9:安倍晴明の望みと蛍の想い
挿絵はチャットGPTのAI生成画像です。
(普通、記憶喪失の人ってもっと深刻になるんじゃないだろうか……)
普通はもっと焦るはずなのに、全てを軽く納得してしまう蓮の落ち着きぶりに、蛍は拭えない違和感を覚えていた。
そんな蛍をよそに、蓮は小首を傾げながら問いかけた。
「……そういえば、蛍も最近、ここに来たの?」
「あっ、うん……そうだ。 ボクは安倍晴明の人工神として目覚めて——」
その声にハッと顔を上げた蛍は、小さく頷いて柔らかく笑って答える。
「蓮より少し前から、ここにいるんだ」
「へぇ……蛍は人工的な神様ってことか。 その安倍晴明っていう存在は、蛍の主なの?」
蓮のそれは蛍が、安倍晴明のものであるのか、確認しているようにも聞こえる質問だった。
無論。人工神として、目覚めてここにいると蛍本人が言うのだから、蓮は、蛍が安倍晴明という存在に縛られていることに気づいていた。
(……もし、彼女に「そうだ」と肯定されたら、僕は面白くないんだけれど……)
内心は穏やかではない——しかし、表面上は笑顔のまま、蓮は蛍の答えを待っていた。
そんな蓮に対して、蛍は予想を裏切るように、みるみる肩を落として言った。
「うぅ、晴明は……ボクの主ではないと言うんだ。 それに晴明はボクの自由を、ボクが好きにすることを望んでいる」
「えっ……それで、蛍は僕の看病を?」
蛍は、それほど自分を思ってくれていたのだろうか?と嬉しくなる蓮だったが、次の瞬間、蛍から発せられた言葉に全ての思考が固まってしまう。
「うん! 晴明に主になっても良いって認めて貰えるように、今、好きにすることを頑張ってるんだ!」
「…………」
笑顔で、グッと拳を作る蛍に、蓮の笑顔が凍りついた。
つまり、蛍が蓮の心配をするのも、蓮が現在看病されているのも……全て安倍晴明に言われた「好きにすること」の延長線上にあるということだ。
(あぁ……最悪だ。 もう本当に、どうしたものか……)
色んな意味で心が痛い。と蓮は思わず静かに目を閉じた。
蓮は自分が気になる子が、安倍晴明を一途に想っていて、自身のことなど眼中にないという事実に……思わず、もう一度深く眠ってしまおうかとすら思う。
(……しかも、安倍晴明の望みと、蛍の想いはひどく噛み合っていない。 それに、蛍は気付いてないまま……蛍の心は晴明にあるなんて——)
それはもう複雑な気持ちになる。
しかし、だからこそ蓮は納得していた。
(でも、それがきっと蛍という存在なんだろう……それで良い。彼女は彼女のままでいい……)
そう蓮の中ですんなり受け入れられるほどに残っていた何かが、彼女は善良で無垢で、危うい程に献身的なのだと教えてくれる。
たとえ、蛍が安倍晴明を一途に想っていたとしても蓮はすぐに諦めるつもりもない。
「うん……いいと思うよ」
今は、それでも構わない。
蓮は自信を持って優しく微笑んでみせる。
「それが蛍のしたいことなら、僕は、何であっても応援するからね!」
蓮はニッコリと笑顔を作ると蛍の手を取って言った。
今の自分には、記憶喪失という理由がある。
優しくて、善良な蛍を自分の側に、引き留める理由ならいくらでも並べることができる。
「ありがとう、蓮……」
蛍の翡翠の瞳がうるっと揺れる。
「応援してくれる人、初めて……嬉しいっ!」
もちろん、蛍は泣きそうな顔で、純粋に蓮の言葉を喜んでいたのだ。
……だが、これも蓮の計算の内で。
「あぁ、でもね……僕も蛍に応援して欲しいんだけど、良いかな?」
蓮は続けて困ったように眉を下げて言った。
「もちろんだ! 何を応援したらいいんだ?」
蛍は嬉しそうにコクコクと頷いて蓮の言葉を待った。
「うん。あのね……」
蓮が青い瞳を少し躊躇うように伏せる。
一つ、呼吸をおいて澄んだ蒼はまっすぐに蛍を見つめた。
「僕一人じゃ、失くした記憶を取り戻せそうにないから、蛍の手を貸して欲しいんだ……」
キラキラと蓮に見つめられて、蛍は目が眩んでしまう。
「……うぅ、眩しい」
美少年のお願いとはこれほど眩しいのかと、直視出来ないまま蛍は答えた。
「……も、もちろんだ。 蓮がちゃんと記憶を取り戻すまで、ボクは手伝うから安心していい」
蛍の答えを聞いて蓮は、ぱぁっと花が咲くような笑顔を浮かべると。
「嬉しいよ、蛍!」
そのまま勢いよく蛍に抱き付いた。
「わっ!? ちょ、急に抱き付くな、びっくりするだろ!」
「ごめん、嬉しくって」
「蓮……まったく、困った子だな」
蛍は驚きながらも安倍晴明が蛍にしてくれるみたいに、よしよしと蓮の頭を優しく撫でる。
「ふふっ、素直で良い子でしょう?」
「それを、自分で言うのか……」
何かが違う気がする。とツッコミながら蛍は、蓮から体を離そうと身をよじる。
それにしても、蓮の力が強い。人工神の身体であってもミシミシ音がしている。
「——蓮……苦しいから……っ、離れてくれないか?」
怪我人とは思えないほどの圧力で抱き締められて、蛍は酸欠を超えて死体になりそうだった。
「僕は蛍のこと好きだから、こうして、ぎゅーってさせてくれないかな」
しかし、倍の力で抱き締められてしまう。
「……うぅっ、うん?」
蛍の言葉に対してズレまくっている蓮の言動と行動に、蛍は首を傾げる。
なんだか自分より、蓮の方が子供なんじゃないかとすら思う。
(……まぁ、それもそうか……記憶がなければ、神様といっても子供なのだろう……うん。 いや、でも、苦し過ぎる……)
このままでは、蓮に悪意なく締め殺されかねない。
「と、とりあえず、その……力だけ緩めてくれないか……ボク、死にそうなんだ……」
「あ! そっか、ごめんね。加減がわからなくて……」
蓮は眉をハの字に下げて心配そうに蛍を見やる。
そんな蓮に「……大丈夫だ」と困り顔で笑った蛍は、しばらく蓮をあやすように撫でた。
指通りのいい蓮の柔らかく真っ白な髪。
布越しに伝わってくる体温は、蛍とは違う骨張った身体をしていた。
(……やっぱり男の子って、身体がしっかりしてるんだな。 羨ましい……)
そんなことを思いながら蛍が蓮の頭を撫でていると、ふわりと鼻腔をくすぐったのは蓮の甘く爽やかな香り。
安倍晴明とは違う、その花に似た香りに身を任せるように蛍は目を閉じて小さく呟いた。
「……蓮、すごく良い香りがする……」
(——!?)
蛍に頭を撫でられていた蓮だったが、唐突な蛍の口説き文句とも言える言葉に目を開いて顔を赤らめて固まってしまった。
(……えっ?えっ? い、いま、僕……蛍に口説かれてた? えっ? 待って、気のせい——?)
蓮が蛍をチラッと横目に見るも蛍は目を伏せて穏やかな表情で蓮の髪を撫でてくれていた。
蓮の視線に気付いたのか、蛍は翡翠の瞳を柔らかに細めて小首を傾げる。
「……うん? どうしたんだ?」
(……か、可愛い。 ただ、ただ可愛い……)
蓮は一柱で照れてしまう。
「——あ、いけない」
蛍はハッと思い出す。
静かな部屋に流れる二柱だけの優しい空気に、蛍はすっかり時間を忘れかけていた。
「蓮……そろそろ、ボクは、晴明に君が目を覚ましたと伝えて来なきゃいけないと思うんだ」
蛍は蓮の背中に手を置いて、おずおずと言った。
「もう仕方がないなぁ。せっかく蛍を、独り占め出来てたのに……」
そう唇を尖らせながら、拗ねたように離れていく蓮に、「蓮……もしかして」と蛍はジトッと蓮を見据える。
「さっきボクの話を聞いてないの、ワザとだったのか?」
「んー? さぁ、どうだろう?」
飄々とした態度で、ニコニコと笑みを浮かべている蓮を視界に映して、蛍は諦めたように息を吐いた。
「はぁ……もう、仕方がないな。 ボクは晴明を呼んでくるから、蓮は少し待っていてくれ」
「はーい」
蛍はゆっくり立ち上がると、蓮の素直な返事を背に安倍晴明の部屋へ向かった。
蓮が計算高いですね。




