10: 蛍は晴明と仲良くしたい
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安倍晴明の部屋に向かっている道中、蛍の脳裏に先ほどの蓮との会話が浮かんだ。
(僕は蛍のこと好きだから、こうして、ぎゅーってさせてくれないかな)
本来、子供とは好きも嫌いもまっすぐ素直に表すものなのだと蛍の中の知識は告げている。
「……ちょっと計算高いところもあるけど、ボクも蓮みたいに素直になって、晴明に、ボクの気持ちが伝えられたなら」
蛍に対する安倍晴明の態度も違ったのだろうか。と脳裏にそんな邪な考えが浮かんで。
(もしボクが子供らしく「ボクの主になって欲しい! 好きだからご主人様の側にいたい!」そう伝えられたなら……)
——『お前のその依存した生き方が重たいんだ。まずは、その存在意義の答えから離れろって言われてんの』という咲耶の声が聞こえて、蛍は慌てて頭を左右に振った。
「いやいやいやっ! 咲耶兄から言われたばかりなのに……、これが咲耶兄の言う、ボクのダメなところ……なんだろうな」
しかし、いまだに何がダメなのか蛍には分からない。
そんな蛍の背中に、暗い気持ちを一瞬で吹き飛ばす少女の明るい声が投げかけられた。
「にゃにがダメなんですにゃー?」
そう言って、黒白茶の斑らの髪の猫耳少女が興味深そうに金色の瞳をまん丸にして蛍を見つめる。
「わっ、ミケ!」
足音もなく蛍の背後にいたのは安倍晴明の式神、猫又のミケだった。
「はい!吾輩はミケですにゃん! 家事炊事洗濯身の回りのお世話は全て吾輩にお任せにゃん!」
驚く蛍をよそに、ぴょんぴょんと和風メイド服姿の猫耳少女が元気よく跳ねる。
何故か毎日、会う度に自己紹介から入るミケだが、この広い屋敷のほとんどをミケが管理しているのは確かだった。
「いつもありがとう、ミケ」
蛍が笑顔で言うと、ミケはこてんと小首を傾げて問いかける。
「……はて、それで蛍様はにゃにに、困ってるにゃん? 足りない物があればご用命いただけたら吾輩の手をお貸ししますにゃん!」
ポンポンポンとミケが分身して、分身した数だけ小さくなるが足元いっぱいに囲まれてしまう。
「「「蛍様のお悩み、解決にゃー!!」」」
それに伴って、知能も言葉も少し減るが、その分、二頭身の可愛さは増している。
この一匹?……一人一人?が別々のことをしっかりこなせるのだから、「ミケは凄いな」と蛍は近くにいる小さなミケの頭を撫でる。
「ありがとう、でもこれはボクの問題で、晴明に伝えたいことだから……」
「「「ご主人様のお部屋に案内するにゃー!!」」」
蛍の言葉に、ミケ達から唐突な結論が飛び出てきた。
そして問答無用で蛍を囲むとミケ達はよいしょよいしょと、蛍を安倍晴明の部屋に向かって運んで行く。
「……あっ、え! い、行き先はあってるけど……えぇっ、待ってくれっ!」
そうだけど、そうじゃないっ!。
半泣き状態の蛍の静止も届かず、あっという間に安倍晴明の部屋にたどり着いてしまった。
「「「蛍様、到着にゃーー! ご主人様ーーっ!」」」
安倍晴明の部屋の前でミケ達が大きな声を上げると、襖の奥から困惑気味の安倍晴明の返答が返ってきた。
「ミケ、か? 随分と賑やかな……どうぞ入りや」
ミケ達は安倍晴明の言葉を聞くとガラッと襖を開けて、部屋の中によいしょよいしょと入る。
「「「蛍様のお届けにゃー!」」」
「……あ、ありがとう、ミケ」
「「「任務完了にゃー!」」」
蛍を安倍晴明の側に座らせるように、そっと降ろしてミケ達は去って行く。
「ほんに、相変わらず元気やな、ミケ……」
ミケ達が部屋から出て行くのを見届けて、安倍晴明は蛍に視線を戻した。
「……蛍、どないしたんや」
静かな問いかけとともに安倍晴明の新緑の瞳に蛍が映し出される。
蛍はハッと我に返って慌てて口を開いた。
「——あ、ご主……っ、晴明!」
急な展開に、意識が持っていかれていたせいで、危うく呼び間違えそうになって言い直した。
(……あ、危なかったぁ……気をつけないと)
安倍晴明を前にして、ごくりと息を飲み込む。
そして蛍は気持ちを引き締めると、まっすぐに安倍晴明を見据えて言った。
「蓮が目を覚ましたんだ!」
「あぁ、やっと起きはったんか。 長いこと眠ってはったな。 ……ほな、俺も様子を見に行くか」
そう言って晴明が立ち上がる。
「おおきに。ありがとうな、蛍」
蛍の横を通り過ぎる時に安倍晴明は、よしよしと蛍の頭を優しく撫でてくれた。
「お前さん、ずっと蓮の看病してはったんやろ、少し休みや」
「うん! あ、えっと……晴明」
やっぱり、優しい。と蛍は安倍晴明に頭を撫でられて、内心で嬉しさに舞い上がる。
(今なら、少しだけ、何か言えそうな気もする)
そう少しだけ蓮に倣って素直に気持ちを伝えてみたいと思った。
(……えっと、なにを伝えよう)
しかし、いざ安倍晴明を前にすると思考がまとまらず、蛍は言葉を探して口をパクパクさせていた。
「どないしたんや?」
そんな蛍に合わせて、安倍晴明は視線を合わせるように、少し屈んでくれる。
ふわりと、安倍晴明の白檀の香りが蛍を包む。
こういう、無意識に優しい仕草も安倍晴明の匂いも蛍は好きだった。
(……あぁなんて言ったら、晴明はボクを受け入れてくれるんだろう……)
主ではダメ、家族、恋人、友人。蛍の中にある知識を探す。
それぞれの正しい表現で言うなら、一番軽くて、一番当たり障りのない好意で、素直に勢いよく、蛍は安倍晴明に気持ちを伝えてみることにした。
「……ボク、その、晴明と仲良くしたいと思ってるんだ!」
「それは——」
意表を突いたその言葉に、安倍晴明の眼鏡の奥にある新緑の瞳が見開かれる。
(……偉い、可愛らしいことを)
安倍晴明も、まさか蛍に突然、仲良くしたいと言われてしまうと思っていなかった。
(いや……今、俺と仲良くなんてしてはったら、蛍は俺から離れられへんやろ……)
自分の中の蛍に甘くなりそうな心を律して、安倍晴明は言葉を探すように蛍から視線を逸らす。
安倍晴明は蛍を傷付けたい訳ではなく、蛍が1人で立てるならそれで良いのだ。
「蛍……。 俺はお前さんを守る義務がある」
そして静かに言葉を続けた。
「人の言葉で表すなら保護者や。 俺は、それ以上でもそれ以下にもなれへん……」
「つまり、その……晴明は」
蛍は安倍晴明を遠慮がちに見上げる。
「ボクと、仲良くしてくれる……のか?」
「せやな。 保護者の範囲内でなら、仲良くできるな」
安倍晴明は一つ頷くと新緑の瞳を伏せて淡々と答えた。
その言葉に、蛍はパァぁぁッと笑顔に変わった。
「わぁ、本当にっ!? 嬉しいっ!!」
安倍晴明の保護者の範囲内がどんなものか、蛍にはまだ分からない。
だが、今まで頑なに受け入れなかった安倍晴明が、初めて蛍の気持ちを受け入れてくれたのだ。
(……ご主人様が保護者の範囲内でなら、仲良くしてくれるようになる、これは一歩前進だ!!)
「やった!」と両手をあげて喜んでいる蛍に、安倍晴明は「そんな喜ぶことでもあらへんやろ……」と困ったような笑顔を向ける。
「もう、お前さんは部屋に戻りや」
「うん!」
「食堂でご飯もちゃんと食べるんやで、湯浴みはミケと行きなはれ、ええな?」
「うん、大丈夫だ!」
そう言って、振り返りながら部屋から出て行った安倍晴明の背中を蛍は見送ることになる。
(なんだかんだ、心配性だし……ボクのご主人様。 本当にいい人なんだよなぁ……)
蛍は嬉しくなって、一柱、安倍晴明の部屋で口元を綻ばせていた。
* * *
ミケが可愛いですね。
蛍の願いは叶うのでしょうか? 行くさきはいかに……。




