第二十話~酔っ払いの神楽さん~
「どう?」
「あ、はい。美味しいと思います。ジュースとは違うんですけど、そんなにお酒の感じがしないので、不思議だなぁと」
「アルコール度数三パーセントはジュースみたいなものだからね。でも人によってはその一口だけでひっくり返る人もいるんだよ。私の友達で飲めない人は実際、そうなったから」
「そうなんですね」
目を大きく開き、さらにまじまじと神楽さんが缶に注目する。そうして確かめるように、もう一口飲んだ。
「なんだか大丈夫そうです」
「じゃあ、とりあえずは飲めるんだね。お酒ってね、飲める飲めないはもう遺伝というか体質なんで、飲めない人はとことん飲めないんだよね。分解できないみたいなの、アルコールを。だからその毒素にやられちゃうんだよね」
「なるほど、勉強になります」
そうして私がグラスを傾けると、神楽さんも立て続けにそうした。多分、飲んでいる量はまだ少ないのかもしれない。少量ずつ、確かめているのだろう。
「ちなみに先生が飲んでいるのは日本酒ですよね」
「そうそう。これはえぇと……十五度だね」
「私の五倍。お料理で使うことはありますけど、飲んだことはないですね」
何度かゆっくりうなずくと、私はまたグラスを傾けた。
「お酒ってね、度数はもちろんだけど、種類によって合う合わないは人によるんだ。例えば私、度数四十度のウィスキーは飲めるの。でも、それより度数低い焼酎は苦手で飲めないし、さらに度数低いビールも苦手」
「へぇー、面白いですね」
「だから神楽さんも、色んな種類を試して、自分の限界ってのを早々に自覚したほうがいいよ。外で飲んだ時に飲み過ぎてひっくり返ったら、悲惨だからね」
こくこくと何度もうなずき、また神楽さんは缶を傾けた。ちょっとペースが速いようにも思うけど、酔っ払っているのか物足りないのかよくわからない。
「まぁ、だからこういう家飲みで見極めた方がいいよ。家でなら寝潰れても平気だし」
「なるほど、確かに」
うーん、見る限りちょっとはお酒入ってる感じがするけど、でも酔ってはいなさそう。
「あとはね、飲んでいる最中に少しでも何か食べたほうがいいよ。空きっ腹にアルコール入れたら酔いやすいし、胃にも負担かかるから。そして、寝る前には水を飲んでおく。そうすると、二日酔いになりにくいから」
「さすが詳しいですね。勉強になります」
まぁ、説教臭くなってしまったけど、こうして最低限の酒飲みの知識を教えておくことによって事故が減る。酔い潰れていいことなんて、本当に一つもないのだから。
「ところであの、先生の飲んでいる日本酒、どんなものなのか少しいただいてもいいですか?」
「え? あぁ、いいよ。もちろんいいよ」
ちょっとは酔っているのかな。いつもの神楽さんならばこういう欲求は言ってこないから、ちょっと驚いてしまった。
私はすぐに立ち上がり、戸棚から小さなグラスを持ってきた。そうしてまず一口分、それにお酒を注いだ。
「なんか、色ついてます? 緑っぽいような」
「あ、そこに気付くなんて素晴らしい。これはね、簡単に言うと美味しいお酒の証拠」
「えー、そうなんですか。さすが先生ですね」
グラスに注がれたそれをまじまじと見た神楽さんが、今度は匂いを嗅ぐ。
「あれ、なんか料理酒とは違う。こっちの方が度数強い感じするんですけど、同時にフルーティな感じがしますね」
「いいお酒は、果物の感じがするよ。日本酒もそうだけど、ブランデーなんかは特にその傾向が強いんだよね」
「えへへ、いつか試してみたいです。でも今はこれを。いただきます」
そう言って、神楽さんはグラスに口をつけて傾けた。
「わわわ、これ喉焼けますよ。あー……胸が熱い。でも……美味しい」
困ったような驚いたような、苦しんだかと思えば嬉しそうな顔をする神楽さんの百面相に笑いそうになってしまう。きっと私も、初めて日本酒を飲んだ時はこんな感じだったんだろうな。
「はぁー、美味しいですねぇ」
うっとりとしたため息を吐き、テーブルにあったチーズを私に続いて食べた神楽さんは幸せそうに目を細めている。その姿を見ていると、私も幸せな気分になってきた。
美味しいお酒に食べ物、一緒に笑い合って楽しめる空間。これ以上のものはない。
「そうだ、せんせぇ。実はですね、一つ言いたいことがあるんですよぉ」
なんか若干呂律が回らなくなってきたけど、せっかくだから話を聞いてみようか。
「うん、なに?」
「あのですねぇ、お昼に会ったあの人、私とせんせぇがお似合いだって言ってましたよね」
お昼に会った……あぁ、凛さんか。
「そういえばそんなことを言ってたね」
神楽さんはくいっとグラスを傾けたけど、もう空だった。これ以上は飲ませてはいけない、そう思いつつもどんなことを言うのか気になってしまい、私は半分だけ注ぐ。
すると神楽さんはそれを勢いよく傾け、注いだ半分の量を一気に飲んだ。
「でもせんせぇ、なにも言いませんでしたよね。なんでですかぁ?」
「え……あぁ、お似合いだって言われた時のことを?」
「そうです、そうです」
大きくうなずくというより、もう顔色含めて赤べこのようになっていた。これはきっと、明日は二日酔いだろう。まぁ、それを知るのもお酒を楽しむための一歩だ。
「いやだって、迷惑でしょう。こんな可愛い神楽さんと、私なんかじゃねぇ。それにほら、今だから言うけどさ、私は恋愛対象が女の人なわけ。でも神楽さんは違うでしょ。そういうのもまぁ、失礼かなって思ってさ」
「ふぇ? せんせぇって、そうなんですか?」
大きく目を丸くしたかと思えば、また目が座る。今度はちびりと口をつけた神楽さんに合わせるよう、私もお酒を飲んだ。
「別に隠すことでもないと思ってるけど、積極的には言わないよね。うん、私はそういう感じ。ただまぁ、当たり前だけど女の人なら誰でもいいってわけじゃないよ」
「はぁー、はぁー、なるほどぉ。そうなんですねぇ」
うーん、だいぶ酔ってるな。さすがに日本酒は早かったか。
「ほら、神楽さんそろそろ寝ようか。もう結構酔いが回ってるみたいだし」
「まだだいじょーぶですよぉ。あとですねぇ、せんせぇはじゅーぶん、もぉじゅーぶん素敵なんですからね」
「はいはい、ありがとう。ほら、お水飲んで、もう寝よう」
私は神楽さんに立つよう促すと、一緒にキッチンまで付き添った。そうしてお水を二杯飲ませると、もう目も開かないのかふらふらと千鳥足で自室へと向かう。
「あわわわ」
「おっと、大丈夫?」
途中、ふらっと倒れそうになったので、慌てて支える。万が一と思ってそばにいたのが幸いした。すると神楽さんはゆっくり私の方へ顔を向け、にへらっと笑った。
「やっぱり、優しいですよねぇ」
ふわりと神楽さんから、お酒ではない良い匂いがした。同じシャンプーを使っているはずなのに、妙に胸が疼く。
「ありがとうね。じゃあ、ちゃんと寝るんだよ。おやすみ」
だけど私はそんな戸惑いを一切見せず、大人の顔で見送る。
「はーい、おやすみなさいー」
部屋の中に入るのはさすがにためらわれた。自分の家といっても、その部屋は神楽さんの部屋なので入るのはよくないだろう。
しばらく聞き耳を立てていたけど、何かにぶつかったり、何かが倒れたりする音がしないので、きっとすぐ横になったのだろう。私はまたソファに戻り、ちょっと乾き始めたチーズを頬張る。
さすがに飲ませ過ぎたかな。今度はちょっと度数高いチューハイかカクテルにしておこう。
反省しつつ、私はまたグラスに日本酒を注ぎ、それを傾ける。そうして先程の神楽さんの様子を思い返し、可愛いなぁと思いながら一人笑う。
結局、何を言いたかったんだろう?
よくわからないけど、一緒に飲むのは思いのほか楽しかった。今度また一緒に飲みたいし、なんなら外飲みとかもしてみたい。ただ、今日の一件でお酒を嫌いになられたら無理だろうけど。
苦笑いしつつ、少し早いけど今日はもう寝ようと思って、私はまだ少し残っている日本酒を冷蔵庫にしまった。




