第十四話~幸せの好循環~
「あれ、良い匂いする」
お風呂から上がると、すぐに香ばしい匂いが漂ってきた。私は部屋着を身につけると髪も乾かさずに、脱衣所から出てリビングに顔を出す。
「神楽さん、いい匂いするけど今日の晩ご飯はなにを作ってくれるの?」
「今日はミートオムレツですよ。先生、食べたいって言ってましたもんね」
「やった」
私は思わずガッツポーズを作る。二十六にもなって子供っぽいとわかっているのだが、好物が食べられるとわかった時にはいつだってこうなる。そんな姿を神楽さんに見られたが、気にならない。
むしろ神楽さんも私の様子を見て、嬉しそうに笑っていた。
髪を乾かし、ちょっと肌が乾燥して痒くなってきたので皮膚科からもらった保湿剤を塗る。かなり面倒なのだが、やらないと日に日に悪化していく。いっそもう、塗ってくれないかなと一瞬思ったけど、さすがにそれはやりすぎだろう。
全てを終えてリビングに行けば、もう食卓の上にはミートオムレツをはじめとして何品も置かれていた。味付け玉子が入ったサラダにワカメのお吸い物、そして炊き立てのご飯。どれもこれも輝いているかのように見える。
「美味しそう」
「えへへ、食べましょ、先生」
それぞれの椅子に座り、手を合わせる。そうして口に運べば、もう幸せの味しかしない。
「すごい美味しい。あぁ、幸せ。料理作れる人がいるって、こんなにも素敵なことなのね」
「褒めすぎですよ、先生。でも、嬉しいです」
嬉しそうに、でもちょっと恥ずかしくなったのか、うつむいて神楽さんがお吸い物をすする。
「こういうのは素直に気持ちを伝えるのが一番だからね」
ミートオムレツを一口大に切り、こぼれないようスプーンを慎重に口へと運ぶ。
「そうなんですけど、自分が対象になると恥ずかしいですね」
「気持ちはわかるよ。でも、褒められたらやる気になるじゃない。そうなったらまた次も頑張ろうって思ってくれる。そしてまた美味しいご飯を作ってもらえるなら、いくらでも褒めるよ。幸せの好循環ってやつだね」
「それってすごく素敵な考えですね」
神楽さんの笑顔に花が咲く。私は満足げにうなずき、またミートオムレツを口に運ぶ。
「外食でもさ、店員さんに『ありがとう』とか『美味しかったよ』って一言言えば、向こうだって報われたなって思うんじゃないかなとか思ってるんだよね。コンビニでも何でもいいんだけどさ。巡り巡って、町全体が幸せになれたら住みやすいだろうし」
「ちょっとした一言でいいんですよね」
「そうそう。なのにニュースとか見てると、そういうのは偽善だとか必要ないとかって意見を見るのよ。なんかそういうの寂しいって思っちゃうのよね。いただきますを言わない学校もあるって、前に見た時はびっくりしたよ」
「そんなのあるんですか」
驚き、ほんの少し神楽さんがのけぞった。
「必要ないって切り捨てるのは簡単だけど、そういう精神性って育てるのが大変だと思うんだよね。褒められたい、感謝されたいなんて人間だれしも持っている感情なのにね。どんなことだって当たり前になってしまって感謝しなくなると、やる気出ないもんだよ」
「確かにそうですね」
うなずき合いながらサラダに手を伸ばす。ドレッシングはサウザンアイランド。酸味と味付け玉子の塩味が丁度良い。
「だからね、私は神楽さんを褒めまくるよ。ご飯美味しいし、片付け上手。部屋は綺麗にしてくれるし、何よりすごい真面目。ニコニコしてくれているから、ストレス感じない。素晴らしい」
「ちょ、ちょっと先生、だから恥ずかしいですってば」
スプーンを置き、困ったように顔を赤くする神楽さんを見て、単に褒めているだけなのになぜだか嗜虐心みたいなものが芽生えそうになる。意地悪をしたいわけじゃないのに。
ほんっともう、可愛いなぁ。
晩ご飯を終えると私はリビングのソファで食休みをするため、ごろりと横になる。いつもならここから一時間以上スマホを触っていたけれど、食器を洗う音や洗濯物を干す音が聞こえてくると私も仕事をしないといけないと思ってしまう。
強制されているわけじゃない。同調圧力に近いものだろうか。とにかく妙な罪悪感に駆られて、ほどほどのところでスマホを手放し、私をパソコンに向かわせる。
短編も書かなきゃならないし、頑張るか。
「神楽さん、コーヒーお願いします」
「はい、少しお待ちください」
神楽さんが笑顔でうなずくと、私もキーボードを叩き始めた。




