第十三話~神楽さんのマッサージ~
お昼ご飯を食べ終え、ちょっと食休みをすると仕事にとりかかる。別に短編二万文字程度ならばこのスケジュールなら無理なく書けるけれど、なるべくクオリティを高めたものを提出したい。
決して息抜き、義理なんかじゃない。私のため。どんな作品を書いても、読者を楽しませたい。そして全て、私のレベルアップにつながるはず。だったら今、瑞希から頼まれている原稿をどんどん進め、スケジュールに空きを作りたい。
「神楽さん、いつもより甘いコーヒーお願い。スプーン半分ほど足してほしいな」
「はい、わかりました」
私は不器用な人間なので、同時に何作も並行して作ることができない。なので一日か二日の空きを作り、一気に藤崎さんの原稿を仕上げないとならないのだ。
もちろん実際に執筆するまでに、アイデアはいつだって考えておく。お風呂に入ってる時、ご飯を食べてる時、休憩している時、いつでもだ。最近は神楽さんがいつもいるおかげで、そこにいるだけでも刺激をもらえる。
「どうぞ、先生」
コーヒーが置かれると、私は軽く頭を下げる。そしてまたすぐ、キーボードを叩く。
お昼前に瑞希から、昨日の原稿のチェックが入ったデータが送られていた。それを参考に直すべきところは直し、膨らませるところは過不足なく膨らませ、先々の伏線のための要素を散りばめる。
三時間ほどずっと書き続けていると、トイレ休憩の時にすごく体が重たい事に気付いた。
「神楽さん、ちょっと仮眠するね。お風呂は先に入っちゃってね」
「わかりました。って、先生。なんか腰痛そうですね」
洗濯物にアイロンをかけていた神楽さんが手を止め、私を心配そうに見てきた。私は何とか笑顔を作ると、ポンポンと腰と肩を叩く。
「座りっぱなしだからね。月に一度は整体に行くようにしてるんだけど」
「あの、もしよろしければマッサージしましょうか?」
「へっ?」
思わず変な声が出てしまった。けれど神楽さんは一切気にする素振りも無く、アイロンがけを中断して立ち上がった。
「そんな本格的なものではないですけど、家政婦紹介所の研修でもやりましたので。あと、個人的にも習ってたんですよ」
「へぇー、そうなんだ。じゃあお願いしようかな」
腰と肩の痛みに、私は思わず即答した。
「わかりました。じゃあ寝室で行いますので」
神楽さんはアイロンを一旦切ると、私の寝室に入った。
「じゃあ先生、ベッドにうつぶせで寝てください」
寝室はいつの間にか片付いていた。というか、以前なら何かこもったような匂いがしていた気がするけど、今は感じない。きっと私が執筆している間に換気してくれたのだろう。ちなみにもう、勝手に下着類を片付けられるのは慣れた。
言われるがままにベッドにうつぶせになると、神楽さんが右隣に立って私の体を触り始めた。小さな手がチェックするように触れる度、ふと妙なことになっているんじゃないかと思い始める。
「わぁ、かなり硬いですね。これは辛いですよね」
「そうなのよ」
「じゃあ、失礼します」
まず私の背中を上から下へ、何度も撫で始めた。これは整体でもされているので、何だかんだ本格的だなと思ってしまう。
次に右の肩甲骨に両手が置かれ、ゆっくりと揺らされる。筋肉を大きく動かしているこの動作が何とも言えず、気持ち良い。肩甲骨剥がしってやつだろうか。最近ネットでよく見るんだよなぁ、こういうの。
「強さどうですか? 痛くないですか?」
「ちょっと弱いくらいだけど、このくらいでもいいよ」
「わかりました」
肩甲骨周りの筋肉を小刻みに揺らしたり、大きく回されるたびに「気持ち良い」と思わず声が出てしまう。素人でこれだけできれば大したものだ。
「次は左いきますね」
そのまま腕を伸ばし、今度は私の左側の肩甲骨周りをマッサージしていく。ただ、神楽さんの背が低いからか、ちょっとやりにくそうなのが見なくてもわかる。動きが少しだけスムーズじゃないのだ。
「神楽さん、やりにくかったりする?」
「いえ、大丈夫です」
そうはいうものの、どうせならスムーズにやって欲しい。しかしどうしたらいいものか。
「あ、じゃあさ。ちょっとまたがっていいから。真上からなら、やりやすいでしょ」
「え? い、いいんですか、先生?」
あー、これはあれか。主人にまたがるなんて絶対ダメとか思ってるのかな。別にいいのに。そんな私、王侯貴族ってわけじゃなく単なる平民なのだから。
「いいからいいから」
「えっと……じゃあ失礼します」
神楽さんがベッドに上がり、私にまたがった。もちろん腰を落とさず、膝立ちの状態になっている。これならだいぶ、やりやすくなっただろう。
そう能天気に考えていたものの、私の腰の辺りにスカートの感触が伝わった時、ぼんやりした頭に今の絵が浮かんできた。
……なんかサラッとすごい要求してない、私?
それでも先程よりずっと力強く、スムーズに行われるマッサージに気持ち良さが勝ってしまう。次第に眠気が襲いかかり、ドキドキが薄れていく。
「じゃあ、次は腰の方をします」
そう言って神楽さんがぐいっぐいっと腰を指圧するものの、凝り固まった私の腰に指が入っていかない。小さな手が一生懸命に押すものの、表面だけしか力が伝わらないのだ。
「んっ、んっ」
頑張ってくれている。それはすごくわかるし、ありがたい。でも、物足りない。
「あの、神楽さん」
「はい、なんでしょうか?」
半分眠りかかっている頭で私はどうしたらよいのかひねり出す。
「膝立ちの姿勢が辛かったら、そのまま腰落としていいよ。私に乗っていいから。力入るのなら、そうして」
「え? えぇー……?」
何を迷う必要があるのか。私は気持ち良くなりたい、神楽さんは素早く手際よく終わらせられる。両者いいとこ取りだろうに。
「あの……じゃあ、すみません。失礼します」
恥ずかしそうにそう言うと、私のお尻からもも裏にかけて柔らかい圧迫感が襲い掛かった。その刺激に、半分寝かかっていた私の頭が急速に覚醒する。
……あれ、これ神楽さんのお尻?
そう思うのと同時に、ぐいっぐいっとさっきよりも強い力で腰を指圧される。ただ動く度、お尻の筋肉も連動するから私の圧迫されている部分が細かく動く。
「どうですか、先生。さっきより力、強くなってますか?」
「あ、う、うん。いい感じ」
神楽さんが私のベッドの上で私とお尻をくっつけ、熱い吐息のままマッサージしてます。
下手くそな小説のタイトルみたいなものが頭に浮かんだけど、現実はそれどころじゃない。ちゃんと次第に熱を感じ、指圧の度にお尻の柔らかさと骨の硬さが伝わってくる。柔らかいと言っても、私のように若干垂れている柔らかさじゃない。引き締まった中での、年相応な女性の柔らかさ。
「ふっ、んっ、ふぅ……」
そして押す度に、どことなくやらしい吐息が漏れる。いや、神楽さんは真面目にマッサージをしているだけ。私が勝手にそう思っているだけだ。
そう言えば昔、マラソンが趣味の友達がいた。何で走っているのかと純粋な疑問として聞いた時、苦しい時に酸素を吸うのが喘ぎ声に聞こえるとか言ってて苦笑した覚えがある。今ならあの時の友達の気持ちがわかる。
「あ、もういいよ。かなりよくなったから。本当にありがとうね」
何度かその刺激を味わい、妙な気分になりかけた時に私はやっと終わりを告げることができた。すると神楽さんが手を止め、ゆっくりと腰を上げる。密着して若干汗ばんでいたからか、離れた時にひやりとした空気を感じた。
「えへへ、少しでも楽になれたのなら嬉しいです。あの、定期的にやりますから」
「あー……うん、お願いしようかな」
無下に断ることなんてできなかった。ただ、一切の下心はないかと言われれば、それはまた違った。
「では、お風呂いただいたら起こしますね」
ぺこりと頭を下げた神楽さんが寝室を出ていった。その横顔が少し赤らんでいたような気がしたけど、見間違いだろう。もしくは夕日が当たっていたのかな。
ともあれ一人になった寝室で、私は若干軽くなった体を確かめるよう、まずお尻に触れる。
そこはわずかにまだ、熱を抱いていた。私はそれに触れたまま、静かに襲いかかる眠気に抗えず、ゆっくりと落ちていく。柔らかに、真っ黒に。




