第十七話~三人寄れば文殊の知恵~
瑞希との打ち合わせは主に展開の流れがほとんどだ。誤字脱字や表記揺れなんかはAIを使って私自身、提出前にチェックしている。だけど展開に関してはAIよりもまだ私は人を信じているのだ。
「先生、この展開ですけど少しご都合主義になってませんかね。那由多のキャラならば反発するのが妥当かなと思ったんですけど、割とすんなり意見を聞いてますよね。これってその後の展開が浮かばなかったからですか?」
「浮かばなかったわけじゃないんだけど、その後の展開が冗長になりそうだったんだよね。結局、那由多が最終的には賛成しないとこの作戦を決行できないじゃない。その前に二度、こういう場面があったからさ。また同じ場面になるのも、どうかなぁって」
腕組みをし、うかがうように瑞希を見る。瑞希は納得したようにうなずきつつも、紙束を指さした。
「あぁ、なるほど。だったら果凛にその役をやらせたらどうでしょう?」
「果凛、かぁ……なら、反対する理由が必要だよね」
「えぇ。でもそれは割と単純な理由でもいいと私は思うんですよね」
メールでのやりとりもいいけど、こうして顔を突き合わせて議論するのは楽しい。私も、そして瑞希も新たな刺激をリアルタイムで受け取れる。自分一人では浮かばなかった展開だって、どんどん浮かぶ。そうして枝葉はぐんぐん育ち、物語の幹が太く大きくなっていくのがわかる。
「単純な理由、ねぇ。……侵入経路が汚いとか?」
「あ、それいいですね。放置されていて、虫とかいるってなればその作戦を反対しますよね」
「でも、合理的な那由多がそれしかないって言い出して、渋々納得するとか」
「いいですいいです、それだと広がりが見えますよ」
忘れないうちに私はそれをメモする。そしてそれを採用すると今書いている場面とずれてしまうから、書き直しになるだろう。しかし、今書き進めているのも自分では面白いと思っている。
「んー、でも打ち合わせ前に最初の案で書き進めているんだけど、ちょっとそれ見てもらっていいかな」
私はパソコンの前に移動すると、立ちながら操作して最新のファイルを開く。そして椅子に瑞希を座らせ、その内容を見てもらった。
「あぁー……なるほど……あ、そういうふうにしたんですか。これならこれで……あ、この展開はいいですね」
私は振り返り、座ったままの神楽さんを手招きする。そうして無言でパソコンを見るように指示すると、神楽さんも顔を突き出すようにしてそれを見始めた。
「あ、はいはい、ここでね……え、この展開はいいですよ」
大きくうなずいたかと思えば椅子をぐるりと百八十度回転させ、満面の笑みで瑞希が私を見てきた。
「いいですね、この展開。これなら那由多があっさり受け入れたのも、説得力ありますね。あー、この展開になるなら、果凛じゃなくてもいいかぁ」
「だよね。これにしない?」
そうなれば、そのまま進められるから楽なんだけど。
「たしかにこれ、魅力的ですね。いやでも、さっきの案も面白くなりそうな予感がするんですよ……」
瑞希のアドバイスによって面白くなった作品は多い。だからこそ、私は全幅の信頼を置いていると言っても過言じゃないのだ。しかしそうなれば、瑞希が来る前に書いた三千文字が無駄になる。
いやその三千文字以上に、その後の流れと展開が全て消えてしまう。その方がキツイ。
「じゃあ、神楽さんに決めてもらおうかな」
「えぇ?! なんで私なんですか?」
驚く神楽さんに、瑞希もまた大きく目を開けて私を見ていた。
「だって平行線でしょ、この議論。だったら第三者というか、熱心な読者に決めてもらった方がいいんじゃないかなって」
「えー、でも私、その最新作の流れとか人物の性格とか、何もかも知らないですよ」
「だからいいの。というか、神楽さんの意見で決まるわけじゃないよ。私達だってプロだからさ、それが良ければ採用するし、あまりにダメなら受け入れないだけ」
「そういうことなら……」
覚悟を決めた顔で私達を見ると、私も大きくうなずいた。
「まずA案はいつも皮肉屋で反対ばかりする那由多って人が素直に従うんだけど、手柄を焦って普段犯さないミスをして窮地になるわけ。B案はいつも賛成に回っている果凛って女の子が作戦に反対するんだけど、結局それが原因で窮地に立つわけ」
私が大雑把に説明すると、神楽さんは目を輝かせながらも困惑していた。
「えぇ……どっちもすごい面白そうなんですけど……」
腕組みをして天井を見上げたかと思えば、地を這うアリを観察しているみたいに神楽さんが視線を下げる。そうして、うんうんと数分うなっていたが、やがておずおずと顔を上げた。
「私はどちらかといえば、B案の方が面白そうかなぁと」
その瞬間、私は天を仰いだ。
あぁ、書き直しだ。でも、二人がこう言ってるんだし、確かにちょっと思いつかなかった展開だから読者も興味を引かれるのかな。
私はパンッと勢いよく両方の太ももを叩いた。
「わかった。じゃあ、そっちで進めようかな」
「せ、先生?」
おろおろする神楽さんに私はすっと手のひらを向けた。
「確かに神楽さんの意見を参考にはしたけど、最終的な判断を下したのは私。なにより私が思いつかなかった展開だからこそ、面白くなるんじゃないかな」
「いいですねー、さすが先生。じゃあ、そっちの方向で原稿進めていきましょうか」
瑞希が嬉しそうに紙束を回収すると、コーヒーを口に運ぶ。私もそうするけど、議論が白熱していたからかコーヒーはすっかり冷めていた。
「あの、淹れ直しましょうか?」
「あ、ううん、おかまいなく。私、もうすぐ別の作家さんのところに行かなきゃならないから」
「次は誰のとこに?」
「山内先生。あの人は先生と違って頑固なんで、ちゃんとお昼食べてから行かないと空腹で倒れちゃいそうになるんですよ」
つくづく編集者って大変な仕事だよなぁ。
「それじゃあ、今日はありがとうございました」
くいっとカップを傾けると、瑞希が立ち上がる。私もそれにならって立ち上がると、玄関まで見送ることにした。
「それじゃあ、先生お仕事頑張ってください。神楽さんも、無理しないで先生を支えてあげてくださいね」
「はい、わかりました」
そうして瑞希が出ていくと、数秒してから私達もリビングに戻った。神楽さんはさっそく瑞希に出したコーヒーカップを片付け始め、私はパソコンの前に座ると今日の仕事分を削除する。
「それにしても先生、編集者の方って結構訪ねてくるものなんですね」
「あー、私は特に多いんじゃないかなぁ」
「そうなんですか?」
神楽さんは私のため、またコーヒーを淹れる準備をしている。もう何も言わなくても、こうして用意してくれるようになったのはありがたい。
「ほら、神楽さん来る前は結構荒れた生活してたからさ。生存確認って意味合いが大きかったんじゃないかな」
「あぁ……」
初日の惨状を思い出したのか、神楽さんが大きくうなずいた。今となってはどこか遠い過去のように思えるけど、まだ一週間も経っていないのだから驚きだ。
「あとね、こう見えて結構私、人恋しいんだよね。小説家っていろんな人に支えてもらっているけど、仕事中は孤独だからさ。特に私なんかつまずくと、メンタル壊しそうになっちゃうんだよね」
「えー?! それはダメです、よくないです」
「だから今、神楽さんがいてくれるからかなり助かっているんだよね。家事やってくれるのも助かっているけど、こうしてふとした時に話せるってすごく嬉しいんだ」
少し前の自分なら、こんなことは恥ずかしくて言えなかっただろう。言えたとしても、お酒が入っていないと無理だった。だから今、素直にこうして感謝を伝えられる自分に驚いている。すうっと口をついて出た言葉だったから。
「えへへ、ありがとうございます。私も、こんな素敵な先生のもとで働けるのが本当に嬉しいです」
恥ずかしそうに、けれどうつむかず、真っ直ぐな笑顔を神楽さんが向けてきた。それはとても美しく、若さに溢れ輝いている。純粋で素直で、計算なんか微塵も感じさせない。
だから私も自然と笑顔になってしまう。
「よっし、じゃあ頑張ろうかな」
「楽しみにしていますね、先生」
ぐるりと肩を回すと、神楽さんが淹れたてのコーヒーを運んできた。




