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メイドのいる生活  作者: 砂山 海


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第十八話~妖艶な女店主、篠山凛~

「先生、久々の外出じゃないですか?」

「うーん、五日ぶりかなぁ」

 朝十時の陽光を浴びながら、私達は近所のスーパーへと向かっていた。

 ここ数日は執筆に集中していたため、いっさい家から出ていなかった。おかげで瑞希が担当する原稿はとても進み、少し余裕もできている。そのため今度は藤崎さんの原稿に取り掛かろうとしたところ、神楽さんから半ば強引に「一緒にお買い物行きましょう」と誘われたのだった。

「割と規則正しい生活をされてますけど、時にはこうしてお外に出た方がいいですよ」

「そうだねぇ、体動かさないと健康によくないよね」

 家を出てまだ数百メートル、もう私の足が痛くなってきた。

「先生、健康は足からという言葉もあります。お仕事にあんなにも集中できるのはすごいですけど、意識して歩くようにしないと、いつか体壊しちゃいますよ」

 その言葉を噛みしめていると、ふとある思いが浮かんだ。

「神楽さん。たとえばね、ほんとたとえばの話なんだけど、一緒にジョギングするっていったらどうする?」

「え? 付き合いますけど」

 間髪入れず、真顔でさも当然でしょうと言わんばかりに答えられ、問いかけた私の方が固まってしまった。ヤバい、虎の尾を踏んだかな。これはもう、逃げられない……?

「先生、じゃあ食料品買いに行く前にランニングウェア見にいきます?」

「……そうしようか」

 まぁ、作家には体力が必要だからいい機会かもしれない。小説家って一日ずっと座って頭脳労働のイメージが強いけど、実際には体力勝負だろう。というか、何でもそう。筋力があって基礎体力が無いと集中力も持続できないし、そもそも座り続けていられない。

 運動不足は自覚していたけど、キッカケが無かった。人生、やりたいことだけで上手くいくなんてことはない。だから今回がよいキッカケだと思うことにし、まずスーパーからそう離れていないスポーツショップに向かうことになった。

「えー、すごいいっぱいあるんですね。こういう専門店、初めて来ました」

 私も久しぶりに入店したけど、相変わらずすごい。まずずうっと奥までいろんな種類のスポーツ用品が置いてある。陸上、野球、バスケ、サッカー、そしてキャンプ用品まで。私は上の案内看板を頼りに、陸上コーナーへと向かう。

「何かお探しでしょうか?」

 とりあえずシューズは専門的なのが高かったから適当なスニーカーでいいとして、ジャージや薄手のランニングシャツを探していると、私と同い年くらいのすらっとした女性店員さんに声をかけられた。

「運動不足でジョギング始めようと思って、走るためのシャツとかジャージを」

「あ、なるほどなるほど、そうなんですね。でしたらこちらとかどうでしょう。通気性も良くて、速乾性もあります」

「なるほど……」

 勧められるものはどれも派手で、原色同士マーブル模様にしたような色合いが多い。もう少し大人しい感じでいいんだけどと思ったが、もしかしたら地味な色だと視認性が悪くなって、夕方とか朝方に事故に遭いやすくなるのかもしれない。

「でも、仲良いですよね。姉妹でジョギングなんて」

「しま……? え、私と先生は」

 とっさに私は神楽さんの口をふさいだ。手のひらに唇の感触が伝わりドキドキするけれど、それ以上に今から言い訳となだめることを同時にしないとならないかと思えば、どうしても私は顔を上げられなかった。

「でもいいわね、仲良くて」

「そうなんですよー」

 手を離し、私は大きくうなずきながら神楽さんを見る。神楽さんはまだ若干不満そうだったけど、私に合わせてうなずいてくれた。

 ただ手のひらに残る感触が、しばらく私をドキドキさせていた。

「ありがとうございましたー」

 私達は一通り買ってからスポーツショップを出ると、結構な量になっていることに気付いた。これじゃあ、日用品の買い出しはきついだろう。

「一回帰る? それとも買うだけ買って、タクシーで帰ろうか」

「先生にお任せしますよ。でも、今から帰るとちょっと時間もったいないですよね」

 確かにそうだ。そんなにすごい距離ではないものの、戻ってからまた買い物に行くのは面倒臭い。

「それに、もう少し先生とお散歩していたいです」

 ぽつりと呟いたそれを私は聞き逃さなかった。驚いて目を向ければしまったと言った顔でばつが悪そうにしていたが、すぐに神楽さんが照れ笑い浮かべる。

「あはは、なんか天気もいいですし、ね」

 ちらっと空を見上げれば、澄んだ青空が広がっている。雲も高く、風がそよぐたびに心を静かに撫でられているかのようだ。

「そうだね。じゃあ、このまま買い物しよう」

 たまにはこうしたのんびりした時間もいいものだ。そう思いながら私達はそれぞれの荷物を持ちながら、スーパーへと足を向けた。

 昼前だとか関係なく、いつもこのスーパーは混んでいる。私の買い物カートにはさっき買った荷物を載せ、神楽さんが空のカートに買い物カゴを載せた。二台も使っていいのかなと思ったけど、カートはまだまだたくさんあるし大丈夫だろう。

「あらぁ、先生じゃないですか」

 入口に入ってすぐ、絡みつくような甘い声をかけられた。声の方へ振り向くと、そこには豊満なバストとお尻が目立つ、茶髪の女性が立っている。Tシャツとジーンズというラフな格好の彼女は見たことがあるようなないような……。

「私ですよ、篠山凛ですよ。ほら、『yaya』の」

「あー、凛さんか。いつもと雰囲気違うからわからなかった」

 思わず大きな声を出してしまったのでまずいなと思ったけど、そんなに私は注目を集めなかった。むしろみんなの視線は凛さんの方に集まる。けれど凛さんは慣れた様子でそれを気にせず、私に向けてどこか妖艶な笑みを向けてくる。

「いつもはお店でナイトドレス着てるからね。ところで先生、今日は一人じゃないのね」

 そう言いながら凛さんが神楽さんに目を向ける。神楽さんはいつものようににこにこ笑いながら、ぺこりと頭を下げた。

「神楽凪と申します」

「そう、神楽さんというのね。うふふ、先生ったらいつの間にこんな可愛い彼女を見つけたのよ。教えてくれてもいいじゃない」

「え?! か、彼女……?」

 一瞬で真っ赤になった神楽さんが目の端に映ったけど、それどころじゃない。

「違う違う、凛さん勘違いだってば。神楽さんは私のとこで住み込みで働いてくれてる人なんだよね」

「あらぁ、そうなの? 先生偉い作家さんだから、そういうのもあるのねぇ。でも、お似合いよ」

 どこか妖艶な笑みを崩さず、一人満足そうにうなずく凛さんに私はもう苦笑するしかなかった。何を言ってもそういうふうに返されそうだから、こういう時は黙る方が良い。

 それに、こんなだらけている私と若くて可愛い神楽さんとじゃ釣り合わないだろう。神楽さんに悪い。

「まぁ、凛さん。今度遊びに行くから」

「ほんと? 先生、飲み方知ってるから私も楽しいのよね。神楽さんはお酒、まだでしょう。もう数年後かな?」

 すると神楽さんがまだ顔を赤くしたまま、おずおずと凛さんを見上げた。凛さんの背が高いこともあり、身長差は頭一つ分くらいある。

「実はこう見えて、もう飲める歳なんですよ。でもまだお酒、数えるほどしか飲んだことないので、教えていただけたら嬉しいです」

「あら、そうなの? だったら先生、近いうちに是非二人で遊びに来てくださいよ」

「そうね。原稿が落ち着いたら、必ず」

 そこで凛さんと別れると、私達はカートを中に進めて食材を物色し始めた。

 店内は結構混み合っているけど、進めないほどじゃない。私達は自然と肩を並べて歩く。そうして日配品のコーナーに差し掛かった時だった。

「あのぅ、先生」

 豆腐をカゴに入れると、神楽さんがうかがうように私を見てきた。

「……ごめんなさい、やっぱりなんでもないです」

 だけどすぐに頭を下げ、カートを進める。なんだろうと思った時、神楽さんがカートの持ち手をぎゅうっと強くつかんでいるのに気付いた。

「待って、神楽さん」

 ピタリとその足が止まる。だけど神楽さんは振り向かない。

「あの、何か買いたいものがあるのなら、好きに入れていいからね。一人で買い物に来た時も、お菓子でもなんでも買っていいからね」

 きっと欲しいものはたくさんあるのだろう。でも自分のお金ではないから買うのをためらってしまうのかもしれない。ただ、高いバッグやアクセサリーじゃない。たかがスーパーの食料品。そのくらいならいくらでもかまわない。

「えっと、じゃあ……この玉子豆腐、買ってもいいですかね?」

 振り返った神楽さんはいつもの顔で笑っていた。私は満面の笑みで大きくうなずく。

「もちろん。私も好きだから私の分も買って欲しいな」

「わかりました」

 ただどうしてだろう、笑顔なのに神楽さんが辛そうな気がする……。

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