8:花びらの妖精の正体は?
挿絵はチャットGPTのAI生成画像です。
蓮が目覚めてから、数日が過ぎた。
柔らかな朝の日差しのなか、庭の桜が風に揺れて、はらりはらりと花弁を散らしていた。
しかし、庭の桜の根元には花びらの山があちらこちらに出来上がっている。
「……ふ〜ん、ふふ〜ん、ん〜と、よし!今日の朝の鍛錬も、これで終わりかなぁ〜」
そう鼻歌を歌いながら、蓮は桜の花弁の山を整え終えた。
蓮が、なぜ早朝に鍛錬しているのかというと——。
『はぁ?病み上がりで、なに鍛錬とかやってんの?そんなに死にたいなら今すぐ、毒薬持って来てやるよ……』
昼間は、蓮の経過を見にやってきた咲耶が可愛い顔を鬼の形相に変えて怒り狂うからだ。
「そうは言っても、いつも一柱つまらないなぁ……」
蓮が落ちている桜の枝を拾って指先でくるくる回転させながら悩んでいた。
「あれ、蓮……?」
その時、鈴を鳴らすような声が蓮の耳に届いた。
ハッと顔を上げた蓮が振り返ると、そこには箒を持った蛍がいた。
「こんな朝早くから、ここで何をしているんだ?」
蛍は驚いたように目を瞬かせ、首を傾げた。
こんな朝早くに、蓮が庭にいると思わなかったのだろう。
「わぁ、おはよう、蛍!」
蓮が驚いている蛍に駆け寄った。
「おはよう、蓮。蓮は朝早いんだな」
ふわりと微笑む蛍に、蓮は困ったように笑った。
「その……実は朝こっそり鍛錬してて……」
「えっ、鍛錬……していたのか、知らなかった。どんな鍛錬をしているんだ?」
「それは、ね……」
そう興味津々に蓮を見つめる蛍に蓮は正直に伝えるべきかと悩む素振りを見せる。
今まで朝の庭で二人が顔を合わせなかったのは、蛍が花弁を集めに来る前に、蓮が鍛錬を終えて立ち去っていたからだ。
そのおかげで、蛍から「……最近、庭の何ヶ所かに花弁の山が出来ているんだが、妖精でもいるのか?」と蓮は妖精扱いされていた。
(そう妖精のために、悩んでいる蛍もかわいい……)
もはや、花弁の山を作るところまでが日課になっていたが、見つかってしまった以上、蓮は正直に答えることにした。
「腕立て伏せと腹筋を千回ずつと走り込み、諸々の体力強化と花びら 集めを日課にしてるよ」
「そ、それは日課の桁が、間違ってるような気がするんだが……」
蛍は蓮の口からサラッと出てきた恐ろしい数字に、カタカタと箒を持つ手が震えた。
そして、「花弁集め?」とハッと気付いた蛍が蓮を見やる。
「まさかっ!君があの山を作る花びらの妖精さんだったのか!」
「あはは〜、実は僕でした!」
蓮は舌を出して茶目っ気たっぷりに笑った。
「……なんだ、妖精さんじゃなかったのか」
蛍は少し残念そうに花弁の山に視線を落としたが、病み上がりの蓮が心配になって、すぐに顔を上げた。
「でも、蓮……身体の方は大丈夫なのか?」
「うん。今は元気だし、動けるよ……ただ、咲耶に怒られちゃうから、鍛錬のことは秘密にしていて欲しいんだけどね」
蓮は悪戯が見つかった子供のように、人差し指を口元に当てて「しーっ」と囁いた。
蛍も実際に、咲耶が蓮を叱っているのを何度か目撃していた。
「咲耶兄は色々と厳しいけど、……蓮に早く治って欲しいんだと思うぞ」
「うん、分かるよ、分かるんだけどね。毎度、しびれ草を投げつけてくるのは……勘弁して欲しいかな」
蓮は咲耶特製のビリビリと痺れる『しびれ草』を思い浮かべながら小さく息を吐いた。
せめて、動けるように身体を整えておかなければ、いざという時に足手まといどころか、死に直結する可能性もある。
禍ツ神が蔓延るこの世界で神力がないのは死活問題なのだ。
「多少、無理はしとかないとね……。僕は今、ただでさえ神力がないから肉体を強化しとかないと、いざと言う時に動けないからさ」
「なるほど。それも一理あるな」
蓮にも、蓮なりの事情があるのだろう。真剣な蓮の言葉に、蛍はうんうんと頷いた。
「それなら、次からボクも鍛錬一緒にやってもいいか?」
「…………えっ!?」
「きっと一柱より二柱の方が良さそうだ」
「そんな………っ!!」
そう蛍が願い出たものの、蓮が思いっきり驚いた。
(……蓮にとっては、迷惑だったろうか?確かに、ボクは蓮みたいに腹筋1000回とか、日が暮れても終わる気がしない)
蓮の反応を見て、自分が迷惑がられていると勘違いした蛍は慌てて、両手を振って言った。
「……あ、やっぱり、蓮の迷惑になってしまうかもだから、ボクは別で鍛えた方がいいよな!ごめんな」
しかし、蓮は蛍の手を取ると、ぎゅっと力を込める。
「ううん!全然いいよ、蛍!」
蓮はただ、蛍が一緒に鍛錬してくれることが嬉しくて驚いていただけだった。
(まさか蛍が僕と一緒に、鍛錬してくれるなんて!嬉し過ぎる……しかも、毎日朝一番に会えるなんて!もう、夢なんじゃないのかな!でも、蛍の手もあったかいし、これは現実っ!)
表面上、ただ明るい笑みをニコニコと浮かべている蓮の内心は、お祭り騒ぎだった。
「本当に、いいの……か?」
その一方で、蛍は迷惑になってしまうんじゃないか……と申し訳なさそうに眉を下げていた。
「全然いい!僕は猛烈に蛍と鍛錬したいから一緒にやろう!その方が、僕も嬉しいよ」
勢いに任せた蓮の言葉に、蛍は安堵の笑みを浮かべる。
「蓮は優しいな……ありがとう」
「ううん、お礼なんて、僕は蛍と一緒にいられることが幸せだから、それで十分なんだ」
「ふふっ、大袈裟だな、蓮は……」
蛍は零れるように笑った。
いつも明るく優しい蓮は、蛍が出来ないことがあれば、一緒に頑張ろうと手を貸してくれるのだ。
(……記憶がない蓮を手伝うって言ったのに、ボクの方がいつも蓮に助けられてるな)
蛍にとって蓮は良き理解者であり、友人であり、どこか放っておけない、家族のように大切な存在になりつつあった。
* * *
それから蛍と蓮は、早朝は一緒に庭掃除をしてから、鍛錬する日々が続いた。
「はい、九十七、九十八、九十九……最後一回、腹筋頑張って〜!」
「……ぅぐ……ぅ〜」
腹筋のために蛍の足を押さえている蓮が優しい笑顔で、淡々と回数を数える。
こういうところ、蓮は何故か容赦なかった。
「百! はい、よく出来ました」
「お、お腹が……割れ、る……」
最後の腹筋を終わらせて、蛍はその場に倒れ込んだ。
「ふふっ、割るためにやっているからね。その内、割れるよ」
「……蓮は意外とすぱるた、だ」
蛍は翡翠の瞳に涙を溜めて、小さな身体をプルプルさせていた。
そんな蛍に、蓮は竹筒の水を差し出した。
「えっと……大丈夫? ごめんね、蛍もお水飲む?」
生憎と蓮は自分以外の体力の限界が、どこにあるのか分からない。
だからこそ、腹筋は蓮の日課の十分の一にしてみたのだが、蛍が倒れ込んだまま動けなくなっているのを心配していた。
「飲むっ!」
蛍は蓮が渡してくれた水を、勢いよく飲み干して立ち上がった。
「はぁ〜、生き返った! 大丈夫だ、まだ頑張れる!」
痛いものは痛いし、辛いことも間違いないが、幸いにも蛍の身体能力は人工神として元より強化されたものだ。
「さすが蛍、なら続けて、走り込み行けそう?」
「うん。 もちろん、頑張れるぞ!」
走り出した蓮の後を、蛍は追いかける。
蛍は蓮の青い蓮柄の着物が揺れるのを見つめて、蓮が毎朝、鍛錬している姿を思い出して、ずっと疑問だったことを問いかけた。
「なぁ、蓮……。蓮は、ボクより先に別の鍛錬してるのに、どうして、そんなに動けるんだ?」
「——えっ、知ってたんだ!」
蓮は前を走りながら、驚いて蛍の方を振り返った。
蓮は深夜から鍛錬していることまで、蛍に伝えていなかった。
だが蛍は蓮の努力を知っていた……というより、たまたま知ってしまったのだ。
「うん。夜に厠に行こうとしたら、蓮の気配を感じて心配で、つい辿ってしまったんだ……嫌だったら、ごめんな」
蓮の身体も心配だったが、同時に、蛍は人一倍努力家な蓮を応援したいとも思っていた。
「そうだったんだ……ううん、全然いいよ。気にしないで」
首を横に振った蓮は、速度を落として蛍の隣を走り始める。
「……ただ、僕が頑張る理由は、いざという時に蛍をかっこよく助けたいし、蛍に僕のこと好きになってほしいだけなんだ」
「蓮……」
蓮は少し照れたように頬を赤らめ、朝焼けのように爽やかに笑った。
(なんて、可愛くて男の子らしい……)
そんな微笑ましい理由に、蛍は嬉しくなって顔を綻ばせた。
「ボクはそういう、蓮の努力家なところ好きだぞ!」
「くっ……全然、伝わってない!好きは好きでも、そうじゃない!そうじゃないんだ……蛍っ!」
蓮が思いっきり悔しそうに歯を食いしばる。
「蓮?どうしたんだ」
「——でも、可愛い!」
蓮は走りながら、悶えるように頭を抱えた。
その隣を走っていた蛍は、蓮の奇行にきょとん……とした顔で、首を傾げている。
底なしの体力がある蓮にとって鍛錬はご飯を食べるのと変わらず、蛍との鍛錬は蓮にとっては食後の甘味に過ぎない。
(だって、蛍が必死に頑張ってるんだから、僕も頑張らないとね。それに、毎日蛍に会えるのが楽しみ過ぎて眠れる気がしない!!)
そんな二柱の前に、向こう側からゆったりと晴明が歩いてくる姿が見えた。
「……あっ、晴明だ!」
もちろん、蛍が真っ先に気付く。
「……えっ、ちょ、蛍っ——待って!」
蓮の声が届いていないのか、蛍はあっという間に晴明に駆け寄って行ってしまう。
「……また、晴明かぁ」
蓮は、ほろりと涙を浮かべながら、渋々その後を追った。
二柱で筋トレを始めました。




