第二十三話~母の味~
「おはようございます、先生……って、なんかすごい疲れた顔してますよ」
「ちょっと頑張り過ぎたかも」
いつもは夜中一時まで書いてから寝るのだが、妙に筆がノッていたので午前三時まで仕事をしていた。けれど起きる時間はいつもとほぼ変わらないので、単純に睡眠時間が足りていない。
「もう朝ご飯作った? できればだけど、雑炊とかにしてほしいかも。無理ならいいんだけど」
酷く胃もたれしている。だから固形物はちょっと遠慮したい。
「はい、わかりました。雑炊ですけど、入れて欲しくない具材とかありますか? 卵と小ネギであっさり目に仕上げようかと思ってますけど」
けれど神楽さんは嫌な顔をしないどころか、どこか生き生きとした表情で訊き返してくる。これはあれだ、私もそうだけど、頼られるのが嬉しいんだろう。
「いや、それでいいよ。あ、でも確か鮭フレークあったよね。あれでいいから入れて、鮭雑炊にしてほしいかな」
「わかりました」
私は水を飲み、顔を洗ってからソファでぐったりと横になる。正直なにも食べたくないけど、もう以前のように食べないで仕事なんかできない。それに神楽さんなら、きっと今の私にバッチリ合うようなものを作ってくれるはずだから。
ほどなくして、ふわりと鼻をくすぐったのは優しくも美味しそうな匂いだった。コトコトと鍋の沸く音が聞こえたので目を向ければ、神楽さんが鍋の中になにか入れているのが見えた。
私は本当に幸せだ。以前なら具合が悪くなればトイレで吐くか、カップみそ汁飲んで昼まで寝ていただけなのに。
「できましたよー。多かったら残してくださいね」
そう言われたので重たい体を何とか起こし、食卓テーブルを見ると湯気の立つ雑炊とお味噌汁があった。
「ありがとう。神楽さんはほんと、よくできたメイドだね」
重いまぶたをそのままに、水を飲んでから素直な気持ちを伝える。すると神楽さんがもじもじと落ち着かない様子で体を動かす。
「えー、そんなことないですけど、そう言ってもらえると嬉しいです。私、先生にそう言ってもらえるのが一番励みになるので」
「そうなの? 私でよければいくらでも褒めるよ」
「いや、あの……恥ずかしいです」
顔を赤くした神楽さんを見て、胸に甘い痺れを感じる。でも今はそこから目を背けるよう、いただきますと手を合わせる。そうして私はふうふうと冷ましながら雑炊を口に運んだ。
「あっ……すごく美味しい……」
ぶっちゃけ雑炊なんて市販の素を入れて煮込めば美味しくなるので、そんなに驚くような料理だと思っていなかった。でも、今食べた神楽さんの雑炊はすごく美味しい。優しくて、でも味もしっかりしてて、疲れた体に染み渡る。
「そう言ってもらえると、すごく嬉しいです」
「いやマジでお世辞抜きで、すごい美味しい。私が今まで食べてたのは何だったんだろう。ちゃんと市販のやつを手順通り作ってたはずなのに」
「市販のも美味しいですよね」
神楽さんはいつでもこうだ。市販のやつを下に見ない。それでいて、自分の料理を過剰に持ち上げたりしない。それが嫌味にならないのはきっと、本人の振る舞いによるものなのだろう。
「あー、なんかしばらく朝、これでいいかも。胃に優しい」
「じゃあ、味付けなどを変えて明日も出しますね。事前に要望を伝えていただけると、助かります」
「うん、そうするよ。ただ不思議なんだけど、私おかゆは苦手なんだよね。雑炊は好きなのにさ」
お味噌汁もなめこが入っていて、私好み。たったそれだけのことに、じんわりと幸せを感じてしまう。
「作り方が違うので、お米の感触が違って嫌という人もいますね。あとは単純に、味付けの問題でしょうか」
「あー、そうかも。おかゆって後で塩振るんだけど、なんか結局、味しないなって思って結構かけちゃうんだよね」
子供の頃、風邪をひいておなか壊したら母親がおかゆを作ってくれた。けど、いつも味がしないので正直、苦痛だった。中学生の頃に雑炊の素に出会って以来、体調悪い時はそうしてもらっていた。
「おかゆってさ、子供の頃の母の味なんだけど、苦手だったなぁ。神楽さんはそういうのある? 好物じゃなくて、苦手だった母の味みたいなやつ」
すると神楽さんがわずかに眉根を寄せ、唇をきゅっと結んだ。
「特には無いですね」
時折見せる、立ち入らせないような雰囲気。私はこれ以上この話題を続けるのはやめておいたほうがいいと察し、無言でうなずくと雑炊を口に運ぶ。
私としては軽い世間話のつもりだったけど、よく考えれば雇用関係にある間柄だ。プライベートをあまり話したくないのかもしれない。
……あれ。そういえば神楽さんのプライベートって、よく知らないな。
「では先生、お洗濯もの干してきますので。なにかあれば言ってくださいね」
ぺこりと頭を下げると、神楽さんは洗面所に向かった。私はふうふうと冷ましながら、残り少なくなった雑炊をもりもり食べ進める。
神楽さんって、私の本を大好きでいてくれてるけど、あまり趣味趣向を聞いたことがない。確か中卒で働き始め、あまり外食をしたことがなくて、お酒を飲んだことも数えるほどしかない。あとは……。
このくらいしか、私知らないかも。
思えば神楽さんからあれこれと話すことはない。ほとんどが私の話に乗る形が多いし、肯定ばかりだ。まぁでも、仕方ないのだろう。彼女はプロのメイド。自我を出すなとか教育されているのかもしれない。
下手に自我を出せば、言い争いになるかもしれない。また過剰に近くなりすぎても、トラブルの元になるのだろう。
そう感心しつつも、なんだか寂しさを覚えずにはいられなかった。




