6: 咲耶兄と呼ぶ理由
「晴明は冷たく思えるけど、ちゃんとボクに優しくしてくれてる! ボクが迷ってたら手を繋いで案内してくれるし……」
基本的に、安倍晴明は淡々としているだけで、完全に冷たい訳ではなかった。
「良い子にしてたら、頭も撫でてくれる!」
だから、避けられている素振りもない。
しかし、うっかり「ご主人様」と呼んでしまうと、安倍晴明の空気が凍り付いてしまうのだ。
(……しかも、怒る訳じゃなくて、無言で何処かに行っちゃうから、本当に悲しい……)
そう安倍晴明は蛍の主ではない。
だからこそ、蛍には安倍晴明との距離が分からなかった。
(……どうしたら、ボクの主になってくれるんだろう)
どうやって関われば、安倍晴明は蛍の主となってくれるのか……答えが見つからないまま月日だけが過ぎていた。
「それに、ボクはいま、晴明の望み通り、ボクのしたいことを頑張っているんだ! たぶん、もっと褒めてくれる!」
蛍は現在、安倍晴明の望んだ蛍のしたいことの一つ『蓮の看病』をしている。
それが本当に正しいのか、蛍にはまだ分からないが、安倍晴明に認めてもらおうと前向きに頑張っていたのだ。
「ふーん……」
グッと拳を作る蛍に咲耶はスンッと表情を凍らせた。
「じゃあ、晴明に自分は主じゃないって言われなかったか?」
「ななななっ、なんで、そこまで知ってるんだ!?」
蛍はプルプルと身を震わせて泣きそうになっていた。
何故そこまでバレてるのだろうか。
初対面の咲耶にさえ蛍の事情を把握されていた。
「やっぱり……。 ボクが原因なのか……」
蛍は自分の不甲斐なさにシュンと肩を落とした。
「あ、いや、それは——」
翡翠色の瞳に涙を浮かべて、俯いている蛍に、咲耶はなんて声をかけたら良いのか迷った。咲耶は困ったように頭を掻く。
(……でもコイツ鈍そうだしな。遠回しに言っても通じない気がする)
咲耶は心を鬼にして口を開いた。
「悪い……ハッキリ言うと、お前の、その晴明全面肯定みたいな態度やめた方がいい。このままだと、一生距離置かれるぞ」
「うぐっ……ぐ……っ」
グサリ、と咲耶の言葉が心に刺さる。
(——い、一生……!? いま、一生って言われた!!)
蛍は衝撃のあまり畳に突っ伏しかけた。
けれど、ここで諦めたら本当に終わる気がする。
蛍はふらふらと起き上がった。
「ちなみに……その、なにがダメなんだ?」
「それが分からない時点で、もうダメだろうな」
「——ぐはッ……!」
今度は巨大な岩でも落ちてきたような衝撃だった。
(ボ……ボク、そんなにダメなのか……!?)
そう号泣しながらも、蛍はガバッと顔を上げる。
「木花咲弥姫命様っ、お願いだ!」
蛍はここで諦めたら、それこそ、晴明から一生距離を置かれてしまう。
だからこそ、諦めるわけにはいかなかった。
「その理由を教えてくれ、いや……教えてください!」
蛍は覚悟を決めて、咲耶に懇願する。
「でも、言っても分からないだろ、お前……」
諦めないどころか何故か勢いが増した蛍の気迫に、もはや咲耶は引き気味で答える。
「うぅ〜、それでも、分からなきゃいけないんだ! じゃないとボク、晴明から一生冷たくされかねない!」
「まぁ、そうだろうけど……」
淡々と肯定した咲耶に、蛍は前のめりになって言った。
「それは絶対嫌なんだ! だから、どうかお願いします!」
そして蛍は真剣な表情で畳へ三つ指をついた。
「……咲耶兄。 不出来なボクに、どうか理由を教えてください」
「……なっ、えっ、兄!?いや、お前……」
そのまま蛍は、絵に描いたような見事な土下座を決める。
(いや、なんで、こんな綺麗な土下座なんだよ……)
深々〜と聞こえて来そうな蛍の土下座を前にして、咲耶は感心のあまり言葉を失った。
「今日から木花咲弥姫様のことは、咲耶兄と呼ばせていただきたい。 ボクに、分からないことを教えてくれる神様だから」
「いやいや、待て!! まずその土下座やめろ!! もう分かったから!!」
「……もしかして、教えてくれるのか!」
パァッと蛍の表情が途端に明るくなる。
「……っ〜! ……はぁ。 あぁ、いいよ。別に大したことじゃないし、教えればいいんだろ」
咲耶が諦めたように、桜色の髪をクシャッと乱した。
ただし、安倍晴明の人工神に理由を教えたところで、それを理解できるかは、別物だった。
蛍の独り立ちはまだまだ先です……。




