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メイドのいる生活  作者: 砂山 海


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第二十一話~運動不足解消のための第一歩~

 夢を見ていたような気がする。でも、どんな夢か忘れてしまった。

 ただちょっと、悲しい夢だったような気がする。そんなふうに感じるのはきっと、お酒のせいだろう。

 枕元のスマホをたぐり寄せれば、時刻は朝の六時。いつもよりだいぶ早いけど、なんだか二度寝する気になれなかったから素直に起きることにした。

「おはようございます、先生。今日は早いんですね」

 寝室を出るとすぐ、そう声をかけられた。私は「おはよう」と返すと、ふと神楽さんの様子を見る。お味噌汁を作りながら笑っているものの、ちょっとだけまぶたが重そうだ。

「昨日はありがとうね。お酒、残ってない?」

「え、えへへ……ほんのちょっと、だるいくらいです」

 頬を指でかく仕草を見せながら、ばつが悪そうに神楽さんが笑う。その姿と昨日の酔っ払っていた姿が重なると、思わず口元が緩んだ。

「お水たくさん飲みなよ。あとさ、昨日のことって、覚えてる?」

「え……」

 一瞬キョトンとした表情になったが、すぐに神楽さんは目をそらした。

「えー……いや、まぁ、お恥ずかしながらあまり……」

「お酒慣れてないのに、結構ペース早かったもんね」

「そ、そうですね。慣れていないもので」

 乾いた笑いが神楽さんから生まれる。あぁ、これはたぶんある程度は覚えているな。

 しかし私も酒飲みだからわかる。酔っ払っていた時にあぁしていた、こうしていた、こんなことを言っていたなんて深掘りされたくないものだ。

 正直、すごくその時の話をしたいし、そうして神楽さんが照れる様子を見たい。

 でもそうすると、せっかく打ち解けてきた心を閉ざされるかもしれない。

「まぁ、徐々に覚えていこう。私ね、昨日楽しかったんだ。できればまた、一緒に飲みたいな」

 だから目の前の好奇心を抑え込む。

「ありがとうございます。私も、楽しかったのは覚えていますので、ぜひ」

 安心したように顔をほころばせる神楽さんを見て、今はまだこれでいいのだと改めて思えた。


 午前中はお互いに仕事に集中し、お昼ご飯を終えた私はリビングのソファでぼうっとしていた。仮眠できるほど眠くはないけど、仕事をすぐ始められるほどの元気もない。肩や背中が凝っているけど、神楽さんにマッサージを頼むのも気が引ける。

 だからぼんやり、小説の構想をあれこれ考えていた時だった。

「先生、もしよろしければ一緒にジョギングしませんか?」

 うっすらもやがかかっていた私の頭が一気に晴れた。神楽さんの方へ目を向けると、意欲に溢れた顔で両手を握り締めている。

「ジョギング……」

「はい。せっかくウェアやシューズを買ったんですし、お外も天気いいですから」

 めんどくさい……。

「これから雨降るかもしれないよ」

「大丈夫です。雨雲レーダーは半日後まで晴れですから」

「私、運動不足だからきっとすぐバテるよ」

「それじゃあ、お散歩でもいいですから」

 やろうと言い出したのは自分。でも、いざとなるとやりたくない。

「あのぅ、ご都合悪かったでしょうか?」

 そんな私を察したのか、神楽さんが少ししょんぼりとした顔になった。もしも犬ならば、耳も尻尾も垂れているのだろう。そんな顔を見せられて、かたくなに嫌だとは私も言えない。

「いや、大丈夫。やろうか」

「はい!」

 まぁ、やる気なんてものは動き出すまで生まれないのを知っている。実際、着替えて走り出せば案外なんとかなるだろう。

 さっそく私達は着替えた。おそろいのジャージに、色違いのシューズ。やる気を出すため肩まで伸びている髪をちょこんと縛ると、神楽さんが嬉しそうに私を見詰めていた。

「先生、やる気ですね」

「形だけはね。じゃ、いこっか」

 マンションを出てまず私達はのんびりと最寄りの公園を目指す。ジャージで外に出るなんて、いつ以来だろうか。神楽さんが来る前はだらけた生活をしていたけど、それでもジャージやスウェットで外出するのは抵抗があったからやっていない。

 普段と違うランニングシューズは歩くだけでなんだか楽しい。地面を感じるよりも先に前へと飛ぶかのよう。そして、驚くほど軽い。いつも履いているスニーカーの半分、いやもっと軽い。

「すごいねこの靴、これなら速く走れそうだよ」

「先生、ジョギングは速く走らなくてもいいんですよ」

 ふと隣を見れば、神楽さんが上機嫌に笑っていた。このお日様にも負けないような、素晴らしい笑顔。それだけで私の心が軽くなる。

「そうだね。それにしても神楽さん、楽しそうだね」

「だって、先生とこういうことできるの、楽しいので」

 ほんと、嬉しいこと言ってくれるなぁ。

「でもさ、ちょっと真面目な話、嫌だったらちゃんと言ってよね。別に私これ、お仕事として誘ってるわけじゃないからさ」

 だからこそ今、釘を刺しておきたかった。私がしようと誘ったこと全てをお仕事ととられるのは辛いし、嫌々なのに笑顔になってほしくもない。

「はい、ありがとうございます。でも今、正直お仕事だとは思っていないんですよ。たとえるなら休み時間、好きなことをたまたま一緒にやっている。そんな感じなのですから」

 けれど神楽さんは真摯に、そして満面の笑みで答えた。

 そうなるともう、あとは信用でしかない。今までの生活をかんがみて、私は神楽さんを信じる。それが答えだ。ただ、無理をされるといけないから注意はする。これもまた、大人としての役割だ。

 目当ての公園に着くと、私達は空きスペースでまず準備運動を行う。ここはそれなりに広い公園で、一周八百メートルほどある。公園の中には運動器具も色々あり、それを使って運動している老人も多い。

「じゃあ、体も暖まったし、走ろうか」

「はい」

 そう宣言し、でも歩くより少しばかり速い程度でジョギングを開始する。正直まだまだ速く走れそうだけど、だからといって五分でバテたら意味がない。ここはじっくり我慢しながらやっていこう。

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