第十話~メイドのお仕事、作家のお仕事~
「ふぅ、ごちそうさまでした」
晩ご飯のシンガポールライスを食べ終えた私は手を合わせると、深々と椅子にもたれかかった。思いのほか食べ過ぎてしまったせいで、ちょっと苦しい。
「ちょっと多かったですかね」
それは神楽さんも同じらしく、まだ途中だけどスプーンの動きが鈍くなってきているのを私は見逃さない。
「いや美味しくて食べ過ぎちゃったよ。思ったよりもあっさりしてたから……。神楽さん、多かったら残してもいいからね」
「いえ、大丈夫です」
するとペースを上げ、四分の一ほど残っていたそれを一気に食べ終えた。
「あはは、私もお腹いっぱいです」
そう言いながらお腹をぽんぽんと叩き、神楽さんが笑みを浮かべる。素の仕草なんだろうか。もしそうなら、男受けいいんだろうな。だって恋愛対象が女性の私ですら、なにこの可愛い生き物とかって思っちゃうし。
「少し食休みしてから、洗い物とかした方がいいよ」
「あ、いえ、大丈夫ですから」
メイドの矜持だろうか、それとも単なる罪悪感なのかすぐに神楽さんが立ち上がろうとした。だから私は慌ててそれを手で制し、もう一度座るようにうながす。神楽さんは小首を傾げながらも、大人しくそれに従ってくれた。
「ねぇ、折角だから少しお話しよう」
「はい、わかりました」
にこりと笑った表情の裏に、どこか安堵しているようにも見えた。
「神楽さんはここに来る前、どんなとこで働いてたの?」
「えぇと、それは守秘義務なので詳しくは話せませんけど、一日三時間程度の通いを複数掛け持ちしていましたね」
「あぁ、やっぱりそういうのが普通なんだ」
「そうですねー。一般的にはそのくらいの時間で週に二度か三度の利用が多いです。そしてその中でもどれをメインにするのか決めてもらい、それに時間内に応えるようにするのが多いですね」
「それって、どういうこと?」
なんとなくはわかるけど、確証がない。私はこのように九割九分合っているとわかっていても、確認してしまう癖がある。だから時として「さっき言ったじゃない」とか「何度同じことを言わせるんだ」と思われて嫌われることも多い。
「えぇとですね、例えばその三時間で掃除をメインにするのか、料理をメインにするのか決めてもらうんですよ。料理でも、作り置きメインなのか晩ご飯を豪華にしたいのかと。それで、適性のある人を会社が選んで向かわせるんですよね」
だけど神楽さんは嫌な顔一つしない。それは私が雇用主だからだろうか、それとも生来の性格なのかはまだわからない。
「神楽さんはどういう担当だったの?」
「私はそうですね、料理で呼ばれる事が多かったですね。もちろんみんな、一通りできるようには研修は受けてるんですよ。あとはそれぞれ得意な分野の申告と、二度目からは向こうの評価というのも大いに関わってきましたね」
「あぁ、初回の印象でまた来て欲しいとか、もう来るなとかって?」
「そうです。そうなんですよ」
大きく何度も神楽さんがうなずくのを見て、私は思わずいけないと思いつつも笑ってしまった。
「大抵は優しい人達なんですよね。でも稀に……って、駄目ですよね、こんなの。先生と話してると、何だか気を許しちゃうので色んな事を話しそうになっちゃいます」
「ふふっ、そう思ってくれるのは嬉しいかな」
見詰め合い、すぐに笑い出す。でもそれはネガティブなものではなく、心が通い合っているからというのがはっきりと感じ取れる。もうそのくらいには信用し、信用されているんだと心でわかれば、口角もさらに上がった。
「さて、少し落ち着いてきたから仕事しよう。コーヒー淹れてもらえるかな。その後は昨日も言ったけど、ある程度終わったらもう自由時間でいいから」
「わかりました」
正直、まだちょっとお腹が重かった。けれど眠気も若干あったため、今日はもう早々に仕事を始めていつもよりちょっと早く寝ようと考えたのだ。
夜の九時過ぎ、執筆に熱が入ってきたところですっと神楽さんがそばに立った。
「それでは先生、おやすみなさい」
「はい、おやすみ」
ぺこりと頭を下げて神楽さんが部屋に入ったのを見届けると、私はまたパソコンに向き直った。慣れない環境であんなに頑張っているんだ、私も気合入れなきゃ。
それから二時間ほどして、トイレに行きたくなったので席を立った。神楽さんの部屋はトイレに近い。だから私はちょっとだけ足音に気を遣って歩いていると、ふとドアの下の隙間から灯りが漏れているのに気付いた。
あれ、まだ起きてるのかな?
ちょっと耳を澄ましてみるけど、中から物音は聞こえない。読書でもしているんだろうか。それとも何か他のことをしているのかな。まぁ、自分の時間を有効に使ってストレスを発散してもらいたいものだ。
なんてことを考えながら、私はトイレに入った。
それからまた執筆を進め、今日一日で七千文字書けたことに満足した私はファイルを保存して、瑞希に送信する。これでひとまず私の今日の仕事はおしまい。あとは明日の昼までにチェックの入った文章が送り返され、それを直してから続きを書く。
これはもう、作家によるスタンスの違いだろう。ある人は完成まで書いてから直し、それをまた推敲して修正していく。きっと本来このほうが出来がよくなるのかもしれないけど、私には無理だ。
だからまずラストまで書いたプロットを送り、それを基に書き上がった部分から都度チェックしてもらう。途中、プロットになかったイベントを差し込んだりすることもある。それも含めどう盛り上げるか、どうラストまで興味を持たせるかメールでやり取りするのが私のスタイル。
まぁそんなわけで、もう夜の十二時半だから返信は明日になる。私はうんと伸びをしてから立ち上がり、冷蔵庫に入っている四合瓶の日本酒とチーズ、そして酒盗を取り出す。チーズをお皿に移し、そこに酒盗を少しかけたのが今日のおつまみ。
疲れた頭が少し元気になり、思わず口元がにやける。そしてパソコンデスクに戻ろうとした時、ふと神楽さんの部屋が気になったので目を向けた。
……まだ電気点いてる。
もしかしてまだ起きてるのかな。それとも、疲れて電気点けっぱなしで寝てしまったんだろうか。
私は手にしていた晩酌セットをパソコンの机に置いてから、神楽さんの部屋をもう一度見た。
ノックして、消し忘れだよと中に入るべきか。いやでも、寝ていたら気まずい。というか寝てなくてあられもない格好をしている方がもっと気まずいな。相手は幼く見えるけど成人女性、何があっても変じゃない。
ま、いいや。
別に電気点けっぱなしでもいい。この時間に入るほうがよく考えれば非常識だし、失礼極まりない。たとえ私が家主や雇い主だとしても、だ。
それより、やっと飲める。そっちを堪能しようっと。
私はパソコンの前に座り直す。そしていつも暇潰しに見ているお気に入りのサイトを開くと、コップに日本酒を注いでからくいっと傾けた。




