第二十七話~晩酌のおつまみ、恋バナを添えて~
「あのさ、今日また一緒に飲まない?」
晩ご飯の鶏むね肉のネギ塩だれを食べている最中、私がそうおそるおそる提案すると、神楽さんは思いっきり口角を上げてからこくこくと何度もうなずいた。
「はい、ぜひ。あ、でも今日はセーブします。あと、おつまみ作らせてください。いい食材があるもので」
「そうなんだ。じゃあ……十一時から飲もうか。私もそれまでに仕事、終わらせるから」
「よろしくお願いします」
その時間まで集中して仕事をした。脳をショート寸前なほどフル回転させたからか、終わった時にはエネルギー切れになってしまった。晩ご飯食べたのに、もう空腹を感じる。私は出来上がった原稿を瑞希にメールで送ると、ぐったりと背もたれに寄りかかった。
「あのぅ、そろそろ準備してもよろしいでしょうか?」
自室から出てきた神楽さんは昨日とはちょっとデザインが違うけど、ピンクのパジャマ姿だった。まだポニーテールのままなのは、おつまみを作ってくれるからだろう。
「うん、私も仕事終わったよ。今日もパジャマ姿なんだね。もしかしたらメイド服のままかと思ってたよ」
「いや、あの……また酔って寝ちゃったら困るので」
照れ笑いをし、頬を指でかきながら、神楽さんはそのままキッチンへと向かう。そうして冷蔵庫から何かを取り出し、炒め始めた。何を作っているのか気になるけど、あえて見ない。どうせすぐわかるし、その間のお楽しみにしておきたいから。
私は冷蔵庫から缶チューハイと日本酒を取り出し、それぞれの位置にセットする。今日はせがまれても日本酒は飲ませないでおこうと、固く誓いながら。
「お待たせしました。鶏皮ポン酢と生ハムとチーズのオイル漬けです。鶏皮はお好みで一味唐辛子をかけてくださいね」
「おぉ、すごい! 美味しそう」
小鉢にはカリカリに焼き上がった鶏皮にポン酢がかけられたものと、オリーブオイルをまとった切り落としの生ハムとチーズがそれぞれ入っている。どちらもお店で食べたことがあるけど、神楽さんのは一体どれだけ美味しいのだろうか。
「今日の晩ご飯、鶏むね肉を使ったんですけど、その皮が余ったのでおつまみにしました」
「余すところなく使うって、いいね。エコだし、美味しいし」
嬉しそうに目を細める神楽さんが私のお酒を注いでくれたので、私も神楽さんの缶チューハイを開けてあげた。
「グレープフルーツですか」
「苦手だった? 嫌なら私それ飲むから、違うの出すよ」
「いえ、これがいいです」
「そっか。じゃあ、乾杯」
グラスと缶を重ねると、まず一口。疲れた体に冷たい日本酒が流れ込み、すぐに熱くなる。そうして鼻から抜ける豊潤な香り。あぁ、生きていて幸せ。
「美味しいですね、このお酒。ほどほどの強さなので、いい感じです」
「あ、ほんと? よかったー。今日はね、ほどほどに飲もうの会。神楽さんはまずお酒を好きになってもらって、慣れてもらわないとね」
私は自分の小鉢に鶏皮を取ると、一味を振りかける。そうして口の中に入れると、カリカリした食感と香ばしさの下から、柔らかく甘い脂がじゅわっと出てきた。ポン酢がその後味をでさっぱりさせ、一味がさらに味を引き締める。
「うわぁ、美味しい。居酒屋で食べたやつより、全然美味しい。さすが神楽さんだね」
「そんなに褒めてもらえると、作ったかいがあります。では私も……うん、美味しい!」
これはお酒が進む。絶対後悔するだろうけど、この三倍は食べてみたい。
「次はチーズの方も。生ハムと一緒に食べたほうがいいんだよね?」
「そうですね」
口に入れた瞬間に走る脳への甘い痺れ。あぁ、これはもう背徳の味。
「生ハムのしょっぱさがチーズとオイルでやわらぎ、まろやかな美味しさが広がる。でも、噛んでいたらちゃんとしょっぱくて……すごい」
「先生、小説家だけあって食レポ上手ですよね」
「料理が美味しすぎるから、どんどん褒めたくなるんだよ」
お酒が進む、笑顔が絶えない。こんな飲み会はいつだって楽しくて、幸せで、思い出に残る。きっとこの先、五年や十年経っても覚えているだろう。
「こんなに美味しいもの作れて、なんでもできるのならさ、働きに行った先で求婚とかお付き合いの打診とかされたりしないの?」
「守秘義務です。……と言いたいところですけど、実際にはありましたね」
ふにゃっと笑いながら神楽さんがお酒を傾ける。私はやっぱりそうかと当然のように納得しつつも、どうしてか心の奥がモヤモヤした。
「やっぱりそうなんだ」
「大抵の方は結婚されていますし、何もないんですけどね。二度ほど、依頼者の方から『息子の嫁に』とは言われたことがありますね」
「そういうのってさ、ハッキリ断るの?」
「そうですね。お仕事で来ているので、そこに別の感情を入れられたくないですから。それに、私だって一応自分で決めたいですし」
後半は恥ずかしくなったのか、声が小さくなってしまった。ただ、私は安堵と同時になぜか心の奥が重くなるのを感じ、わけがわからず眉根を寄せる。
「じゃあさ、神楽さんはどんな人がタイプなの?」
「えぇー、そういうのは恥ずかしいですから」
「ほら、女子会の定番は恋バナよ。私ほら、普段人と接しないから口は堅いよ」
「あぅ……」
困ったようにうつむき、パクパクとチーズを頬張っていた神楽さんも私の熱視線に負けたのか、やがておずおずとこちらへと目を向けた。
「まぁ、その、優しい人ですかね」
「それはほら、誰しも当たり前じゃない。もっとこう、具体的に」
「えぇー……あとは目標に向かって一途な人ですね。夢を持ってるというか」
うーん、これも割と一般論だよなぁ。
「他には? 容姿とか、雰囲気とか」
「そうですねぇ……やっぱり何かに真剣に取り組んでいる人って、目の輝きが違いますよね。私、そういう目が好きです。容姿は……うん、目が輝いてる人ですね」
目かぁ。わかる気がする。ちなみに私の目はお酒と欲望で腐っているだろうから、ロクな目をしてないのは自覚している。
「じゃあさ、恋愛遍歴を教えてよ。これだけ可愛いのなら、告白されたとか付き合ったとかいくらでもあるでしょう」
「一度もないですよ」
傾けた缶を置くと、軽い音が響いた。神楽さんを観察するように見れば、まだそんなに酔っている感じはしない。ここで飲み会を終えるのは嫌だったので、私は冷蔵庫から同じアルコール度数のぶどう味を出した。




