。
「あの、先生はどうだったんです? 先生のそのお話、聞きたいです」
「え、私?」
自分を指さすと、神楽さんがこくこくとうなずく。まぁ、神楽さんの話が聞きたいからといって一方的に聞き出し続けるのは確かによくない。
「私はね、全然モテなかったよ。恋愛対象が女の人ってのもあって、なおさらね。あ、でも一度だけ付き合ったかな。高校二年生の時に、いっこ上の先輩と」
「その人って、女の人ですか?」
ためらいがちに訊く神楽さんの表情に、一瞬私はその過去を見た。懐かしさと寂しさがサッと通り過ぎ、後に残ったのは切ない思い出。
「そう。その先輩が卒業するまで続いたんだよね。同性愛がバレて居心地悪くなった教室にいられなくなり、図書室で時間潰してたら気にかけてくれたんだ。それから仲良くなってね、付き合ったんだ」
「そうなんですね」
その返事には、どこか興味がなさそうな冷たさがあった。事務的な口調なのに、なぜか唇を少し尖らせている。その瞬間、これは神楽さんにとって面白くない話なんだろうなと考え、続きを話すのをやめることにした。
「ま、いろいろあるのよ私にも」
神楽さんは大きくうなずきつつも、なぜかちょっと唇を突き出して、すっきりしない顔をしている。若い子を喜ばせる話題って難しいなぁ。
「あのぅ、先生。今現在って、そういう人いるんですか?」
まるで今にも壊れそうな薄氷に触れるように、神楽さんが訊いてきた。その表情があまりにも面白かったのと、今の身の上を合わせて考えて、私は思わず笑ってしまう。
「ううん、いないよ。出会いは無いし、二十六でだらしない女なんて需要ないからね。下っ腹は出てきてるし、オシャレも皆無だし、なにより可愛さを忘れちゃってるからさ」
「そんなことないですよ! 先生はいつだって素敵ですから」
思いがけない大きな声に驚いて目を丸くし、お酒を傾ける手を止める。神楽さんは自分の声量に気付いたのか、ばつの悪い顔になって頭を下げた。
「すみません。でも、本当にそうなんです。先生は自分で思っているより、ずっとずっとすごくて、魅力的なんですから」
「ありがとう。そう言ってくれるの、神楽さんくらいだよ」
胸の奥が甘く酔った感じになる。私は照れ笑いを誤魔化すように鶏皮を食べ、グラスを傾けた。すると空になったグラスに気付いたのか、神楽さんがお酌をしてくれる。
あれ、神楽さんの耳、赤い?
……酔ってきたのかな。
「まぁ、でも実際に出会いはないし、仮に付き合ったとしても問題が多いんだよね」
「と言いますと?」
私は腕組みをし、ううんと一つうなった。
「まず、出不精だからね。おまけに今は仕事に追われてるから、『ここ行きたいあそこに行きたい』と誘われても、なかなか相手のタイミングに合わせられないんだよね。おまけに頻繁に連絡を取るのが面倒でさ」
「確かに先生、忙しいですもんね」
「あとは家に上げたとしても、今はマシになったけど前はほら、かなり汚かったからね。これ、神楽さんがいなくなったら、またすぐに元通りだよ」
「えへへ、じゃあずっといないとならないですね」
それはありがたいけど、ずっといたらお互い気まずくなるだろうに。
「ま、しばらくはこの生活が続きそうだね」
「ふふっ、そうかもしれませんね」
神楽さんが缶を傾ける。その顔は先程よりも赤くなってきており、妙に笑顔が緩んでいるようにも見えた。
「神楽さん、結構顔赤くなってきたから、そろそろお開きにしようか」
「え……あ、はい。わかりました」
一瞬視線を下げ、頬に手を添える神楽さんの仕草が可愛い。ほんと、世の男性陣よ申し訳ない。こんな可愛い神楽さんを私、独占しているのだから。
「先生まだ飲まれますよね? おつまみは多かったら残してもいいので」
「うん、わかったよ。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい、先生」
ぺこりと頭を下げてから立ち上がると、神楽さんはキッチンへ行き水を飲む。私の言いつけを守ってくれていることが嬉しくなり、笑顔を向ける。するとこれまた満面の笑みを返してくれた。
そうしてもう一度、おやすみを言い合うと神楽さんは自室へと入った。足取りはしっかりしていたので、そんなに酔ってはいないのだろう。
……あれ、でも顔とか結構赤かったよね。
まぁでも、顔に出やすい人とそうでない人がいるから、神楽さんはほろ酔いでも顔が赤くなるタイプなのだろう。
それにしても、可愛かった。おつまみも美味しいし、素敵な一日の終わりだ。
私は最後の鶏皮を食べると、まだ生ハムとチーズのオイル漬けが残っていることに気付いた。残すのは悪いし、まだ夜は長い。そんな言い訳と共に日本酒を注ぐと、くいっと傾けてからソファに深くもたれた。




