第十二話~花を持たせる~
「すみません、本当にすみません」
藤崎さんはソファで小さくなって、ひたすらに頭を下げている。私はその向かいに座り、ムスッとした顔をずっと向けていた。
あの後、すぐにドアが強く叩かれた。隣の人が事件かと思って駆けつけてきたのだ。それも数人。中にはスマホをかまえ、警察に電話する寸前の人もいた。私は何でもない事をアピールし、藤崎さんと一緒に頭を下げた。
その間、神楽さんは中に待機させていた。ここにさらにメイド姿の子がいるとなれば、混乱させるだろうから。
そうして事態を鎮静化させ、今に至る。
「もぉ、いっつも言ってるけど、もう少し声を落として」
「すみません。気をつけます」
するとそこへ神楽さんがすっと私達の前にコーヒーを置いた。これは藤崎さんが来る前に買った、ちょっと良いコーヒー。だからか、香りがすごく良い。
「まぁ、驚かせた私も悪いけどさ」
私がすっと神楽さんへ目を向ける。
「彼女、つい先日からここで働くことになったの」
「神楽凪です。よろしくお願いします」
自己紹介をされた藤崎さんが顔を上げ、じっと神楽さんを見詰めていた。
「藤崎瑠璃です。よろしくお願いします」
そうしてゆっくりと私の方へ顔を向けてくる。
「……メイド、ですよね?」
「そう。神楽さんは住み込みで働いてくれるメイド」
「え、待って待って……住み込み、ですか? 一つ屋根の下で、先生と? 夜も?」
次第に藤崎さんの眉根が強く寄っていき、何度も何度も私と神楽さんの顔を見る。
「そうだけど」
「せ、先生?! マズいですって! こんな子供と暮らすなんて、犯罪」
「バカ。また声大きいって」
言葉を遮り、私は強めに待てとばかりに手を差し出す。すると藤崎さんはハッと我に返るものの、またすぐにジト目でこちらを見てくる。
「いやだって、倫理的にアウトでしょう」
「あのね、神楽さんは成人女性だよ」
「えへへ、これでも二十歳なんです。童顔なんで、よく間違われるんですよ」
「……え、あ、ご、ごめんなさい」
慌てて藤崎さんが頭を下げる。そうしてゆっくりと顔を上げ、もう一度神楽さんの顔をまじまじと見始めた。
「えぇー……どうしたらこんな綺麗な肌になれるの? 若いっていいな」
「藤崎さんだって確か二十四でしょ。私より若いくせになに言ってるのよ」
「私はほら、どっちかと言えば老け顔なので」
「あなたは美人なんだけど、行動が残念でそう見えないだけよ」
先程のこともあって棘のあることを言ったつもりだったが、何だかまんざらでもなさそうに口元を緩ませていた。ほんとに、黙っていれば美人で仕事ができそうなのに。
「それで、今日来た要件は? まさか本当に大福持ってきただけじゃないでしょ」
私は場の空気を変えるためにコーヒーを一口飲むと、そう切り出した。するとすぐ藤崎さんが大きくうなずいてから、そばに置いてあった紙袋をそっと差し出す。
「まずはこれ、遅くなりましたけどお土産です。電話した時に二人分買ってきてなんて珍しいなと思ったら、こういうことだったんですね」
「ありがとう。あとで美味しくいただくから」
私はそれを受け取ると、神楽さんに渡した。
「それじゃ、今日はもういいよ。お疲れ様でした」
「待って先生、それは酷い。まだこれから」
「神楽さん、お客様お帰りだって」
「いやいや、まだですから。ねぇ神楽さん、先生いつも私に意地悪するんですよ。意地悪されてません? 大丈夫ですか?」
慌ててすがるように藤崎さんが神楽さんに手を伸ばす。神楽さんは困ったように固まり、服の裾をつままれていた。
「先生はすごく優しくしてくれてますよ」
「だってさ。ほんと人聞きの悪い」
「えー、だって瑞希さんいる時も私のことをいじるじゃないですかー」
「だって藤崎さん、面白いから」
かくりと頭を下げ、何か考え込むように「んぅー」とうなっている藤崎さんはこうすることが多い。ほんと私と違って美人なんだから、しゃんとしていればいいのに。
「で、要件ってほんとになんなの?」
これ以上は進まないと判断した私が改めて訊き返すと、藤崎さんも居住まいを正した。
「単刀直入に言います。うちでも書いていただけないでしょうか」
「えー……だって今、三船出版のとこで長編書いているから厳しいって」
「そこを何とか」
テーブルに頭をつき、まるで土下座するような姿勢になっている藤崎さんを見て、なんとかしてあげたいと思いつつも答えに困る。
「私、同時に何作も書けないってのは知ってるでしょ。さすがに今回、三船出版の顔を立てなきゃならないから、もし長編を書くとしてもその後になるかなぁ。でも、確約はできないよ」
「ありがとうございます。それだけで十分です」
「……ほんとにそれで十分なの?」
私が訊き返せば、藤崎さんはその意図がわからずぽかんとした顔で私を見詰め返してきた。
「え、はい。先生がうちで長編書いてくださる意向があるってことですよね。先生の筆の速さなら、今年中には三船さんの原稿を終えられますよね。でしたら来春かその夏にはうちに原稿を渡してくれますよね?」
「まぁ、順調にいけばね」
それを聞いて満面の笑顔になる藤崎さんにだんだん悪い気がしてきた。
「これはさ、独り言なんだけどさ」
「はい?」
「二万字くらいの短編なら、合間に書けるんだけどなぁ」
するとみるみる藤崎さんの顔が嬉しそうにほころんでいく。
「えぇ? 本当ですか?」
「次回うちに来る時に大黒屋のおまんじゅうがあればなぁ、筆進みそうだなぁ」
「買います、買います。なんなら十箱くらい買いますよ」
「糖尿病になっちゃうわ」
それから少し雑談した後、足取り軽く藤崎さんは帰って行った。時計を見ればお昼の十二時を少し回った頃。神楽さんがコーヒーカップを片付けていたが、ふと手を止めた。
「先生、やっぱり優しいですよね」
「社会経験のほとんどない私が言うことじゃないけど、まだ新人でしょ。だったら花を持たせてあげないと、押し潰されちゃうからね。あと、お土産欲しいし」
苦笑いする神楽さんに、私は静かに目を閉じて大きな息を吐いた。
「ちゃんと私の好みを調べ、アップデートしてくるんだよね。そうした細やかな心ってのは必ず伸びるの。でも同時に、枯れやすい。だから心を壊す前に手柄を与えたいのよね」
「やっぱり優しいじゃないですか」
私はふふっと軽く笑うと、パソコンの前に座った。




