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11:安倍晴明の式神・影踏鬼




 一方、蓮は蛍が居なくなった後で、自身と蛍のことを考える。



「僕が唯一覚えてることは、高天原の一般的な知識と。 禍ツ神との戦い方。 そして僕の神力と記憶は、時が経てば戻るってこと……」

 


 今は、全くと言っていいほど神力がない。

 蓮は自身の手に意識を向けるが、手に神力を纏うことさえ出来ない。

 


「——これは、蛍と関わるために、僕が選んだことなんだろうね」



 しかし、これでは、身体強化も出来ないし、禍ツ神を喰らうことも出来ないのか。

 困ったなと思考して、はたと気づく。



(……うん?あれ、禍ツ神って喰らうものだっけ?)



 小首を傾げて考えるが、なぜそう思ったのかも分からないし、考えても今は色々と記憶に靄がかかったようになっている。



(うん。記憶が戻れば分かるから、今はいっか!)



 蓮は、この状況が自分で望んだものだと知っているからこそ、何の不安もなかった。

 むしろ、この何もかもを忘れた状態を楽しんでさえいる。


 

「彼女ともう一度、過ごすために……僕は時間を貰った。蛍、君は僕にとって大切な子なんだろうね」



 蓮は純粋に蛍を好ましく思うし、もっと彼女の色々な一面を知りたいと思う。 



 これが蓮の中に元からあったものなのか、今日芽生えたものなのか分からない。

 でも、胸の奥が高揚する感覚は、なんとも表しがたく、心地よかった。



「あぁ、楽しいなぁ。これが限られたものだとしたら、僕は甘んじて子供らしく好きに振る舞っちゃうぞー!!」



 蓮が1人で、えいえいおー!と声を上げて、腕を天井に向けて突き立てていたところ。



「起きて早々、えらい元気やな、蓮」



 静かに襖を開けて、入室して来た安倍晴明が呆れた顔をする。



「……あ、君が安倍晴明?」



「そうか。()()()()()()()()で何よりや」



 サラッと言うと、安倍晴明が蓮の側に腰を降ろす。

 ぱちくりと蒼い瞳を数回瞬いた蓮はケラケラ楽しげに笑った。



「あはははははっ!やっぱりかぁ〜、こーんな都合良く、都合の悪いことだけ覚えてないんだから。そうじゃないかなと、思ってたところだよ」



「地頭が良いと、そう簡単に子供に成りきれへんのやな」



「んー、まぁそうだねぇ……」



 人差し指を口元に当て、少し悩ましげに視線を彷徨わせたあと、蓮は心を決めたように口元に笑みを作る。



「せっかくの状況だから、子供らしく好きに振る舞わせてもらおうと思ってるよ。全部が全部、僕も分かるわけじゃないしさ」



「そうか。それなら、()()()が望んだ通りの状況や。全ての力と記憶を取り戻すまでの限られた自由を過ごしなはったらえぇ」



「うん、分かってる」



 それが限られた時間だということは理解している。

 この先が何も分からなくとも、それでも、蓮の心は喜びに満ちていて、自然と笑みが溢れた。 


 しかし、気がかりなのは蛍の状況だった。



「——ところで、晴明。あの蛍って子……」



 人工神ということだけあって、安倍晴明への忠誠心と依存が、凄いことになっている。



 安倍晴明の望んだ通りに行動しているが、そこに自分の意思を感じなかった。



「随分と矛盾させた生き方させているけれど、手放しちゃうの?」



 安倍晴明本人は、蛍のことをどう思っているのだろう——と、蓮は安倍晴明を横目に見やる。



「手放すも手放さんも、俺にはあの子の主になる資格はあらへん」



 淡々と感情が見えない答えが返ってきた。



「決めるのは、あの子自身や……」



 そして、当たり前に、ズボッと自分の影に手を突っ込んだ安倍晴明は、そのまま茶器を取り出す。しかも、普通にお茶を用意し始めた。

 「いや……え? どっから出してるの?」と、蓮は戸惑いを隠せないまま、思わず安倍晴明の影を凝視してしまう。

  


「そ、そう……。 それなら、僕があの子を貰っても良いんだね?」



「蛍が望むのなら、俺は構わへん」

 


 ユラッと安倍晴明の影が揺れる。

 まるで、安倍晴明の感情の揺れのようにも思えた。



 ソレが——影の中で蠢く。

 丸く黄色いビー玉が二つ並び、猫の口のような顔がにゅっ……と一瞬だけ現れて消えた。



「いや——いやいやっ!!待って、今、影になんかいた!?」



「ん? あぁ、影踏鬼(かげふみおに)のことか? 俺の式神が影に住んでるだけや」



『ゴシュジンサマノ、カゲソノモノ、デ、シキガミ』



 そう紹介された影踏鬼が、安倍晴明の影の中に顔を浮かび上がらせてニッと笑う。



「……っ! 怖過ぎ……この影、喋るんだ」



 蓮は影踏鬼と視線がかち合うとゾッと悪寒が走る。


 ……恐ろしい。というか、蓮が本能的に受け付けない何かがそこにあった。これが生理的に無理というものなのだろう。



「そういえば、前も似たような反応してはったな……。あの時は何も言わずに固まってはったが、蓮は妖怪や怪異が苦手なんか?」



「なんだろう、苦手っていうか。目が合うと悪寒が……止まらない。吐き気がする」 



『カクレンボ、スル??』



「……どんな聞き間違いをしてるの? お願いだから、二度と僕に話しかけないで欲しいなっ!」



 ボフンッ——と、蓮は枕で勢いよく影の中にいる影踏鬼を叩く。

 安倍晴明の影を叩くことで、影踏鬼を影の奥に追いやろうとしたのだ。

 しかし、影から再び、にゅっ……と、出てくる。

 ——よりにもよって、枕の影が落ちた"蓮の手の甲"から、その黒く丸い蛸のような存在の鬼がニィっと笑った。



「……っ! もう……なんなのっ、一体……っ〜!」

 


 ……ゾワッと蓮の背に悪寒が走る。

 そのモグラ叩きのような不毛なやり取りを何度も繰り返していた。



 妖怪や怪異の住む世界は『妖界(ようかい)』と呼ばれる。



 そこに住まう彼等は、不可視の存在なれど、自己の意思を持ち合わせて、独自の条件を満たした時に、その場所に具現化する。

 


 式神の影踏鬼は、陰陽寮が創り出した『黄昏時(たそがれどき)の鬼という怪談の少年』であり。



 怪異そのものであるが故に、宿主が死んでも消えることがなく、そのまま『妖界』に戻るのだ。



(蓮が嫌うのは、妖怪や怪異は——殺しても祓っても喰らっても性質上、根絶できない厄介な害虫のようなものだと。 本能的に感じてはるのやろうな……)



 安倍晴明は優雅にお茶を啜りながら、蓮の妖怪や怪異嫌いを分析していた。




晴明の式神、影踏鬼が登場しました。

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