表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/60

8: 目覚めた蓮と蛍




 ——さらさら、と髪の毛に優しく何かが触れる感覚に、意識が浮上して行く。



「……ん」



 蛍はゆっくり瞼を開けると、夕暮れの柔らかな光に目を細める。

 そこに、澄んだ少年の柔らかな声が聞こえてきた。



「あ、やっと起きた」



「……えっ」



 蛍は彼が目を覚ましたことに気づいて、大きく目を開いた。

 蓮の蒼い瞳と視線が重なると、その瞳が優しく細められる。



「おはよう。と言っても、もう夕方だけどね」



「君っ、目が覚めたのか!?」



「うん、もしかして、君がずっとそばに居てくれたの?」



「それは……」



 その言葉に蛍は返答に迷った。


 確かに蛍は蓮のそばに居たが、それは、蛍がこの世界で目を覚ましてからの話。



(……それより前は、ずっと咲耶兄が蓮を治療していたから)



 だから、自分だけがずっと側にいたとは言えなくて、蛍はすぐに頷けなかった。


 —— 木花咲弥姫命このはなさくやひめのみこと様のことも、ちゃんと伝えたい。



「今まで、ずっと木花咲弥姫命様——咲耶兄が君を治療してくれていたんだ。 ボクは本当に最近……だから」



「そうなんだ」



 そんな嘘偽りのない言葉に、蓮はふっと柔らかく笑う。

 


「……でも、こうして君も僕の側にいてくれたことには変わりないんだね」



 そう言って蛍の髪の毛を一房、蓮の細長い指先がそっと梳いた。

 蓮の澄んだ蒼い瞳がまっすぐに蛍に向けられる。



「……それは、そうだけど」



「やっぱり、ありがとう」



 そんな蓮の好意的な眼差しと髪に触れる優しい指先に蛍は戸惑ってしまった。

 蛍が先ほど、意識が浮上する時に感じた感触。あれは、蓮の指先だったのだ。



(……蓮はボクが目覚めるまで、待っててくれたんだろうな)



 それを嬉しいと思う反面、蛍は蓮に向けられる好意を素直に受け取ることができない部分があった。


 蛍にとって蓮から感謝されるほどのことをしたつもりがないからだ。

 看病と言っても蛍に出来たことは、咲耶に習ってやった包帯の交換や部屋の掃除だった。


 そのどれもが、安倍晴明に言われた「好きなことをする」ために選んだこと。

 蛍は彷徨わせていた視線を蓮に戻して遠慮気味に言った。

 


「でも……本当に、ボクは君の様子を見たりしていただけだから、そのお礼は、咲耶兄(さくやにい)に言ってあげて欲しいんだ」



「ふふっ、分かったよ」



 こくりと頷いた蓮が柔らかに微笑んで言葉を続けた。



「それと、一つ聞いても良いかな?」



「ボクに、答えられることなら……」



 真剣な顔で蛍は蓮の蒼い瞳を見つめ返した。


 ……シンと静まり返る室内。

 まるで、時が止まったかのように蛍と蓮は見つめ合う。

 しばらくの沈黙の後、重い空気を消し去るように、蓮はニコッと明るく笑って問いかけた。



「僕は一体、なんでここにいるのかな?」



「——えっ、ええええっ!? まさか、記憶がないのか!?」



 蓮の軽い言葉とは裏腹の深刻な状況に、蛍は思わず前のめりになる。

 そんな蛍に蓮が困ったように苦笑しながら、頬をポリポリと掻いた。



「実は……目が覚めてから全然、何も思い出せないというか。大事な記憶が抜け落ちたみたいになってて、困ってるんだよねぇ」



「それなら、どこまで分かるんだ? 自分の名前とか、なんの神様とかは?」



「ここが高天原だってことは、分かるんだけど……」

 


 蛍から心配そうに問われて、蓮は「……うーん」と頭を捻るが、どうやら、今は——何も思い出せないらしい。

 


 その事実しか分からず、重要な記憶だけが、抜け落ちているようにも思えた。



(……これは、僕が選んでこの状態になったらしい。 理由は——)



 目の前で自身を心配してくれる少女——蛍を見て、蓮は何故か、彼女の存在が記憶を失くした『理由』だと悟る。



 今はまだ、詳しくは分からないけれど、それでも蓮は、重い荷物を何もかも捨てたような清々しい気持ちだった。

 


「ダメだ、全然思い出せそうにないね。あはははっ!」



「いや、笑ってる場合じゃないだろう!?」



 蛍は軽過ぎる蓮の反応に思わずツッコミを入れる。

 恐らく、怪我をした時に強く頭でも打ってしまったのだろうか。

 そう思いながら、蛍は蓮の額に、そっと手を伸ばした。



「頭を強く打ったのかも知れないから。 咲耶兄が来てくれた時にでも診てもらおう」



 何日も眠り続けていたほどの大怪我だったのだ。

 何が起きても不思議ではない。



「……他に、どこか変わったところはあるか?」



「大丈夫! 心配しなくても元気だし、なんかとても気分が良くて、大体まぁいっか!って気持ちになってるから」 



「えぇっ、いくらなんでも軽すぎないか!?」



 重たすぎる状況とは裏腹の太陽のような明るい笑顔に、蛍は思わず言葉を失った。


 

(——だって、記憶喪失なんだぞ? そんな、まぁいっか!で済むのか……?)

 


 なんだか、蓮を見ている蛍の方が不安になってしまう。



「いや、その……もし必要なら、ボクも君の記憶を集めるための手伝いくらいするぞ?」



「君は優しいんだね、ありがとう。 それなら——」



 ふわりと笑う蓮の真っ白な髪がサラサラと揺れて、青空よりも深い蒼の瞳が細まる。



「君が知ってる僕のことを教えて?」



「……うーん、ボクが知ってる蓮のこと、か……」



 蛍は安倍晴明や咲耶から聞いた話でしか蓮のことを知ることができなかった。



「あまり多くは知らないけれど……君はれんという名の稲荷神いなりがみで、禍ツ神に襲われて重症を負ってここにいると言うこと、と……」



 蛍は顎に手を当てて、安倍晴明や咲耶との会話を思い出しながら蓮の情報を一つ一つ伝えていく。



「あとは蓮は丈夫で、毎回無茶をして大怪我をしてくる厄介な患者って言ってた……以外は、ボクも詳しく知らないんだ」



「そっ、そうなんだ。 なんだか後半は随分な言われようだけど……。 僕の名前は(れん)って言うんだね」



 蛍の話を聞き終えた蓮は困惑気味に笑ったあと、まっすぐに蛍を見つめる。



「それで、君の名前は?」



 ふっと大輪の花が綻ぶような笑みは、思わず見惚れてしまうほど美しかった。

 蒼い瞳に捕らわれてしまったかのような錯覚にハッと我に返って答える。


 

「えっと、ボクは……蛍だ」



「蛍——うん、綺麗な名前だね。 君の雰囲気によく似合ってるよ」



 そして、蓮は記憶喪失とは思えないほどに明るく笑って続けて言った。



「じゃあ、蛍。 これから、よろしくね!」



「う、うん! よろしくな、……蓮」



 自分の事情を聞いても動じるどころか、逆に蛍の名前を褒めてくれる蓮の冷静さと明るさに、蛍の方が落ち着かない気持ちになってしまった。


 


やっと、蓮が目覚めました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ